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竜ノ心 先触れ  作者: 風見どり
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序章

前のはざっくりとしたあらすじとでも思ってください

 蒼い炎が、何もかもを焼き尽くそうとしていた。

 北欧の小国、ファリカに突如飛来した存在を、各国機関は「竜」と呼称した。彼らとの意思疎通は不可能であり、ただ一方的な破壊行動を止める手立ては、ファリカにはなかった。

 他国の軍を自国に引き入れる博打を打つわけにもいかず、国連に対応を一任していては、先に炎が全てを焼き尽くしてしまうだろう。故に、ファリカは未知の力に縋るほか無かった。

「初陣よ、トレイン・ハートライト。私のウィクトーリアの実力、見せつけてきてちょうだい」

 街から少し離れた小高い丘に陣取った少女が、耳元のインカムに語りかける。

『あんたさ、マッドサイエンティストって言われたこと無い?』

「ないわ。天才とかアーキテクト、とか言われたことはあるけど」

『あ、そう。ずいぶんと気配りのできるお友達に恵まれていたようですね』

「……ああもう、うだうだ言ってない! とっとと戦え! ぶち殺せ!」

『――ぶち殺せなかったらどうなる?』

「さあ。ま、私のいるここは無事だと思うけど?」

『……違う。あのバケモンがどうなるかだ』

「破壊し尽くしたらどっかに行くんじゃない? それか、その前によその軍が介入するか。ま、ウィクトーリアでどうにもならない相手が、豆鉄砲でどうにかできるとも思えないけど」

『……俺がやるしかないってわけね』

「そういうこと。ウィクトーリアを動かせた幸運を呪いなさい。……武運を。ある程度は私もフォローする。もうちょっとまともな設備があれば指示とかも出せるんだけどね。機体の状態はモニタリングしてるから、ご安心」

『――分かった。全然分かってないけど。……で、これは起動すればいいのか?』

(スケール)には入ってるわね? なら、あとはこっちでやるわ。んじゃ、行くわよ。よい夢を。そして、私達によき明日を」

 少女は、手元のパソコンを素早く操作し――。

「ウィクトーリア、出撃!」

 蒼い炎の渦が、一瞬――乱れた。


 街の地下から、白い何かが飛び出した。

手には二本の剣。背には、炎のように揺らめく蒼い翼。頭部には蒼い光線が奔り、瞳のように発光する。その名は、ウィクトーリア。神骸機(しんがいき)と呼ばれる人型次世代兵器の第一号である。

 竜は火を吹くのをやめ、空を睨む。その殺気立った瞳を受けて、ウィクトーリアは切っ先を突き付けた。

「……正直、敵の特徴も何にも分からない。でもきっと、首を落とせば死ぬはずだわ。――トレイン、聞こえてる?」

 返事はない。少女は思わずこめかみを抑えた。

「……やばいかも」

 その言葉にシンクロするように――飛び上がった竜は尻尾の一振りでウィクトーリアを叩き落とし、機体に向かって蒼い炎を吐きかけた。

 ウィクトーリアは街を巻き込み、あっという間に炎に包まれた。

「――なんて温度! あれ、生き物が吐ける炎なの? つーか、あれほんとに生き物?」

 竜の吐きつける炎は、ウィクトーリアの耐火性能を遙かに上回る威力であった。

 装甲は見る見るうちに機能を停止し、パソコンからはアラームが鳴り響く。

「はっ、ファンタジーの世界から這い出てきたのは伊達じゃないってわけ……!」

 しかし、装甲は所詮装甲。全てが破壊されたとしても、ウィクトーリアはまだ動ける。

 機体を象徴する白い鎧は、内部の素体を守るためにあるに過ぎない。素体の機能が完全に停止しない限りは、戦闘続行が可能だ。

「――中身大丈夫かなあ?」

 そう、装甲が焼け爛れる分には問題ないし、素体も少々熱でやられるほどやわではない。

 しかし、機体内はどうか。「(スケール)」と呼ばれるコクピットの中で、夢の中にあるトレイン・ハートライトが外部からの熱に耐えきれるかどうか――少女には自信がなかった。


