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竜ノ心 先触れ  作者: 風見どり
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鏡の鱗

 ティナは珍しく息を切らして、基地内の作戦会議室に飛び込んできた。

「状況は!」

「哨戒飛行中の機体は全て帰投させました。標的に動きはありません。――実地での援護などはよろしいので?」

「我々の第一目標は、余計な犠牲を出さないことです。そのお気持ちには感謝いたします。ただ、後方支援をお願いする可能性はありますので、そちらの準備はぬかりなくお願いできれば。それでは、こちらも仕事を始めるとしようか」

「わかった」

 トレインは寸分の迷いもなく立ち上がった。

 如何に普段から乗りたくないと駄々をこねていても、竜が出たとなれば、己が戦わなければならない。そうしなければ、もっとたくさんの人が死ぬ。

 十幾ばくの少年は、その事を誰よりもよく分かっているからこそ、こういう時には迷わない。

「対竜戦を開始する。トレイン・ハートライトはウィクトーリアで出撃。奴を牽制しつつ、離島から遠ざけることを最優先に。戦闘機との接触を避けた相手だ。不必要な刺激は避けろ」

「……了解」

「先制攻撃で叩くべきじゃない?」

「……トレインの命を不必要に危険に晒したくはない。ただ、これはあくまで方針だ。最終的には現場判断に任せる。文句は?」

「ない」

「ない」

 トレインとティナは同時に頷いた。

「では、作戦開始」

 ティナは仕事道具のパソコンを広げ、トレインはウィクトーリアの下へ向かった。小所帯の彼らのやることははっきりしている。

 その間も周囲の哨戒のために離島に備え付けられた監視カメラは、くっきりと竜の姿をモニターに映し出している。

 竜は、全く動かない。攻めようとも、退こうともしない。

「……なぜ攻めてこない」

 セドリックの疑問は、その場にいる全員に共通する疑問だった。

「簡単よ。彼は攻撃の意志を持ち合わせていない」

 ティナは緯線をぴくりとも動かさずに答えた。――それが、正解かどうかはともかくとして、全く腑に落ちない答え……というわけではなかった。

「理性的に物事を考えましょ。――ウィクトーリア、出撃準備完了。いつでも出せる」

「了解。……ウィクトーリア出撃、いいか、指示を忘れるなよ? 張らんで済む命を張る必要はない」

『わかってる』

 ぶっきらぼうな声が響いて、モニターは飛翔する白い鎧を映した。

「接敵まで三分」


 未だに、ウィクトーリアの中にある感覚には慣れない。

 俺の身体が大きくなったようにも、小さくなったようにも感じる。ある時は俺自身がウィクトーリアのように、ある時は、ただのウィクトーリアのパーツのように――俺の感覚はまるで一定じゃなく、不安定だ。繭の中にいる間、腕や足の曲げ伸ばしすら許されず、弊所の中での不快感と戦い続けなければならない。

 挙げ句の果てに、降りれば眠り姫コースだ。月に一回の搭乗すら煩わしい。

 ただ、今日に関していえば、調子は悪くない。ウィクトーリアは自在に動く。

「――見えた」

 ウィクトーリアの目が、はっきりと竜の姿を捉えた。

 鈍色の竜……。二本の翼に二本ずつの腕と足。見慣れてきた竜の姿だ。

 竜は時折羽ばたきつつ、空に静止している。まるで、何かを待っているかのように。

「……来ましたか」

 その声は、俺が知る誰のものでもない。

 何かの問いを返す前に――竜の姿は、かき消えた。

「消えた……!」

 戦闘機の映像で見た時と同じように、竜は、溶けるようにいなくなった。


 次の行動は、もはや反射に近かった。

 ウィクトーリアの真後ろから、突然右腕が伸びる。即時反転し剣が一撃を受けたが、剣はたわみ、一機に吹き飛ばされた。

『これでも様子見!?』

「現場判断に任せる! 好きにやれ!」

 と言い合う間に、腕の姿は消えた。

『また……!』

「すごい――光学迷彩なんかよりずっとすごい! それとも自身を霊体化してるとか? そっち方面だったらもっと――」

『おい、もう少しまともな分析をしろ!』

「わかるわけないでしょ! 自由自在に姿を消したり現したりするのよ? 原理はカメレオンがしていることに近いかも……しれないけど、確かなことは何も言えない!」

 今度は上から尻尾が叩き付けられる。

肩の辺りをまともに直撃し、ウィクトーリアの空中姿勢は大きく乱れた。

『……いいから、もう少し有益な情報をよこせ!』

 ウィクトーリアは闇雲に剣を振り払って牽制するが、それを嘲笑うかのように、アッパーカットの要領で、竜の右腕が顔面を捉えた。

「じゃあ、機動力が違いすぎる?」

『見りゃわか――ぐあっ……!』

 胸部に一撃。トレインから苦悶の声が漏れる。

「あの痛がりよう……尋常ではないのでは……?」

 中に詰めている隊員の一人が、怪訝そうにティナを見た。

 それも当然だ。戦車が多少損傷したくらいで、中の人員が傷付くことはない。彼らにとっての兵器というのは、あくまで人が使うものだ。

「装甲を傷付けられる分には問題ないわ。……恐らく、今のパンチは素体にダメージを与えた。あの竜、賢い……!」

 神骸機は人を使う兵器であることを、彼らは知らない。その設計士たるティナ・ファーレンハルトが1ミリも搭乗者の命に配慮していないことも、彼らは知らない。

 竜の姿は何度も出現と消滅を繰り返し、ウィクトーリアを追い込んでいく。

 攻撃をいなすのが精一杯で、反撃に移ることはできない。竜の手数は圧倒的だ。腕、足、尾、身体の全てを使って追い込んでくる。

 言うならば、その動きは武術の達人。あらゆる一挙手一投足が次の動きに連動し、対応の余地をなくしていく。このままではいずれ、ウィクトーリアは詰む。竜の攻撃をいなしきれず、致命的な一撃をもらうだろう。

