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リンカの夫だったもの

 それからラーズは毎日朝早くリンカのいる治療院を訪れ、夜遅くに名残惜しそうに帰っていった。


 何かを求めることはせず、お互いの話をしながら共に過ごす。


 ケイロンが置いていったリンカの亡くなった両親の手記はやはりユナス大陸の文字で記されていた。 汚れて文字の大半が消えてしまっているが、残っているため文字を繋げ、内容を推測する事はできる。


 ラーズが読んであげることも出来たが、自分で読みたいからユナス大陸の文字を教えてほしいとリンカに頼まれた。


 二人で頭を突き合わせて文字を教える、そのなんでもない時間がラーズにとってとても幸せだった。


 ラーズははじめに渡したカーネーションをはじめ、ユナス大陸の幼児向けの本、土産と称して沢山の珍しい菓子や可愛い装飾が施された小物などの贈り物を持って来ていた。


 贈り物が増えすぎて収納に苦慮する頃には収納用の衣装箱を自ら担いで現れたラーズにリンカは苦笑いを浮かべてる。


 治療院を無事退院したリンカをラーズは船に連れ帰ろうとしたが退院の知らせを聞いたフランによって阻止され、ラーズの通い先はフェデリコと同じくフランの自宅になった。


「鐘?」


「そう、海を征く者達の安全を願ってダンヴァース王国の船には『祈りの鐘』が付いているんだ」


 今日もラーズはリンカのもとを訪れて、ダンヴァース王国からメイロウ大陸までの航海の話をしていた。


「出港の際には船尾にある黄金に輝く『祈りの鐘』を三度打ち鳴らして海の神に航海の無事を祈るんだ」


「そうなんだ、私も見てみたいな」


 ラーズの話を聞きながらリンカが告げれば、ラーズは蕩けるような笑顔を浮かべた。


「きっと見られるよ」

 

 そんな他愛ない話をしながら過ごした。


 大お見合い大会を数日後に控え、会場となる王都へ移動しなければならなかったラーズは、リンカと離れ難くあの手この手でリンカの王都同行を勝ち取り、上機嫌で王都へ向かう。


 お見合い大会は大盛況のようで、見合いの参加者やその家族、商売に駆けつけた行商がひしめきあっていた。


 花嫁候補は平民が大多数を占めていたが、身分などユナス大陸の婿入りを希望する男たちからしたらなんの魅力も感じなかった。


 ドゥイリオは一足先に妻となったシャーリンの協力を経て、ユナス大陸から持ち込んだ香辛料を売り払い、大金で労働奴隷として売りに出された女性達のうちユナス大陸への移住とユナス大陸での見合いを条件に希望者を全て買い取った。


 もと奴隷の女性達はユナス大陸へ渡った後、迎えに来た各国の騎士に大切に守られ各国に同数分けられて移住し今回船団に乗ることが出来なかった花嫁を求める男性たちと見合いすることになっている。


 婿取りの責任者はドゥイリオとシャーリンが指揮しており、嫁入りの責任者はフェデリコとフランに任された。


 少し早く王都入りするようにとフランとフェデリコに言われていたラーズは、責任者の指示もあり、リンカを連れて王都見物を楽しむことになった。


 醜女として認知されてしまっているリンカをどろどろに甘やかし王都内でイチャついてこいと言うのだ。


 ラーズとしては最愛のリンカを他の男には見せたくなかったのだが、ユナス大陸の民の為だと言われ、またそれとは別にしても純粋に王都見物を楽しみにしているリンカとのデートに全力でイチャつくことにした。


 二人で手を繋ぎ、露天商で買い物をしたり、フランのオススメだという甘く煮付けた豆を使った菓子を扱う茶屋で休憩したりとデートを楽しむ。


 人通りの多い通りで突然ラーズ達の前に料理用のナイフを握りしめ、目を血走らせた男性が人混みの中から躍り出た。


「リンカァァァァ!」


 刀身はリンカへ向いており、真っ直ぐに走ってくる。

 

