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メイロウ大陸の娘

 打ち寄せる波の音と何かが軋む音に意識が浮上した。


 自分を包み込むとても温かな何かに擦り寄れば、硬い何かにぶつかった。


「ん、起きたのか?」


 頭上から聞こえた低い声にまだ微睡んでいた頭が一気に覚醒した。 


 馴染みがない、けれどどこか懐かしいと感じる響きを含む言葉。


 女性のように大きく硬い手が、リンカの額に優しく触れる。


「良かった、熱は下がったみたいだな」


 優しい顔をした人がリンカに笑いかけてくれている。


 同村の女性たちのように大きな人、けれど目の前にある裸の胸は硬く女性象徴である豊かな乳房は見当たらない。


 左右対称に整った顔は角ばっていて首元には見たことが無い出っ張りがある。


「だあれ?」


 自分の口から自然と出てきた言葉に驚きつつも、目の前の大きな人へ問いかける。


 すると目の前の人は目を見開いた。


「驚いた俺の言葉がわかるのか? メイロウ大陸ではユナス大陸の共通語は交易商人か外交に関わる人物に通じないと聞いていたのだが」


「すこし、だけ。 あなただあれ?」


 リンカが首を傾げながら子供のようにたどたどしく覚束ない言葉遣いで問えば、大きな人はゆっくりと答えた。


「俺はラーズ・ダンヴァース、ユナス大陸のダンヴァース王国の第二王子だ」


「らずだばす? だいに?」


 発音が上手くできずに真似をして繰り返せば両親以外に撫でられたことのない頭を撫でられた。

 

「ラズで良い」


「らず?」


「そうだ」


 ラーズを指差して繰り返せば嬉しそうに頷かれた。

 

「らず、りんか」


 ラーズを示していた手を自分の胸元に当ててリンカが名前を告げるとラーズは何度かリンカの名前を口にしたあと頷く。


「リンカ、君は海を彷徨っていたんだ」


 それまで経験したことがない労るように撫でるラーズの手の優しさに、リンカは戸惑う。


 どう反応していいのかわからずにいると、部屋の扉が叩かれた。

 

「殿下、そろそろ陸地に到着します。 寄港の準備を」


 扉の外から聞こえてきた低い声にビクリとリンカの身体が跳ねた。


「わかった、すぐに行く」


 返事をしたラーズが起き上がりベッドから抜け出すと、掛布で隠れていた裸体が顕になった。


 広く引き締まった身体には贅肉はほとん度みられず、すべての筋肉は念入りに鍛え上げられているようだ。


 やはり胸元に女性特有の膨らみは見られず、腹部を覆う筋肉は六つに割れている。


 リンカが切望し決して得ることができなかった逞しい裸身があった。


 しかしラーズの身体はリンカの知る女性のものとはかけ離れている、しかしメイロウ大陸の男性のそれとも全く違う。


「リンカ」


 名を呼ばれ呆けたようにラーズの身体に魅入ってしまっていた事に気が付き羞恥に顔を赤らめ慌てて、困ったようなラーズの視線から隠れるように掛布を顔まで引き上げた。


 引き上げすぎた掛布の端から覗いた素足を必至に掛布に収める。


「後で食事を運ばせるから沢山食べろよ。 リンカはいささか痩せすぎだ」


 まるで幼い子供にするようにくしゃくしゃとリンカの髪をかき混ぜてラーズは部屋を出ていった。


「わたし、死ぬことすら出来ないんだ……」


 ひとりになった室内で自分の両手を見つめてリンカはポツリとつぶやいた。

 




 

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