 竜の声が聞こえていた。

「――我らが父祖の血肉を使ってその程度か。ようやく出てきたと思えば、興醒めな」

 いや、竜の声かどうか自信はない。幻聴の類かも。だって俺、死にそうだし。

 あのマッドサイエンティストは、夢見心地で機体を動かせると言っていた。

 そんなもんは大嘘だ。さっきから汗はだくだく。なんとなく気分も悪くなってきた。

 だけど、俺は吐いてスッキリすることもできないし、汗を拭うこともできない。俺の身体は眠っているんだ。だから、俺の身体は動かせない。機体を動かすことはできるけど。

 手の中に、何かを握っている感覚がある。これは、ウィクトーリアの剣だ。

 銃とかないのかと尋ねたら、なんでも規格が合わないとか。天才が聞いて呆れる。

 こんなとんでもない化け物相手に剣二本で戦えなどと、そんな無茶な話があるか。

 俺が前に進もうとしても、炎によって溶かされた装甲が邪魔で上手く動けず、竜との距離を詰めることができない。竜は安全圏から炎をはき続け、俺と、俺が育ってきた街を焼いていく。

 きっと、逃げ遅れた人もいるだろう。

「所詮は人の手によるもの。我らの領域には届くまい」

 ――いいやきっと、これは竜の声だ。

 だけどなんだって、今、聞こえてくるのだろう?

「しかし――いずれ比肩するとも限らん。今の内に芽を摘むのが我が責務か」

 竜は地を揺らし、こちらに近付いてくる。

 死ぬんだな、と、我ながらあっさり受け容れた。思えば、冬の日に親に捨てられて、この街の孤児院に放置され、その日に限っておばさん達は留守にしていたお陰で死にかけた時も、なんだかこんな感じだったような気がする。

 あの時、俺はたまたま通りがかった子供に助けてもらった。その時のツケを、今から払うことになるのだろう。

 竜は、すぐ側まで来た。

「あまつさえ、我らが父祖の肉にこのような辱めを与えるなど――愚かが過ぎるぞ、愚民共」

 竜の口元に、炎が渦巻く。

「せめて、我が煉獄の炎に焼かれて――」


 少女は頭を抱えることしかできなかった。

 己の最高傑作が、あまりにもあっさりと正体不明の怪物に越えられたからだけではない。

 彼女は己が天才だと思っていたし、それはこの瞬間も変わりない。しかしながら、内部との連絡も断たれた今、自分が現場に行っても焼け死ぬだけであるし、通信が復旧する兆しもない。

 彼女は詰んでいた。詰むという現実を、彼女は受け容れられずにいたのだ。

「……どうすればどうすればどうすれば……」

 故に、彼女は策を探す。何かできることがあるはずだと。

 それを実行することこそが、天才たる自分の役目だと。

「わかんないわかんない……! くっそう……!」

 歯ぎしりし、髪をぐしゃぐしゃに握り締め、少女は智慧を振り絞り――解を、見つけた。

 目を見開き、少女はただ一言つぶやく。

 竜の口元の炎はさらに大きくなり、ウィクトーリアへ吐きかけようとした、刹那のこと。

 空が、啼いた。


 降り注いだのは紅い烈光。それも一本や二本ではない。機関銃の掃射の如く、激しい爆発を伴う一撃が次々と飛来する。

「――へ?」

 少女が戸惑うのも無理はない。

 竜もまた、戸惑っていた。しかし、戸惑い以上に、今の彼を支配していたのは、死の恐怖だった。

 紅い光は、あまりにも容易く蒼い炎を蹴散らしていく。

 竜は生物であった。己よりも遙かに強い生物には、本能的に恐怖する。

「なに……これ?」

 空から蒼を押し潰さんとばかりに放たれる砲撃は止むことを知らない。

 街を焼いていた炎は一瞬でかき消え、竜はウィクトーリアから引き離される。

『…………いっ! マッド……』

「――トレイン!?」

 ノイズの混ざった通信に、少女は飛びつく。

『……なにがフォローするだバカ! 出撃早々音信不通になりやがって!』

「それはこっちのマシントラブル! ……たぶん」

『こちとら死にかけたぞ! ――まあ、援護には感謝するけど。で……』

「この紅いのは、何が何だか。ただ、砲撃はあなたを狙っていない。街の消火をしつつ、あなたを援護している……っぽい」

『ぽいって……』

「だって断言できるわけないでしょ? あんな超兵器……かどうかもわかんないけど、とにかく、あなたは目の前の敵に集中! 大丈夫、もしこの紅い光の主とまともに戦ったら、絶対勝てないから。こんな熱量のもの連射して平気なわけだし。これ、普通にこの国滅ぼせるよ。ってなわけで、後のことは気にせずに、ぶっ殺せ!」

