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「あ~~~~~~~~~ん!!」

 真新しい学舎の、一介の教室で、少女の泣き声が響き渡っていた。

「なんだよ・・冗談だろ、これぐらい、誰も泣かないだろ!」

「冗談でやったから、本当にやったことにはならないってか?丸ごと、現実に決まってるだろ!」

「最っ低!!生まれたとこなんて、どうしようもないことで、女の子いじめて!」

「泣くだろ。懸垂、一回もできないやつが、そんなことで、自分は特別だって思いたいか?!」

「冗談で言ったから、本気にする方が悪いって?違うでしょ、どう聞いても、アンタの方に、現実を理解する能力が足りないんでしょ!」

 その傍らで、太めの男子生徒が、つるし上げを食らっていた。

 泣き声なんて、おおむね、鬱陶しいものだが、いくつか例外もある。

 その一番は、やっぱり、泣いてるところが、可愛いとこだろう。

「エ~~~ン」

 何事か!?と、その鈴を鳴らすような泣き声に引き寄せられて、隣からも、上下からも、人が集まってきたら、こんなヤツは、内のクラスじゃない!みたいな連帯感が生まれてもしょうがない。


バチーーーーーン!!!


 そこで、騒ぎを聞きつけて、やって来た先生に、教科書を後頭部に叩きつけられた。

「本当は、全部わかって、いったんだろ!冗談で言ったから、本気にする方が悪いって、言い訳を先に用意して!お前が悪いに決まってるだろ!」

 とどめと言うべき、一撃だった。

 その後。

 その男子生徒は、生徒指導室まで連れてかれ、こってり絞られたあと、改めて、しのぶに謝罪することになった。

 だが、そんなことで、しのぶの心がはれることはなかった。

 さもあろう・・

 野良犬に、軽く咬まれたようなものとはいえ、もとより癒えてはいない傷をである。

 何年も何年も・・あるいは、物心ついてから、ずっと、疼き、苛み続けた傷を抉られたようなものだ。

 一体、どのような薬で、癒やせばいいのだろう?

 あえていえば、時間であろうか・・

 しのぶが、大人になって、自分を支えてくれる人に出会い、そして、恋をして、子供を産んで、その子が、今のしのぶぐらい大きくなって・・・

 そのときの幸せに、ふと、過去を振り返るような・・・それぐらいの時が必要なのかもしれない。

 その日は、一日中、しのぶの瞳が、涙に枯れることはなかった。

 心配して、家の前までついてきてくれた同級生を「もうだいじょうぶです・・」と、全然、そうは思えない表情で言って、なんとか帰ってもらい、気持ちを切り替えようとする。

 泣いてる顔を家にまで持って帰るわけにはいかない。

 今日は、体育にマラソンがあって疲れたことにしよう・・・

 ごまかしきれる自信なんて無いけど、しのぶには、それしかなかった。

 家族ってなんだろう?

 気兼ねなく、ふれあえる存在。

 一つ屋根の仲にいて、それが、当たり前の人。

 確かな、血の繋がりがある人・・

 そんなことをなにも考えずに幸せだったのは、なにも知らずにいた、あの施設いた頃だけだった。

 戻りたい・・・・・

 無理だとわかっていても、そう願ってしまう。

 月日も流れ、もう、靄がかかったみたいに、思い出せなくなってきているのに、あの場所に、なにか大切なものを置いてきてしまった気がする・・


バンッ!!


「しのぶちゃん!聞いて!聞いて!あなたの、お兄ちゃんが!見つかったのよ!!」

「え?!」

 心を固めて、家のノブに手をかけようとしたところ、そのドアが、いきおいよく開いて、沙江子が飛び出してきた。

「これから、すぐに迎えに行くわよ!あと、お洋服は、一番、可愛いのにしてね♥」

「え?えっ?!」

 しのぶは、わけもわからず、あたふたする。

 さもあろう。

 突然の急展開だ。

 事態が飲み込めず、混乱するが、その片隅に、深く暗い記憶の底に、一滴の煌めく雫が落ちてきたような・・・そんな、言葉を聞いた気がした。


「・・お兄ちゃん・・・・」

 次の日のことである。

 さすがに、夕方からすぐに出かけるとなると、夜も深くなるというので、沙江子も思いとどまってくれたが、

 次の日、朝一でやって来た、とある島で出会った男の子をそう呼んでみた。

「・・・・、・・・・・・・・、・・」

 向こうも、戸惑ってるみたいだけど、眉毛が特徴的な男の子には、確かに、見に覚えがあった。

「・・・・・・ん」

 飛び出して、抱きついて、その胸に顔を埋めて、体全部で、そう呼べる人がいることを確かめたい・・・

 そんな衝動にかられてしまう。

 しのぶは、遠い昔においてきたしまったものがなんなのか、わかったような気がした。




 なんで、男の子と女の子というだけで、こうも、印象が違うのだろう・・・


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