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第一章  はじまり

 

 八月下旬。

 お盆も過ぎ、混雑が峠を越えた名古屋駅に、新谷壮介(しんたにそうすけ)は降り立った。

 この夏、壮介が名古屋駅に降り立ったのは、これで三度目。一度目と二度目は、七月末から八月初旬にかけて、恋人である岡本瑞希(おかもとみずき)と一緒に信州を訪れた。名古屋へはその行き帰りの経由地として降り立っていた。

「暑いな」

 壮介はカバンのポケットに入れてあるハンドタオルで額の汗を拭う。空調の効いた電車を降りると、なんとも言えない熱気がムアっと押し寄せてくる。もうそこまで九月は来ているが、残暑は一層厳しさを増していた。

 壮介は名古屋駅の改札を出ると、地下鉄の乗り場へと向かう。

 そしてハンドタオルをポケットへ仕舞うのと入れ替わりに、一枚のメモを取り出した。


 この夏、壮介は趣味である写真撮影のため、恋人の瑞希と一緒に信州水崎を訪れた。

 美しい風景の撮影、恋人との一時、現地で知り合った「ともだち」との出会い……。

 その旅行は壮介にとって、とてもとても楽しいものになる……はずだった。

 壮介はその信州水崎で、とんでもなく厄介な事件に巻き込まれてしまった。

 その事件で、現地で知り合った「ともだち」は不幸にも犯人に殺され、そして瑞希も重症を負った。

 みんなを傷つけた犯人を見つけ出すことを誓った壮介は、警察と共に事件を追い、見事真相に行き着くことができ、犯人逮捕に至った。

 壮介にとって、本来とは全く違う意味で、忘れられない旅行となってしまったのだった。


 そして事件が解決してからしばらく経った、ある日のこと。壮介に亡くなった「ともだち」の家族から連絡が入った。現地警察の方から、壮介が犯人逮捕に尽力したことを家族に伝えられたようで、一言お礼を言いたいとのことであった。

 壮介は「ともだち」が亡くなった後、その後どういう手続きがあったのか全く知らなかった。それこそ通夜や告別式に参列するといった余裕すら、当時にはなかった。だからせめて線香の一本でもお供えしたいと考え、「ともだち」の実家へ伺うことを約束したのだった。

 今壮介が手に持っているメモ、それには「ともだち」の実家の住所と電話番号が書かれてあった。


 

 名古屋駅を出発して三十分余で、壮介は目的地に到着。

 そこは名古屋タワーを遠くに望む、古ぼけた団地の一角。壮介はメモを取り出し、棟番号と部屋番号を確認し、階段を登っていった。


『IIHASHI』


 団地の二階、薄暗い廊下の一番奥に、その表札はあった。

 ここが目的地……信州水崎で亡くした、「ともだち」の家。


「遠い所、よくお越し下さいました」

 チャイムを鳴らすと、「ともだち」の母親が壮介を出迎える。五十代前半で品のある感じだが、娘を亡くしたということもあり、その表情には小さな影が差していた。「ともだち」は一人っ子ということもあり、旅先での死亡を聞かされた時の両親の哀しみは、計り知れないものであっただろう。

「こちらへどうぞ」

 天井の低い廊下を通り、壮介は居間へと案内される。六畳程のこじんまりとした部屋には小さな仏壇があり、そこには「ともだち」の遺影が飾られてあった。飾られた写真は、高校生時代のものなのか、「ともだち」はセーラー服を着ていた。

「…………」

 壮介は遺影の前に正座する。最初手を合わせることもなく、ただ遺影を見つめている。その姿は、まるで二人にしか判らない声で、語り合っているようであった。

 五分程そのような状態が続き、深くそして長い瞬きをした後、壮介は線香に手を伸ばした。

 

「どうぞ」

 線香をあげた後、壮介は「ともだち」の母に紙袋を渡した。母が中身を確認すると、そこには無数の写真が入っていた。これらの写真には、信州水崎で撮影した美しい風景と背景に、「ともだち」の姿があった。これらは皮肉にも「ともだち」の生前最後の写真ということになる……。

