水曜日:作戦決行
水曜日:作戦決行
あのぼんやりした男を立ち上がらせる、いい案はさっぱり浮かばなかった。警察に変質者がいると電話することが確実だと思うが、さすがにそこまでする勇気はない。
昨日と同じように私は男の隣に座り、無表情のまま心の中でため息をつく。見られていることには気がついていると思うが、イヤホンをつけた男は何も気にするそぶりはない。こういう所が羨ましいと心底思う。周りに馴染めない私は、周囲にどう思われているかばかり気にして、いつも惨めに感じているからだ。
突然男の視線が斜めに動き、緊張のあまり息を飲んだ。しかし男の視線は私には向いていない。視線の先を探すと一匹の猫がふてぶてしく歩いている。男は息を飲んだ私には全く注意を向けず、てくてく歩く猫を注視している。猫好きなのか?いや、猫嫌いなんているのか?猫嫌いは強がりか、嘘つきぐらいだろう。
男の人間らしい一面が見れて、これならと私は思い衝動的に携帯電話を取り出した。警察に電話するのではなく、やや大きい声で電話をするふりをする。隣に座った男はきっと気まずくなるだろう。
まだクラスメイトと下校していたころ、彼女が知らない誰かと電話を始め、何となく気まずくなり、それじゃあ用事があるからと逃げ帰ったことを思い出したのだ。
横目で見ながら嘘電話を続ける。横目をちらちらわざとらしく見る。視線と声で嫌な空気を作るが、男はやっぱりぼんやりしている。無口な私に嘘電話が長く続くわけもなく、「それじゃあまたね」と嘘電話を終わらせ逃げるように席を立った。
ただの迷惑なだけだ。顔から火が出そうになる。このまま地獄へ送られてしまうのではないだろうか。何せ私は死期が近いのだから、できるだけ正しい行いをしたい。地獄行きと猫以下の烙印を押され私は小走りで走り去った。