大船団を率いし者
その日の海は酷く荒れていた。
荒波に揉まれ揺れが激しく木造船の甲板まで波打ち上げていく。
「殿下! 危ないですから早く船内に入ってください!」
「くそっ! 」
豪雨にうたれた金色の髪が殿下と呼ばれた青年、ラーズ・ダンヴァースの褐色の顔に貼り付いている。
晴れた日の空を思わせる青い瞳を鋭く荒れ狂う大海に向けて睨み付けた。
ラーズが暮らすダンヴァース王国はユナス大陸に数ある国の中で最も大きな領土を有している。
数年ほど前にユナス大陸全土を襲った流行病『女毒死病』は、大陸中に猛威をふるい各国を次々と恐怖に陥れた。
『女毒死病』は年齢を問わず女性達ばかりに罹患し、一度罹患すれば高熱と四肢の壊死を経て死に至る病だった。
男たちは死にゆく妻や娘、母親を守ろうと自らの家に隔離したが感染力は衰えず、死者の山を築いていく。
このままでは国中の……いや大陸から女性が死滅してしまう。
ダンヴァース王国を含むユナス大陸に領土を有する王達は罹患していない女性達をそれぞれの王都へ集め保護したことで、流行病を押さえ込みなんとか死滅を避けることに成功したが、気がつけば大陸中の男女比は男三十に対して女一人まで激減していた。
事態を重く見た王達は、貿易商人達を集めて外海の遥か彼方にあるもう一つの大陸……メイロウ大陸から女性の移住者を募ることに決めた。
貿易商人達の話ではメイロウ大陸の女性はみな頑健で病に強く、同じ『女毒死病』が流行した時も大きな被害を生むこともなく生き残った猛者ばかりだという。
メイロウ大陸の女性達をユナス大陸へ迎えたいと意見の一致を見た各国の王達は、すぐさま大船団を組みメイロウ大陸を目指して出港した。
この大船団の指揮を任されたのがダンヴァース王国の第二王子ラーズ・ダンヴァースだった。
貿易商人達の話ではメイロウ大陸までは帆船で一月の日程を必要とする。
しかし外海はまるで船団を拒むように荒れ狂い、すでに予定していた日程を十日ほど超過してしまった。
遭難や有事の際に対応出来るように多めに食料や物資は積み込んでいたが、このままでは無事にメイロウ大陸まで到達できない可能性すら見え始めていた。
荒れ狂う波にギリリと奥歯を噛み締めて船首でメイロウ大陸を捜すラーズの目に映ったのは黒い海に広がる小さな白い波だった。
ラーズは白い波を注視するなり、何かに気が付いたように甲板を駆ける。
「誰か縄を持ってきてくれ! 漂流者だ!」
船団の誰かが海に落ちてしまったのかもしれないと、船員が差し出した長縄を受け取ると、部下の制止を振り切って慣れた仕草で縄が外れないように身体に巻きつけると、海へと飛び込んだ。
本来ならば王子である自分が自ら飛び込むのはおかしい。
しかしこの一月を超える航海の間にラーズが乗る船に彼よりも泳ぎが上手い者が居なくなってしまったのも事実だった。
しっかりと縄の端を部下に持たせて、ラーズは荒波を懸命に泳いでいく。
白い波が水流によって次第にこちらへと流れてきたが、あと少しと言う所で縄が尽きた。
「くそっ!」
腰に巻いた縄を手早く解き左手にぐるぐると巻き取り、距離を伸ばせば白い波に手が届いた。
「よし!」
掴んだ白い波、白布を手繰り寄せれば木片によりかかり気を失っているだけようだ。
身体は冷えてしまっているが命はある。
腕を回した胴体はあまりにも細く驚いたが、今は無事に船に戻る事が先決だ。
漂流者を木片に寄りかからせたまま縄を頼りに戻れば、荒れ狂っていた波が次第に落ち着き出した。
厚かった暗雲から光の筋が船団の前方に向かって伸び目的の大地を照らし出す。
「着いたか……」
ホッと息を吐きだしてラーズは自分の腕の中に目を向けると、息を詰めた。
そこには祖国でも見たことがないほどに容姿が整った美しい娘がいた。