「……あの竜には戦術がある。あのままでは、保たない」

「援護を」

 蓮上が真っ先に答えを見出した。

「お願いします。……ウィクトーリアを失うわけにはいかない」

 無駄に命を散らすわけにもいかないが、それ以上に、竜に抗する手立てを失うわけにはいかない。実に単純な思考だった。

「基地施設で援護を。使用火器は誘爆系の誘導兵器に限定!」

 会議室に残っていた基地の人員達が、忙しそうに作業を開始した。

「準備出来次第即時発射! ――で、いいんですね?」

「ええ。――早く!」

 一回転して放たれた尾が直撃し、ぐしゃりと嫌な音を立て、ウィクトーリアの装甲にヒビが入る。状況は明らかに、悪い方向へと向かっていることを示していた。

「――発射」

 蓮上の渋みのある声と共に、滑走路地下から現れた砲台は、標的を見定め、一斉にミサイルを掃射した。


 竜は全く捕まえられない。常に、この竜は俺の上を行く。こいつはどこからでも攻撃できるし、どこへでも逃げられる。常に瞬間移動をされているような気分だ。

 しかも、こいつは既に装甲ではない部位を攻撃すれば効くということを理解している。

 ただ……こいつは分かっていない。俺とこいつが行っているのは勝負ではなく――

 戦争だということを。

 警告音を聞きながら、俺は咄嗟に機体を庇った。竜は再び姿を消している中で、無数のミサイルが飛来する。ミサイルは次々と何もない空間で爆発していく。

 ――いや、何もないわけがない。

「なるほど……! この援護は想定していませんでしたよ……」

 悔しそうな声が機体の中に響き渡る。だけど、俺はその声を気にしない。

 こいつらは人に牙を剥く怪物……害獣なのだ。

 爆風の中で、巨大な翼が広がった。その中には、やけにキラキラと輝く、ガラスの破片のようなものが散っている。姿を自在に消せる能力の正体はあれだろうが――今は、そんなことはどうでもいい。

「そこ……!」

 位置さえ分かってしまえば、そうそう好き放題にはやらせない――!

 蒼い翼で黒煙を切り裂き、一気に竜との距離を詰める。

 そこでようやく、俺は敵の姿を完全に視認した。

 体色は鈍色――と思っていたが、薄い膜のようなものが、身体を覆っているのが見える。陽光を浴びた水面のようにキラキラと輝く様子は、戦時じゃなければ美しいと思うかもしれない。

 この膜のようなもの以外、蒼い炎を吐き出してきたりもしなければ、身体をアメーバのように変形させたりもしない。ずいぶんと真っ当な竜のようだ。

 まあ、竜って生物がそもそもデタラメじみているとも思わなくもないが――。

 相手がデタラメで来るのなら、こっちもデタラメで迎え撃つまで。

 ウィクトーリアは、どんな兵器よりも美しく空を飛ぶだろう。優雅に、軽やかに、設計士の理想を体現した白い騎士は、二本の剣で竜を斬り伏せる。

 神骸機というのは、そういうものだ――俺は、そう思っている。

「……聞く耳持たず、ですか!」

 剣の刃を、竜は真っ向から受け止めた。

 砕けた薄い鱗が舞い散る中で、竜の眼光は鋭く、ウィクトーリアを見据えている。

「――私は、やろうと思えばあの島々を気取られることなく全て沈められる。それが分からないあなたではないでしょう?」

 竜は俺を睨んだまま、静かに語りかけてくる。

 その語気には怒りが滲んでいるように聞こえる。

 こいつは、一体何に怒っているのか。そして――何に語りかけているのか。

「そうはせず、こうして姿を晒し、あなたとの対話を行おうとしている――その意味が……」

 ――こんなものは幻聴だ!

 蒼翼はさらに噴出、竜を腕ごと両断せんと、刃をじりじり寄せていく。

 竜の瞳孔が開き、瞳の中には怒りと落胆が揺れる。

「あくまで……我らが父祖の肉体を殺戮兵器としてのみ運用するおつもりか……!」

「――うるさい! 黙ってろ、侵略者ッ!」

 鱗ではなく――鮮血が散った。

 竜は腕を庇いながら後退している――今、ここで叩く!

「やっと答えていただけたと思えばそれですか――どちらが侵略者だと……!」

 竜は臨戦態勢を取る気配を見せた――が、もう遅い。

 剣は確実に急所を貫く。首を切れば竜は死ぬ。至極簡単な攻略法だ。



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