届いた想い
「ラーズさん!」
進みだした船の甲板で、見送りの人々をなんともなしに見ていたラーズの耳に飛び込んできた声に、ラーズは肩をビクつかせた。
それはどんなに望んでも聞くことは叶わない愛しい人の声に似ている。
とうとう幻聴すら聞こえるようになったかと嘆息仕掛けたラーズの耳にまたラーズを呼ぶ声が聞こえた。
幻聴じゃない!?
ラーズが甲板から船尾に駆け寄り目を凝らすと、小さな人影か船を追い掛けるようにして走ってくる。
「リンカ!?」
もう会えないと思っていたリンカは、ラーズの姿を確認するなり幸せそうに笑い、そのまま海へと飛び込んだ。
突然海へと飛び込んだリンカに港は大騒ぎになっている。
バシャバシャと水しぶきを立てながら水中でもがいている。
「クソッ! 船を止めろ!」
「えっ、船長!?」
ラーズは甲板にいた船員に停船を命令し、自分が羽織っていた動きづらい軍服とブーツを脱ぎ捨て、海へと飛び込んだ。
腕を伸ばし、掌で水を掴むようにリンカ目指して泳いだ。
「らっ、ラーズさ」
本人は泳いでいるつもりなのだろうが正直ラーズには溺れているようにしか見えない。
ラーズがリンカのもとへ泳ぎ着くと、リンカの背後に回り込み抱き寄せる。
「ぷはぁ、死ぬかと思った!」
「馬鹿か、なんで泳げもしないのに海に飛び込んだりしたんだ!」
「だって置いて行かれるかと思ったんだもん!」
「おーい、大丈夫かぁ?」
どうやら港の漁師が小舟を出してくれたようでラーズは漁師にリンカを、船上へ引き上げさせると、自分も船の縁に手をかけてよじ登った。
「はぁ、無事で良かった」
水に濡れた髪を後ろへ流すようにかき上げると、リンカの顔を真っ直ぐに見た。
リンカは自分の着ているワンピースの裾を両手で掴み、海水を船外に絞っている。
「ラーズさん! 置いていくなんて酷いじゃないですか!」
頬を膨らませて文句を言うリンカすら可愛く見える。
「仕方ないだろう、私は一世一代の大勝負に負けたんだから、リンカは傷心した私の傷口をエグリにでも来たのか?」
口から出た嫌味に自己嫌悪に陥る、嫌味はスルスルと口から出てくるのに本当に伝えたい言葉は一向に出てきてはくれない。
目を合わせられずに俯くと前方から伸びてきた白く細い指がラーズの頬を包むとそのまま左右に力強く引っ張られた。
「ふーん、ラーズさんは一度ふられたくらいで諦められる程度の覚悟で私に求婚したんですか」
「ひんはいひゃい(リンカ痛い)」
更に頬に捻りまで入れられてズキズキと痛む。
「痛くしてますから」
あまりの痛みにラーズが顔を上げると、頬にポタリと水滴が落ちてきた。
水滴がリンカの瞳からポタリポタリと滴り落ちる。
「泣かないでよ、泣きたいのは私なんだから」
ラーズはリンカの頬に手を当てると、自らの指で涙を拭う。
「リンカ、愛してる……結婚してくれ」
「はい……」
お互いに自然と顔が近づき、お互いの唇が迫る。
「あのぉ~、とりあえず岸に戻っても良いかな?」
掛けられた声でここが漁師の小舟の上だと思いだした。
「えっ!? キャーッ!」
「うわっ!?」
声を掛けられて正気に戻ったらしいリンカが自らの両手を突き出してドンとラーズの鍛えられた胸を叩くと、不意打ちに太陽出来なかったラーズが、大きな小舟から水飛沫を上げて海へ背中から落ちた。