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不遇の花嫁

完結まで書き終わっておりますので、毎日更新いたします。


 リンカが生まれ育ったこの大陸では結婚は乙女が条件だ。


 出自の分からない幼子だったリンカを行商中に見つけて拾ってくれた両親には深く感謝している。


 リンカは父親が見つけて来てくれた夫となる男をチラリと見やる。


 今日初めて顔を合わせた夫となる男は、生まれ育った村から遠く離れた漁村の漁師の跡取り息子だった。


 年頃になった少女達が次々と村の若者や、嫁のやり取りがある近隣の農村に嫁いでいくなかで、リンカだけ嫁の貰い手が決まらなかったのだ。


 丸太のように丈夫な腹部とそれを支える腰と、力強く頑健な腕っぷし、しっかりと大地を踏みしめる太い足ふっくらした女性らしい柔らかな身体と丸い顔が美人の条件であるこの国でリンカの容姿は醜女として近隣の村で有名だった。


 鍛えても腕や脚が太くなる事はなく必至に食事量を増やしたが、出て欲しい腹部には肉が付いてくれず、胸ばかりが肥大した。


 リンカの目指す異性に好まれる体型には程遠い自分の醜い容姿に嘆き鏡台に花瓶を投げ付けて叩き割る。


 まるで男性のようにひ弱で力を加えれば即座に折れてしまいそうな細い腰は丈夫な子供が産めないと言われ、他の少女達がリンカの体重と差ほど変わらない米俵を苦もなく担ぎ上げる中、その半分の量ですら満足に運べない華奢な腕しか持たないリンカは稼ぎが悪い穀潰し。


 本来女性が守らなければならないか弱い男性よりもさらに脆弱な醜いリンカを嫁に貰おうなんて物好きはなかなかいない。


 外見が悪いならせめて中身を磨こうと仕事を同村の娘達の誰よりも早起きし一生懸命こなしたが、体格差で劣るリンカが自分の仕事を終える頃にはあとから来た娘達は同量の仕事をいとも簡単に終わらせて家に帰っていくのだ。


 そんなリンカはもちろん近隣の村で嫁の貰い手なんてあるわけもなく、リンカの行く末を心配した父親が行商で訪れた先でやっと見つけてきた嫁入り先が、取引先でもある隣で盃に注がれた米から造られた酒を飲み干したリンカとさして変わらない体型の男のところだった。


 リンカは自分の貧弱な身体で漁師が務まるだろうかと不安にかられながらも、漁師の跡取り息子に嫁いだからには、漁村の女性達に教わって漁に出なければならない。


 こんなリンカを嫁に貰ってくれるような夫を支えられるようになろうと決意を固める。


 婚儀を済ませて初夜の痛みに耐えて迎えた翌朝、一番始めに夫から告げられた言葉によってリンカは絶望した……


 身体を引き裂かれるような痛みを耐えて正真正銘乙女を差し出した夫に昨晩使用したシーツを手に不貞を疑われているのはなぜだろう。


 目の前に広げられたシーツには情事の後を思わせる無数のシワと互いの体液によるシミが有るのみだった。


 あるべきはずの出血が無い……初めて破瓜した時は痛みを伴い破瓜による血が出ると嫁入りの前夜に母親から教わっていたのに……


「お前は皆を騙していたのだな! 乙女ではないにも関わらず痛がる振りまでして! この売女! 金の為だと言われて渋々嫁にもらってやったのに。 だからいやだったんだこんな化物と結婚なんて! 醜女の癖にくそっ!」


 目の前で憤る夫の姿にリンカは只々呆然と目の前のシーツと夫を見詰めるより他に出来なかった。


 売女とは一体誰のことをさしているのか、 リンカが醜女なのは否定できないけれど、この見た目のせいで恋愛なんてついぞついぞしたことがない。


 金の為だったと夫は……目の前の男は言った。


 父親はリンカを嫁に出すために大金を積んだのだろうか。


『今日から私達は夫婦になる。 初めて会った私達だが、どんなときでも君を愛そう』


 ぐるぐると毒を含んだ言葉がリンカの身体に染み渡る。 


 なら閨に入ったときに男がリンカに言ってくれたあの睦言は一体なんだったのだろうかと。


 嘘つき……とリンカの心が囁いた。


『これからは私のすべては貴女の物だ。 もう離さない』


「直ぐにでもお前の生家に異議を申し入れる! 離縁だ! 顔も見たくない!」


 嘘つき……! ズキリと心臓が悲鳴を上げる。


『初めてなのだろう? 大丈夫だ怖くない』 


「お前の父親も直ぐに動くだろうさ、証拠もこの通り有る。 生娘だと信じていた自分の娘に裏切られていたんだからなぁ?」


 嘘つき! 嘘つき嘘つき!


 裏切られた哀しみに怒りで気が付けばリンカは薄い夜着姿のまま婚家を飛び出していた。


 いまだ祝いの席が続くなか、下着姿で駆けていくリンカの姿は見たものの目にとても滑稽に映っただろう。


「リンカっ!?」


 ざわめきも父親の制止する声も全て無視して止まることがない涙を袖で乱暴に拭い、潮の香りがする崖へとやって来た。


 打ち寄せる波は高く、下から崖を這い上がる海風は冷たい。


 最近は海が荒れていて漁に出られないと、祝いに来ていた同村となるベテランの女漁師が話していた。


 この激しい波に身を投げたら、もう蔑まれる事も無くなるかもしれない。


 穀潰しのリンカはこの国、世界にとって異物でしかないのだ。


 打ち寄せる荒々しい波も断崖絶壁も、不思議と自分の後ろに広がるのどかな村よりも怖くなかった。


 もう、生きていたくない。 楽になりたい……


 自然と空中へ踏み出した足は支えを失って身体が海へと落ちていく。


 背中が水面に叩き付けられ、激痛が走ったが不思議と心は満たされていた。


 波に翻弄されながらリンカの意識はプツリと切れた。


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