『んなこと――わかったよっ! で、なんか戦略は?』

「首をかっ切れ! 首を落とせば大体死ぬ!」

『最高。あんた指揮官の素質あるよ。――ま、そうするしかないわな!』


 ウィクトーリアの蒼翼が再び噴出し、地上で一気に加速する。

竜との間合いは一瞬で詰まった。剣は十分に届く距離だ。

「ただの剣で何になる……!」

 竜は爪を広げ、炎を纏わせた。もはやウィクトーリアに言葉はない。

 剣戟が、始まった。

 竜の爪は十分にウィクトーリアの剣を防いだ。一方で、竜の放つ炎が着実にウィクトーリアの装甲を削っていく。既に装甲の大部分は爛れ、その内にある漆黒の素体が顔を覗かせている。

 しかし、それでもウィクトーリアは退かなかった。

 ただ、闇雲に剣を振るった。戦術も何もない。一太刀でも届かせる……執念の剣戟であった。

「さっさと……! 倒れろ……!」

 その鬼気迫る剣戟に、竜は圧され始めていた。明らかに、彼はウィクトーリアを侮っていた。

 ただの劣等種の見せる、凄まじき怨念にも似た執念は、機体の内からでも十二分に滲み出ていた。

 竜はウィクトーリアの頭を狙った。顔面に爪が突き刺さり、鎧が割れる。

「――やっと、腕一本止めたな」

 トレインは知らずの内、竜に語りかけていた。

 ウィクトーリアは、頭を潰されてもまだ動ける。なぜならば、神骸機は兵器であるから。

 大事なのは、機体を駆る人間だ。その心臓とでも言うべき部分は、もっとも分厚い装甲の中にしまわれている。それを、竜は知らなかった――致命的な敗因だ。

「なん、とっ……!」

 対して竜は、生物であった。

「首を飛ばせば……死ぬよなぁッ!?」

 剣が、鮮やかな弧を描いた。


 蒼い炎と紅い光の次は、血の雨が降った。

 ウィクトーリアはへたり込み、機能を停止していた。その前には、ズタズタに引き裂かれ、臓物の類を腹から垂らし、絶命した竜の姿があった。ウィクトーリアの切っ先は竜の首を完全に刺し貫き、もう一本の剣は、胸の辺りに突き立てられていた。

「……どれくらいサンプルとれるかなあ」

 血だまりの中に、少女は立っていた。

 彼女の周りでは、防護服を着込んだ人々が忙しく動き回っている。

「――ファーレンハルト大使!」

 その内の一人が、少女の元に駆け寄ってくる。

「どしたの?」

「監視衛星などでファリカ上空を偵察しましたが……あの空からの砲撃の主は見つかりませんでした。また、軍事衛星などの起動も確認できておりません」

「そ。ま、あんなとんでも火力を軍事衛星が連射できるわけでもないし……。一応、哨戒を続けてもらって。仕事してる感は出さないとね」

「はいっ!」

「それと、ウィクトーリアはラボ直行。中身は二十四時間体制で経過観察。一週間経ったら、機体内の戦闘記録等を分析しながら、改良に入りましょう」

 少女は指示を伝えると、再び、竜とウィクトーリアに振り返った。

 街は戦闘の余波で破壊し尽くされている。特に炎での被害が大きく、紅い光による消火も虚しく、恐らく復興は困難だろう。

「……まさか本当にやって来るなんて」

 この日、人は竜の実在を知った。

 彼らは空想の住人などではなく……人には見えないどこかに潜む、完全な脅威であることを、思い知ったのだ。

 その日以来、神骸機とその設計者ティナ・ファーレンハルトの存在は、大きく取り沙汰されていくことになる――。


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