91
「今日から、通学ね。しのぶちゃんと、同じ学校だから、わからないことがあったら、しのぶちゃんに、なんでも聞いてね」
そんなことを言われながら、一志は母親に、テレながら、制服を着せてもらったりしていた。
本日、一志、初めての登校である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・転校初日という意味でなく、まんまの意味で。
「学校かぁ~・・・みんな行ってるとこなんですよね・・」
気持ちはやっぱり、期待より憂鬱で、わかっていても、そう口にせずにはいられなかった。
「そうね。それじゃあ、しのぶちゃん。私は、職員室までだから、あとはお願いね!」
「・・・・・うん」
それともう一つ、一志の心を惑わせているものが、そこにあった。
「ほら、しのぶちゃんに、おねがいって!」
「・・・・・」
はにかむみたいに、うつむきぎみに、そこにいてくれる、しのぶの制服姿であった。
まだ、あどけなさの残るしのぶの凜とした格好は、抱きしめてあげたくなるものがある。
「お願いします・・」
「・・・うん」
言ってはみたが、この、お菓子細工のような女の子を頼る気持ちは、一志には微塵もなかった。
「柚月一志です。これから、よろしくお願いします・・」
とりあえず、自分で書いた名前の前で、挨拶してみた。
「・・・・・」
転入生なんて、珍しいのだろうとは思うが、なんだか、まとわりつくような視線が、一志には、かなり気になった。
「え~~~、皆さん、知っての通り、一志君は、しのぶさんの、お兄さんになります。母一人子一人と思っていた家庭に、実はお兄さんがいてくれたことを喜び、受け入れて、皆さん、仲良くしてあげてください」
老教師の紹介は、一志の心に、ちょっと胸を打つものがあった。
そのとおりだなと、決意を固めさせる。
ここまできて、ウジウジしててもしかたない、いい兄貴、いい仲間、そうなるように勤めねばなるまい。
「それでは、一志君の席は、ちょうど空きましたので、その席に、お願いします」
・・・・・そう、開いているのだ。
前でも後ろでも、端でも中央でもない、そんな席が。
ひょっとして、自分とは入れ違いに、このクラスの人気者みたいな誰かが、転校していったりしたのだろうか?
そんな、いらん心配をしてしまった。
一時限目・・二期限目・・・と問題なく過ぎていく。
島でやってた、学習プログラムは、無駄ではなかったようで、なんとか授業には、ついていけそうだ。
それと、休憩時間に、何度か話しかけられることがあったが・・「これから、よろしく」みたいな、挨拶ぐらいで、もっと、こう、アニメとかである、質問攻めにあうみたいな、シチュエーションになったら、どうしようか?と思っていたが、どうやら、いいクラスのようだ。
ただし・・・
「しのぶちゃんの、お兄様ですか?」
「じつは、我々、こういうものです」
「・・・・・」
そろってメガネをかけて、カメラを差し出してきた、体格が対照的な二人組には、気を許してはいけないものを感じた。
といっても、なにも問題がなかったわけでもないが・・
問題、その一。
「これぐらいの実験。部屋越しにやるんですか?」
理科の可燃性物質を使った、授業中である。
「当然です。実験である以上、あらゆる危険性を考慮しなければ。」
挨拶代わりに、一志は、強化ガラス越しに、ロボットのアームの操作をまどろっこしそうに、やらされていた。
「ちなみに聞きますが、今までは、こんなときは、どうしてましたか?」
「とりあえず、やってみて、痛かったり、燃やしちゃったりしたら、次から、気をつけたらいいかなと・・
「問題外です!」
よくもまあ、今まで、五体満足でいられたものである。
「知識は、大事です!生きるためにも、成長するためにも、また、楽しむためにも。わかることが少ないと、些細なことでイライラしたり、それで、自分も他人も不幸になるなんてことがあるかもしれません。どうです、一志君?今まで勉強を教えてくれた人に、勉強は大事だと言ってくれましたか?」
今度は、社会の授業で、
「・・いえまったく」
「・・・・・知識より、健全な肉体と精神を大事にする人でしたか?それとも、知識より、それにもとづいた正しい判断こそ大事だと言う人でしたか?」
「いえ、もうすぐ、脳に直接プラグを差しこめる時代が来るから、勉強なんて、無駄になるだろうと・・」
「・・・・・・・・・・もう少し、人間でいましょう・・」
・・・あながち、妄想とも言い切れないところが、恐ろしい。
あと、その二は、ちょっと後の、お昼休みである。
「お前、あの、柚月しのぶの兄貴なんだってな?」
「・・・・・」
体育館裏で、絶賛、一個上のお兄様方に、取り込まれ中である。
「俺は、この学校をシメてて、親父は議員だ!この学校で、通いたかったら、妹の、着替えか、フロ入ってるところをとってこい!」
「ハハハァ・・」
自分より、頭一つ高い上級生に、小さなカメラを差し出されて、一志は、力なく愛想笑いをした。
「ハリャーーーッ!」
「ハンッ!」
最小限のモーションで、猫だましからの股間への膝蹴りである。
しまらない顔をそのまま青くさせると、惰性で立ってるだけしかできなくなったものを一志は、容赦なく捕まえた。
「ああっ!!よくも!ボスを!!!」
取り巻きの一人が、ハンドガンタイプのスタンガンを打ってきた。
一志は、遠慮なく、その手に持っていた物を盾にした。
「ギャギャギャギャギャ!」
「あぁあ!!!よくもボスを!」
「知るかよ・・」
この時点で、逃げ腰になっている先輩方に、一志は、容赦なく躍りかかった。
・・・・・ 誰かは、言った。
人を傷つける道具より、それを平然と使える人の心が、恐ろしいと。
・・・・・今まさに、そんな状況である。
まったく、迷いも躊躇いもなく、蹴りや拳を繰り出し、髪を掴んで引きずり倒し、涙目の瞳に、さらに砂をすりこんで。
テロリストにさらわれた少年兵でも、もう少し危険物とは隣り合わせには、いないだろうみたいな環境で育ってきた一志である。
この場にあれば、光学兵器のすら使用しただろう。
「ゲコッ!」
「殺す気か!!」
まあ、今は、そこに指してあった、花壇の表札を脳天に叩きつけるぐらいだが・・
ようするに、相手にケガをさせたら大事だという、一般常識がないのである。
そんなヤツを体育館裏なんかに、連れてきた時点で、失敗である。
ガッシャーーーン!!!
「ひいやぁ~~~!」
「そんなものまで~」
はるか上空の窓を割って、ガラスのシャワーを繰り出せば、さすがに、気づかれるだろうけど。
「何事だ!!」
騒音と悲鳴を聞きつけて、教師陣がやって来てしまった。
どちらが、被害者か加害者かわからないまま、まとめて生徒指導室に直行となった。




