火曜日:天国と地獄
火曜日:天国と地獄
同級生に会いたくないという理由から私の朝は早い。郵便受けから新聞をとり玄関へ乱暴に投げ込む。それに答えるようにリビングから「いってらっしゃい」と母親の声が聞こえる。
朝早いにもかかわらず、男はベンチで座ってタバコを吸っている。朝だけの特徴として、どこで買っているのかパンを食べイヤホンで何かを聞いている。いつものように横目で男を観察する。男が吸っている煙草は群青色のパッケージに金色で鳥のようなものがが描かれている。タバコには興味もないが、そのデザインは素敵だ。銘柄が何なのかわからなくて、コンビニで買い物をするたびに確認をしているけれど、未成年がタバコをじろじろ見るのもばつが悪い。
小枝を振りながら坂道をゆっくり登る。精神的にも体力的にも憂鬱になり、男のことを考えて気を紛らわせる。突然現れた理由、仕事は何をしているのか、結婚しているのか、色々考えるがあの男が生活を送っている姿を想像できない、タバコを吸う、パンを食べる、ぼんやりする、そんな生き物。学校に着き下駄箱から上履きを取り出す。もうしばらく我慢すれば良いだけだが、男がうらやましいなと思いながら教室へ向かった。
月曜日の次に憂鬱な火曜日もいつもどおり終わった。帰り際に夏休みが近いが浮かれるなと担任が注意をするが誰も聞いていない。いつも浮かれてるやつらに言っても何も意味がないだろうと心の中でつっこむ。
いつものように小枝を振りながら病院脇の坂道を下る。男は今日もベンチに座ってぼんやりしている。一瞬私と目があい、咥えていたタバコに火をつける。煙越しに見える男の目は、もう私のことを少しも気にならないようで、ぼんやりと坂を眺めている。
横目でそんな男を見ながら通り過ぎ、踵を返す。無視されたのが気に入らないのか、休みが近くて浮かれているのか自分でもわからない。緊張で鼓動が早まるのを感じるが平静なふりをして自販機の前で立ち止まる。いつもは飲まないブラックコーヒーを買い、思い切って男の隣に座った。
男はちらりを私を見て、ベンチの端へ移動した。緊張を誤魔化すように想像してみる。一つのベンチに女子高生とタバコ男。おかしなことはないけれど、奇妙な組み合わせだ。余裕を見せるために、苦いコーヒーをすすり、同じようにベンチからの風景を眺める。坂から降りる人は私たちを横目で見ながら、目の前で左右に分かれる。
病院から続くこの道は天国と地獄への分かれ道、死期の近い人間は、ここでどちらかへ行くのではないか。降りてくる人を、天国行き、地獄行きと不謹慎に勝手想像する。性格が悪い私は地獄行き間違いないだろう。
天国でも地獄でもない場所で座り続ける男は何を考えているのだろうと横目で見る。私のように荒んだ想像をしているようには見えないが、あのぼんやりした目で通り過ぎる人を天国と地獄へ捌いているのかもしれない。タバコに書かれた鳥の模様は天国への切符のように見える。煙をぷかぷか浮かべているのはタクシーを呼ぶようなもの。手を挙げて乗り込んで、どちらまで?天国までお願いします。これは地獄行きデスよ。お客さん初めてですか?たまにいるんですよねー間違えてしまう人。みたいな。
そんな想像をしているうちに、同じ学校の制服が坂の上に見えた、逃げるようにベンチから立ち去る。遠くで一度振り返ると、男は相変わらず坂を眺めていた。男はどちらへ進むのだろうか。なんとなくその先が天国のような気がする。彼がどちらへ行くのか見てみたい、どちらが天国か知りたくて彼を立ち上がらせることを私は決めた。