 ラーズは咄嗟にリンカの手を引き自分の背中に隠すと、無闇やたらにナイフを振り回す男の手首に手刀を叩き込み、握りが甘いナイフを地面に叩き落とした。


 すぐさま男を捕縛し、地面にうつ伏せ動けないように両腕を背中で捻り上げる。


「クソッ、離せ! 醜女の怪物のクセに俺を馬鹿にしやがって! 殺してやる! 女だろうが、人の後ろに男みたいに隠れやがって! 隠れてないで出てこい」


「黙れ……」


 ラーズが怒りを滲ませた低い声で告げ、口汚く罵る男の拘束を強めれば男は苦痛に顔を歪ませて呻き押し黙る。 


 すぐさま離れて護衛していたラーズの護衛が集まってきた。


「殿下、ご無事ですか!?」


「あぁ、問題ない」


 護衛と男の拘束を変わると、恐怖で真っ青に顔色が変わってしまっているリンカを抱きしめた。


「怖い思いをさせてすまなかったな」


 そう告げればリンカは、両手でラーズの胸を押しのけ腕の中から逃げようと抵抗した。


「女性を助けるために危険な刃物の前に飛び出すなんて! 本来なら女の私が男性のラーズを守らなくちゃいけないのに! なんて、なんて無茶をするんですか!」


 涙をポロポロと流しながら自分を攻めるリンカが愛しくて拘束を強めれば、ポカポカと叩かれてしまった。


「ところでリンカ、この男に見覚えは?」


 拗ねるリンカも可愛かったが、部下が男を縄で縛り上げたのを確認したラーズは、リンカに捕縛された男を視線で示し話を逸らした。


「……私の夫です」


 暫く逡巡した後にとても言い難そうに告げられラーズはもう一度襲ってきた男を見やる。


 体格はケイロンと変わりないため、きっとこれがメイロウ大陸の成人男性の平均的な体格なのだろう、口汚く侮蔑の言葉を紡ぎ続ける口には布が噛ませられており、血走った目だけでこちらを睨みつけてくる。


 リンカはなぜ夫が王都に居るのか、そしてなぜ夫に刃物を突きつけられたのかわからずにいたが、それよりもラーズが無事だったことに安堵した。


 男の身柄を騒ぎを聞きつけやってきたコレリアン王国の駐留軍に引き渡したその晩に、ケイロンがラーズを訪ねて宮殿近くにリャンシャールが貸し切った高級宿へやってきた。


 ケイロンは歳嵩の逞しい女性を連れており、その女性を見たリンカは涙を流しながら抱きついた。


「お母様、心配かけてごめんなさい」


「ケイロンから話は全て聞きました、リンカ、辛かったね。 貴女が無事なら私達はそれで良いのだから」


 再会を喜び抱き締め合う母子にラーズは、表情を和らげる。


「ラーズ殿」


 ケイロンに呼ばれてリンカとフェイを部屋に残し、場所を変える。


「ケイロン殿、この度はリンカさんを危険な目に合わせてしまいました申し訳ありませんでした」


「いや、頭をあげてください! 大陸は違えどラーズ殿は王子殿下だとお聞きしました、平民などにやすやすと頭を下げては示しがつきません」


 周りに側近の目がないのを良い事に頭を下げれば、ケイロンが慌てて止めてきた。


 どうやら出自がどこからか漏れたようだ。


「いえ、守ると約束したのは王子としてではなく私個人としてですから、未来の義理の父となるかもしれない方にきちんと礼節をもって接したい私のわがままです」


 そう告げれば、ケイロンはゆるゆると頭を左右に振った。


「ラーズ殿は、生真面目な方なのですね……リンカを襲ったのは元夫だったものです、ユナス大陸はどうかわかりませんが、メイロウ大陸では離縁したい場合男性から切り出すのが一般的です」


「女性から婚姻解消を言い渡される男性は大変外聞が悪いのです。 妻に見限られるような人物だと烙印を押されるようなものですから近隣の村や街から花嫁を娶り再婚も難しいでしょう」


 ケイロンの話しでは、リンカと再会したあと妻の生家であるケイロンから嫁ぎ先へ離縁を突きつけた事で、元夫の立場が悪くなりリンカへ逆恨みし殺害に走ったらしい。


 女性の庇護を得られない男性が、暮らすのはメイロウ大陸では厳しいようだ。

 

 しかし逆恨みとはなんとも迷惑な話だろう、ねじ伏せた時にでも肋の一本くらい折っておけば良かったとラーズの後悔は尽きない。


「ラーズ殿がリンカを大切にしていただいている事は私の耳にも届いておりますし、今日リンカと会ってあの子は貴方を難からず思っていると確信しました。 あんなに幸せそうなあの子は見たことがありません」


