95
「やっぱりいるんだな・・」
向かうべく乗り込んだ、バスの中でのことである。
「なんて顔をしてるんだ。こんな、記念すべき日に」
「そうそう、トリプルデート、トリプルデート。きっとこの日は、生涯にとって、かけがえのない思い出になるでしょう」
「身の程知らずが・・」
もう、回れ右したいが、バスの扉が閉まってしまった。
端から見れば、クラスメイトとの待ち合わせだが、一志からしたら、待ち伏せである。
「功一くん、清孝くん・・そうか!今日は、二人とも、おねがいね」
「うん!まかせて、しのぶちゃん!」
「この日のために、万全の準備をしてきたんだから!」
「・・・・・」
しのぶには、この二人が、悪い虫から、姫と王子さまを守ってくれる、兵士にでも、見えているのだろうか?
だとしたら、とんでもない誤解だ。
そして、こいつらも・・・
「よくまあ・・そんな幻想に浸れるもんだな。俺等が一人でも、この三人に、釣り合うと思っているのか?」
トリプルデートなんて、一志にすれば、口に出すのも、気恥ずかしい。
「なにを言う!そんなことを言うのは、もてない奴の、ひがみに決まってるだろ!」
「そうそう、言いたいだけ言わせとけばいいんだ」
「・・・・・・・・・・」
よ~くもま~、自分たちのことをここまで、高い棚に放り投げることができるものだ。
そもそも、人のおこぼれにあやかってるだけだというのに。
そりゃ、こぼれ落ちてくるのが、金貨銀貨でも言い足りないぐらいの、美女美少女であれば、救う手を伸ばしたくなるのもわかるし、一志にだって、自分だけが、可愛い娘を独占していいはずないとの認識はあるが、この二人だけは、理屈抜きで、いやだった。
「三人を守るためには、沙江子さんが提示したみたいな手段も、やむをえないのではないか・・」
ぼそっと、そんな恐ろしい考えを口にしていた。
「諸君!!!我がテーマパークも、なんやかんやあったが!なんとか、春を迎えることができた!」
「本当に、いろいろ、ありましてねぇ~・・」
誇らしそうに、気分を高揚させてる大男と、逆に、悲壮な面持ちをした青年とで、ここ一年足らずの感想を述べていた。
いろいろあった・・・
まったく逆の気持ちを込めても成立するのだから、便利な言葉である。
「なんで、部署移動願いを受理してくれないんだ・・」
「ん?!なにか言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
そう、ここは、地下モニター室。
一応、モニターを通じて、全スタッフと顔を合わせているが、こんな場所に、二人きりという状況に、河合月人は、ますます気を重くしていた。
「ユウェンタースランド。今回のテーマは、愛だ!それは、尊く美しい。それは必要であり、不可欠である。時に燃え上がり、そして、脆く儚い。そんな、それこそが愛だというものを育み、暖め、結び合わせる。これは、地上に生きる我々にとっての、使命に違いない。今日、この日、たくさんのカップルが、愛を語らい、愛を燃やし、愛で強くなるだろう。故に愛とは!」
「園長!園長!もう、もぉ~~~う!そのへんで。スタッフも限界でしょうし・・」
『そうですな。時間も押し迫っていますし!』
『ああっ!そういえば、今日は、ゲートのチェックを念入りしなければならない日でした』
『私も、笑顔のチェックを念入りやらなければ』
『アニマル達に、ゴハンを・・』
『花壇の水やりが・・』
「おいおい!」
各担当のスタッフ達が、次々とモニターを切ってしまった。
「後半に行くほど、どうでもよくなってないか?」
ここでのアニマルといえば、ロボットだし、お花は、バイオブラント、いわゆる造花である。
「やっぱり・・・五十も過ぎた人が、愛について、力説されるのを正面から見据えるのは、モニター越しでも、かなり精神を消耗するものがあるんじゃないですかね」
鏡を見てほしいと言わないのが、月人なりの、優しさである。
「ほほ~~~う。そういう君は、平気なのかね?」
「はい。まあ、静聴しているふりして、目を閉じてましたから」
ドガンッ!!
モニターは切ったが、スピーカーは繋いでいた。
この音を聞いた、全てのスタッフが、月人の冥福をいのるのだった。
このように、全スタッフにとって、月人の実直さが、言い換えれば愚鈍さが、もの凄く高く評価されていたのだ。
もう、他の部署など、考えられないほど。




