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「まったく!!!どんな育て方をしたんだ!!!!!」
そのとおりだが、こいつに言われたくなかった。
「学ぶべき場所で、なんたる、暴挙を!!!」
今、職員室で、一志のことを罵ってるのは、先ほど紹介された、ナントカ先輩の議員のお父さまだった。
「まあまあ、彼は、本日、遠くから、やって来たばかりでして・・」
「そんなことが、人を傷つけていい理由になるか!」
一応、フォローしてくれる先生もいたが、状況は劣勢みたいだ。
我が子が害されれば当然と思いたいが、一志には、人を怒鳴りつけることになれてる人物に見えた。
・・・・・ともあれ、転入初日に父兄の呼び出しなど、なかなかない経験である。
「そちらの親は!」
「連絡は取れましたが、只今、お仕事中とのことで、終わり次第、すぐ駆けつけるとのことです」
「フンッ!これがその仕事か、子供も子供なら、親も親だな」
「なにをーーー!!」
九年、寝食を共にした老人より、最近会ったばかりの母親を侮辱されたことに、一志は腹を立てた。
それを薄情と捉えるかは、人それぞれだが。
ちなみに、その時、教師が止めに入らなければ、一志はそこにあった湯飲みを投げつけるところであった。
「こんなのが、教育に責任を持ってる人間の姿ではない!」
幸い、モニターに見入っていて、その動作に気づかれることはなかったが、こちらは我が子を傷つけられた怒り心頭だというのに、そのモニターで、のほほんとされては、嫌味の一つも言いたくなるかもしれない。
『はーい、これからも、応援、よろしくお願いしまーす』
にこやかに手を振って、いつもより、魅力を一割増しのメイクをした沙江子が、そこに映っていた。
ネットの、ライブ配信である。
これが、現在進行形の、沙江子のお仕事。
自らの、作品の紹介とか、ファンの獲得のためには、なによりも優先すべきであろう。
「聞けば、我が子を一度、橋の下に捨てたそうじゃないか」
「なんだとーーーーーっ!!!!!」
今度は、本気で激高した。
人の過去をえぐり出し、塩を塗り込むような言動に!
母親に会わせる前に、今すぐ始末するつもりだ。
『ハーイ。今まで顔出しNGでしたか、今回、急遽こちらの要望に応えてくれた、今注目のシナリオライター、柚月沙江子さんでしたーーー』
『はい!では、失礼しますー』
まだ、配信中に席から立ち上がるという、あり得ない対応に、司会者が訪ねてみた。
『おや?!このあと、お急ぎの予定でも?』
『はい。うちの子が・・お兄ちゃんの方がですけど、先輩に、妹の下着をとってくるように強要されて、お返しに、ボコボコにしてあげたら、それが、後藤議員のお子様だったそうで、学校まで、謝りに行かないといけなくなったんですよ・・・あっ!これ、言っちゃいけなかったかな?』
「なにっ!!」
モニターから飛び出した言葉に、当人たちが、顔を赤くして引きつらせた。
『後藤議員!!!ですね』
『そうです!後藤議員!!!です』
力いっぱい、人物の確認をする。
「違う!」
「今すぐ、止めろ!」
今度は、顔を青くして、無茶を言う。
『そりゃ~~急いだ方がいいですな。我々も』
『ええ!?いっしょに擁護してくれるんですか?』
『いや~~~、それはどうでしょう?学びの場での傷害事件など許すまじこと。まずは、事実の詳細な確認から始めませんと・・』
厳格なようなことを言ってるが、完全に遊んでるノリだ。
確かに、子供も子供なら、親も親である。
自分の家族に害なす者に、一切容赦する気はないらしい。
『そのとおりですね。誠意を示すのに、暴力に至る終始、後藤昌弘くんの下着の要求の段階から、再現しましょう』
「違う!違う!!」
モニターにかじりついて、全否定してるが・・後藤昌弘そんな名前だったのか・・なにをしても、手遅れそうだ。
キーーーッ!
キーーーーーーッ!!
キキーーーーーーッ!!!
そうこうしている隙に、まずは校門から、そして、次々と学校を取り囲むように、急ブレーキの音が鳴り響いた。
その正体は、言わずもがなだろう・・・
「○○テレビです!」
「△△新聞です!」
「××スクープです!!」
もう放課後で、開けっ放しになっている門から、次々、突入してきた。
「今、配信された、沙江子さんの話は、本当なのでしょうか?ご子息が、その・・女子の下着を欲しがったというのは・・」
「ちがうぅぅぅぅ!下着じゃなくて!その写真だ!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一瞬、騒がしかった記者達が、押し黙った。
呆れているのか、軽蔑しているのか?あるいは、迂闊に口を開くと、大爆笑になってしまうからだろう。
「こっ・・この件は、厳しく受け止めた上で、息子には、然るべき罰を与えようと思います」
「そんなパパ!!自分のあとを継ぎたかったら、人を踏みつけることも必要だっていったのは、パパじゃないか!!」
「お前はもう黙っとけ!!!」
わ~~~・・、とうとう、親まで巻き込みやがった。
アホすぎる。
「俺、もう、帰っていいですか?」
脱力して、返事も待たずに一志は立ち去ろうとした。
もう、やってきた記者の対応で、手一杯の先生方に、止められることなく、難なくその場を離れることができた。
その時、記者の一人に、マイクを突きつけられてしまった。
「君が、もしかして、柚月沙江子さんの、息子さんかな?今回の件で、なにか一言」
「まあ・・男として、母親と妹は、守ってやるべきだと思うんですよ・・・」
簡潔に、本心を口にした。
結局、この件は、ニュースになることはなかった。
事情もあろうが、記者達も、記事にすべきか頭を悩ませる事件であったし・・・
したがって、一志の名言も、聞く者も、ほとんどいなかった。
その時の記者か、せいぜい野次馬の中の、喧噪にとらわれず、一志の声を拾えたものぐらいだろう・・・
「・・・・・」
ドカーーーーーーーン!
「ギャーーーッ!目覚まし時計が、爆発したーーー!」
「あれー、おかしいな、お兄ちゃんに、気持ちよく起きてもらうように、音楽を変えただけなのに」
「犯人はお前かーっ!!!」
「キャーーーーー!」
ベットから飛び起きて、妹を追いかける。
だが、その心境には、怒りではなく、会えないと思っていた人にまた会えたみたいな、そんな、懐かしさがあった。
「いや~~~・・、なれるまで、いろいろ大変だったな~~」
「・・・・・・・・・・う~ん。それは、二人きりの小島から、いきなり人がたくさんいる所にやってくればね」
正直、大変だったのは、周りの人の方だったのではないかというのが、一志の話を聞いた茉璃香の見解なのだが、とりあえず、一志のことを慮って、そう言っておいた。
本日は、定番の柚月家でのお茶会で、一志と二人になる機会があったので、ちょっと一志の昔のことを聞いてみた次第である。
「でもまあ・・」
一志が、その時、物憂げな表情をすると、茉璃香には、なにを考えてるかわかった。
連れ去られたのが、自分の方でよかった・・そう思っているのだろう。
そうでなければ、あの泣き虫な女の子を今ごろ、一人ぼっちにしていたのだから。
「あーーっ!また!お兄ちゃんと、二人でいる!!」
思ってたそばから、やって来た。
まるで、一志専門のセンサーでもついてるみたいに・・
「そんなに心配なら、しっかりと、一志君を捕まえてないとね」
「アンタがいうな!」
あれ・・・・・?
本気で、応援してあげるつもりで言ってあげたのに、なにがいけなかったのだろうかと、茉璃香は首をひねってしまった。