 ケイロンは深く頭を下げる。


「あの子は一度結婚にケチがついてしまった娘ですが、優しく容姿が悪いという逆境にもめげずに真っ直ぐに育ったと思います、ラーズ殿……娘を、よろしくお願い致します」


「こちらこそよろしくお願い致します」


 こうして花嫁不在にも関わらずリンカの嫁入りは着々と外堀を埋められつつあった。


 さてラーズとリンカのラブラブデートのかいもあり、見合いに消極的だったメイロウ大陸で醜女とされる女性達はもしかしたら醜女の自分もリンカのような恋愛や結婚ができるかもしれないとお見合い参加に踏み切った。

 

 見合いはメイロウ大陸で婿を取りたいもの、ユナス大陸への嫁入りを希望する者で大雑把に分けられた。


 メイロウ大陸で婿を取りたい女性達の所には婿入りを希望する男性たちを配置し、一人ずつ時間を決めて面会し男性たちが気になった女性を数名指名してゆっくりと交流を図れるようにしている。


 こちらには自分に自信のある女性達が殺到し、熾烈な戦場となっている。


 またユナス大陸への嫁入りを希望する女性達は今回のお見合いで相手が見つからなくてもユナス大陸の各国の保護のもと、ユナス大陸での見合いを条件に順次移住出来る事になっている。


 今回の様な海を越えた大お見合い大会は今後も数年単位で執り行われることに決まっているので、リャンシャールはこのお見合いを一大事業として国の目玉にするそうだ。


 後にメイロウ大陸中から伴侶を得ることを夢見る女性達がコレリアン王国集まるようになるのだが、それはまた別の話。


 半月掛けて行われた見合いで婿入りを希望する全ての男性達がメイロウ大陸の女性との婚姻を決めた。


 男性達にはドゥイリオからメイロウ大陸になれるまで援助がはいることになっている。


 今回の大見合いの大会は、大成功と言っていいだろう。


 すでに伴侶となった者達は妻となる女性の家族に挨拶へ向かっている。


 交代でお見合いに参加しているため、先に参加しすでに挨拶を終えた夫婦は船団に戻って食料の積み込みや花嫁の荷物を積み込んでいる。


 船団はいつでも花嫁たちを載せて出航できる状態になっていた。


 花嫁は一度では運ぶにしても乗船定員にも限りがあるため、早めに結婚が決まったもの達とすでに乗船させた元奴隷たちを連れて明日ユナスへ向けて出国する。


 明日、リンカを連れて帰るため、最終日はあいにくの曇天だったが、ラーズは会場として指定されてあった広場が見渡せる場所で傍らに立つリンカの前に片膝をつき白くほっそりとした手を取ると、その手の甲へ口づけを落とした。


「リンカ、私はリンカと夫婦になりたい……リンカ、私と一緒にユナス大陸へ来てくれないだろうか?」


 ラーズの求婚に嬉しそうにでも寂しそうにリンカは笑う。


「ラーズ様、お父様とお母様を置いてはいけません……ごめんなさい」


 そう言って走り去るリンカをラーズは、追いかけることが出来なかった。


 それからどのようにして宿に帰ったのか、ラーズは思い出せなかった。


 途中で何人ものお見合い参加者に声をかけられたような気がしたが、もうそんなことラーズとってはどうでもいい。


 まるで心の中を映すようにポツリ、ポツリと厚い雲に覆われた空から水滴がラーズの上に降り注ぐ。


 次第に強まる雨に、通りに出ていた者達は雨宿りのために近くの家屋や雨をしのげる場所に走っていく。


「……リンカ……」

 

 ポツリと小さく読んだ名は強くなった雨音にかき消された。


 ラーズが花嫁に望むのはただひとり、もうそのひとりは決まってしまい替えは効かない、明日の早朝には船員達の花嫁達と共に港町へ戻らなければならない。


 ずぶ濡れで宿へ戻ってから食事も取らず全く部屋から出てこないラーズを心配してフェデリコやドゥイリオがやってきたが、早朝の出発までラーズが自らの借り受けた部屋から出てくることは無かった。

 

 


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