 正直、壮介はこれらの写真を、今日持ってくることを躊躇っていた。最愛の娘を失ったショックも癒えていない状況で、亡くなる直前の姿を撮った写真をみた場合、家族にどのような影響を及ぼすか、壮介には想像できなかったからである。

 しかし壮介が訪問する直前に、家族の方から連絡があった。


「もし娘の写真があるなら譲ってほしい」


 何でも「ともだち」は写真を撮るのは好きだが、意外にも撮られることはとても嫌うらしい。よって学校等の集合写真以外で、本人がまともに写っている写真は殆んど無いそうなのである(事実、遺影は高校時代の写真が使用されている)。よって、こういう事情により、壮介はデジカメのデータをひっくり返し、少しでも「ともだち」の姿が写っている写真を持ってきたという次第なのだ。

「まあ、こんなに……。ありがとうございます」

 写真を受け取った母は、一枚一枚噛み締めるように見入る。「ともだち」の姿が走馬灯のように蘇ってきたのか、途中から涙ぐみながら写真を眺めていた。

 そして最後の写真を手にとった後、

 ついに母は、声を出して、泣いた……。

 そして壮介の目にも、光るものがあった。拭うことはなかった……。

 


 帰る前、壮介は「ともだち」の部屋へと通された。生前「ともだち」は東京の専門学校に通っており、学校の寮で生活を送っていた。その荷物を引き上げてきたということもあり、部屋は荷物で一杯。ただ家族により手入れされており、乱雑な感じは全くしなかった。

「ん、これは?」

 その中で壮介は見覚えのあるものを見つける。それは「ともだち」が信州水崎で出会った時に持っていたカバンとカメラであった。

 壮介はカメラカバーを外して手に持ち、ファインダーを覗く。レンズの向こうには、荷物により少し狭くなった「ともだち」の部屋が広がっている。

 壮介はシャッターを切ることなく、カバーを手に取った。

 その時、壮介はカバーについているポケットに、紙が挟まっていることに気付いた。壮介はその紙を取り出し広げてみる。

「なんですかそれは?」

 壮介の横にいた母が、興味深そうに覗き込んできた。壮介はその紙を母に手渡した。

「よく判らないですけど、本人の撮影スケジュールみたいなものかなと」

 その紙には乱雑な字で、日付と地名が書かれてある。中には地名に赤マルをつけたものまであった。

「たぶん、水崎で撮影を終えたら、実家の方に戻ってくる予定になっていたのでしょうね」

 壮介の言葉に、母は頷く。この予定については事前に聞かされていたようで、しばらく実家で骨休めをするつもりだったらしい。

「家に帰ってきた後、何でも三重の方へ行くつもりにしていたようです。場所は、ええと……」

 母は紙に書かれた地名を目で追った。そして、

「おおがみ……、確かここです」

 母は紙に書かれた地名を壮介に指し示す。

 

 『大神島(おおがみじま)


 その文字の周りには、赤マルが何重にもわたって描かれてあった。

「何でも、十年に一度行われる祭りがあるとか……そんな事を言っていました」

「ということは、水崎の後に、ここへ行こうとしていたわけですね」

「そういうことになると思います」

 壮介は再び紙を手に持った。「ともだち」は随分楽しみにしていたのか、赤マルはかなり強い筆圧で、書かれているようであった。

 壮介はその紙越しに、「ともだち」のカメラを見つめていた。何かを思案しているのか、無言で見つめ続けていた。

 そして壮介は「ともだち」のカメラに手を伸ばす。

「すみません、このカメラ、しばらくお借りしてもいいですか?」

 壮介の唐突な言葉に、母は少し驚いた様子であったが、すぐに口元を緩めた。

「はい、どうぞ」

 その言葉に、壮介は破顔し頭を下げた。

 何故壮介は「ともだち」のカメラを借りたいなどと言い出したのだろうか。

 その理由は、とても単純だった。


 俺があいつの代わりに、写真を撮ってきてやる!


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