別れと謁見
まだ日が昇り始めたばかりで朝焼けが空を染める頃、ラーズは今だ眠りについたまま目を覚まさないリンカの側で一晩付き添った後、迎えに来たらしいフランと同じ大船団のうちの一隻の船長を任されているドゥイリオ・ルッテンバーグル、フェデリコ・バートロンとともに王都に向けて出立していった。
メイロウ大陸には馬がおらず、ユナス人としても長身なラーズの身長よりも頭2つ分大きな陸走する巨大なグランデールと言う種類の鳥が馬車、メイロウ大陸で言う鳥車の荷台を引いていた。
ドゥイリオはこの度の大船団の船長の中で最も若く将来有望な美少年だった。
まだ成長期に差し掛かったばかりのルッテンバーグル王国の第三王子は、大船団の中で、もっともメイロウ大陸の男達に近い姿をしている。
スラリと伸びた手足も、フランの胸部ほどしかないこれからが伸びるだろう身長もラーズやフェデリコの様な美丈夫とは違った少年特有の色気を発している。
ラーズやフェデリコに顔色を変えなかったフランが、ドゥイリオを見て真っ赤に顔を染めている事から、ドゥイリオはメイロウ大陸の基準では美青年に見えるようだ。
この度の大船団でルッテンバーグル王国は二人の王子を派遣した。
一人はルッテンバーグル王国の第二王子、もう一人が第三王子のドゥイリオだった。
公平を期すためにユナス大陸に国土をもつ国々の代表が一名ずつなのにも関わらず、ルッテンバーグル王国から派遣されてきたのは第二王子と第三王子のドゥイリオの二人。
第三王子は王位から遠く、両大陸の架け橋となるべくメイロウ大陸への婿入りを画策しているらしい。
フェデリコは教会の修道女にリンカの事を頼んでいるラーズの様子に呆れながら、寝不足で顔色が優れないラーズを鳥車へと押し込み、ひざ掛けを投げ渡した。
「これから王都で女王陛下とユナス大陸の命運をかけた会談があるんです。 ラーズ殿下は少し休まれたほうが良い。 寝ぼけた頭でせっかくの条約を不利にされては困りますからね」
「あぁ、済まない……なぜか胸騒ぎで眠れなかった、こんな事ははじめてだ」
遠ざかる治療院の建物を鳥車の窓から見やり渡されたひざ掛けを引き上げる。
目を閉じれば別れ際にみたリンカの寝顔が脳裏に浮かぶ、果たしてリンカの家族が見つかったら彼女を家族の元へ返してやれるのだろうかと考えただけで苛立つ心を振り払うようにしてラーズは眠りについた。
メイロウ大陸のラーズ達が上陸した国はコレリアン王国と言う名の王国だった。
コレリアン王国王都ユーネイには女王が暮らしている。
ユーネイには鳥車でラーズ達が上陸した港より僅か半日ほどで到達することができた。
明らかに馬車よりも早い、フェデリコは鳥車機動力に驚きを隠せずにいた。
本来いまある鳥車程の大きさの物を馬で牽引しようと思えば二頭の馬が必要となるだろう。 しかし鳥車に繋がれた巨大な鳥は1羽のみにも関わらず馬車よりも早い速度で駆け抜けたのだ。
鱗のような凹凸のある筋張った足に見入っていたら、どうやら近づきすぎてしまったようで、グランデールの鋭い爪がついた強靭な足がフェデリコに迫る。
咄嗟に回避したものの体幹を崩し、地面に倒れ込んだフェデリコとグランデールの間に走り込んできたフランが剣の腹でグランデールの脚を止めると、素早くフェデリコをグランデールから引き離し、右頬に平手を打ち付けた。
「馬鹿かお前は! グランデールは生命線である脚に近寄る他種を決して許さない。 子供ですら知っている!」
フェデリコは赤く色づき痛みを訴える頬を右手で押さえ、真剣に自分を叱りつけるフランに目を奪われていた。
「イイ……」
ボソリと呟かれた言葉にフランは眉をひそめる。
「はぁ?」
「ふっ、フラン殿!」
フェデリコはすぐに体勢を立て直すと、対峙するフランの節ばり皮が厚くなり少しだけ硬い自分より小さな両手をとり握りしめた。
フランに触れた両手がまるで心臓にでもなってしまったのではと錯覚するほど全身が脈打ち高揚感に包まれる。
「わっ、私の花嫁になってください!」
ユナス大陸でフェデリコの容姿は祖国スタニア王国でも凛々しく美形だと数少なくなった女性に人気があった。
スタニア王家にはまだ三歳になったばかりの幼い王子しかおらず、嫁取りの大船団を率いる大役が王家に次ぐ高位貴族である公爵令息で適齢期だったフェデリコ・バートロンに回ってきたのだ。
フェデリコの一世一代の初恋と求婚は長い沈黙の末、叱りつけた相手から求婚された事実にようやく思考が追い付いたらしいフランによって無惨に一掃された。
「すまない、フェデリコ殿はなんというかその……異性に見えないんだ!」
フランの言葉に、それなりに男として自分に自信があったフェデリコが地面に崩れ落ちたのは言うまでもない。