リャンシャール陛下とシャーリン姫
女王陛下との謁見に際し、ラーズ達が案内されたのは王都の中央に聳え立つ見事な白と、屋根の黒の対比が美しい宮殿だった。
三角形の屋根は波打つような黒いレンガが敷き詰められユナス大陸にはない形状である。
純白の城壁と宮殿を持ち上げるようにうず高く積まれた石が宮殿を守っている。
ユナス大陸にある各国の城とくらべてもなんら遜色ないものだった。
いくつもの大きな木で組まれた門と複雑に入り組んだ通路の両脇にも石が高く積まれた、途中で道をそれることができないように設計されている。
フランに城内は土足禁止だと言われ、軍靴を脱ぎ、フランの真似をしてエントランスらしき部屋の端に置く、ギシギシと音が鳴る木の板を並べた回廊を進むと、見事な絵画の書かれた布が貼られた壁の前に連れてこられた。
床は不思議な素材でほんのりと草のような匂いがする。
「女王陛下がいらっしゃるまで座ってお待ちください」
そう告げたフランと案内の侍従らしき女に促され、恐る恐る床に座り込む。
フランも両足を折り畳み尻の下にしまうようにして座っている。
見よう見真似で揃えた両足を尻の下に敷くように座れば自然と背筋が伸びるようだ。
ユナス大陸では土足で室内を歩く、だから床に座り込むなどありえないため、落ち着かない様子で女王の訪れを待った。
「リャンシャール陛下のおな~り〜」
従事の声に続き目の前に有った絵画の描かれた壁が左右に割れ奥から現れた女性に、フランや従事が床に額をこすりつけるように深く頭を垂れた。
とくに強要される様子はなかったため座ったまま軽く頭を下げたラーズに続いて、ドゥイリオとフェデリコが頭を下げた。
ズルズルと裾を引きずるような音が前から聞こえ、音が止まると美しい響きの声が掛かった。
「おもてをあげい」
フランや侍従が頭を上げたのに合わせてラーズ達も顔を上げる。
目の前には豪奢な大輪の花や美しい尾羽の鳥、蝶などの緻密な刺繍が施された深紅の衣を纏った大柄な女性がいた。
「遠く海を越えよくメイロウ大陸まで参られた。 我はリャンシャール・コレリアン、コレリアン王国の女王じゃ」
ラーズとフェデリコ、ドゥイリオは目配せすると、フランに目配せした。
メイロウ大陸の礼儀作法に疎いため、事前にフランに確認をしておいたのだ。
「陛下、こちらはユナス大陸から来られた大船団の長ラーズ殿、そしてそれぞれが船の長であるフェデリコ殿とドゥイリオ殿です」
「お初にお目にかかります、ユナス大陸に国土を持ちますダンヴァース王国から参りました、ラーズ・ダンヴァースと申します」
ラーズに続きフェデリコ、ドゥイリオと挨拶が続き、ラーズからリャンシャールへとユナス大陸から運んできた献上品の品々がリャンシャールの前に並べられていく。
「ほう、これほどの献上品は見たことがないのぅ」
リャンシャールは目の前にあったティアラを手に取りしげしげと見ていた。
すると、侍従のひとりがリャンシャールに近寄り耳元で何かを囁くと、リャンシャールは短く連れてまいれと述べ、侍従はすぐさま出ていく。
「しかし、噂には聞いておったが、ユナス大陸の男は大きいのぅ、メイロウ大陸の女とあまり変わらん、もしくは少しばかりラーズ殿の方が大きいかの……フラン少し隣に並んでみせよ」
フランはすんなりと立ち上がったが、ラーズは立ち上がろうとしてバランスを崩し床に倒れ込んだ。
両足がじんじんとした痺れを訴えていて思うように立ち上がることが出来なかったのだ。
どうやら助けようとしたフェデリコとドゥイリオも両足の異変に気がついたのが、身悶えている。
この座り方は危険だ、有事の際に咄嗟に身動きが取れなくなってしまう。
「ユナス大陸には正座がないのかえ?」
クスクスと楽しそうに笑うリャンシャールになんとか痺れが抜けたラーズは足の感覚を確認しながらゆっくりと立ち上がった。
「ほう、やはりラーズ殿の方が少しばかり高いようじゃな」
ラーズは背後からフェデリコの恨みがましい視線を受けつつ、フランとともに座り直す。
「陛下、シーリャン姫をお連れいたしました」
「そうか、入れ」
短いやり取りのあと、衣擦れの音とともに入室して来たのはラーズからみても顔の整った少女だった。
豪華な衣装はリャンシャールにも負けていないし、美しく艶のある長い髪はキレイに結い上げられて、大振りの髪飾りでとめられていた。
「紹介しよう、我が娘でコレリアン王国の跡取りのシャーリンじゃ」
「お初におめにかかります、シャーリンにございます」
伏せていた瞳が上がり、ドゥイリオを見るなり見開かれる。
ドゥイリオはわざと視線を合わせてフランにしたように微笑めば、みるみるシャーリンの顔が朱に染まった。
ラーズとフェデリコが自己紹介している合間も心ここにあらずといった様子で空返事を繰り返すシャーリンにリャンシャールは苦笑いを浮かべている。
ドゥイリオはユナス大陸を出た時点でメイロウ大陸への婿入りを決めていた、なら相手は高位貴族の様な階級の者か王族をと狙っていた。
ドゥイリオは痺れた足に叱咤し、その場に立ち上がろうとして、バランスを崩した。
「危ない!」
ふわりと甘い香りに包まれるように抱きとめられ、顔を上げると少し離れたところにいたはずのシャーリンの逞しい腕に抱きしめられていた。
ラーズやフェデリコも支えようとしてくれたようだが、いかんせん座った状態では難しかったらしい。
「お助けいただきありがとうございました、姫はお優しいのですね」
礼を述べて微笑めば真っ赤に顔を染めて視線を右往左往させたあと、キュッと口を引き結びドゥイリオを横抱きに抱き上げた。
「うわっ!?」
男姫様抱っこで抱き上げられてドゥイリオは訳もわからず咄嗟にシャーリンの首に抱きついた。
「陛下、すみません少し席を外します」
止める間もなくシャーリンはスタスタとドゥイリオを抱えたまま部屋を出ていってしまった。
「あ~、申し訳ない。 普段はこのような事をする娘ではないのだが……」
困惑気味のリャンシャールの様子にラーズとフェデリコは視線を交わす。
メイロウ大陸までの航海でドゥイリオがそう簡単にどうにかなるような可愛い性格をしていないのも、嫌というほど知っている。
「お気になさらず、ドゥイリオ殿もシャーリン姫のような美しい方と過ごせるなら本望でしょう」
あれは転んでもただでは起きない男だ。
しばし話を続け、夕食をともにとり、お互いに打ち解けた頃合いを見計らい、ラーズは本題へと移った。
「ユナス大陸への花嫁募集と、メイロウ大陸へ婿入りを希望しているユナスの男達の大規模な集団見合いをお願い致します」
「よかろう!」
程よくユナス産の酒精の強いブランデーを飲み酔いが回ったリャンシャールは機嫌よくあっさり承諾し、ラーズやフェデリコの度肝を抜いた。