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その日もまた、変わらぬ日差しの強い日だった。
もう、何年にもなるか・・繰り返される毎日に、一志自身、諦めからか、感覚の麻痺か、もう、あれこれ、考えるのを止めてしまった。
だから、この日も、空を見て、海を眺め、コンピュータいじって、創時朗の発明につきあって・・そんな、なにも変わらぬ一日だと思っていた・・・
「なんだジジィ?ま~た、こんなとこで寝てやがって」
工場で、床に伏してる創時朗を見つけた。
毎度のことだ。
この老人は、なにか思いつくと、衝動のままに、昼夜問わずトンカン始めるんだから・・
ただ、いつもと違う、本当に倒れてるような姿勢が、ちょっと気になった。
「ほら、ジジィ。まぎらわしいだろ」
心をよぎった、一抹の不安をぬぐい去りたかったのだろう。
だが・・・・・
「っ!!」
背中に当てた手から感じる無機質さに、ゾッとする。
「ジジィ!冗談だよな!!」
ユサユサと揺さぶってみるが、何の反応もしない。
うっかり触れた手の甲の冷たさに、体温も思考も奪われそうな恐怖をした。
「GX!!GX!!!」
一志の成長のたびに名前を変えられてる、お世話ロボットを呼びつけた。
「状況を説明しろ!」
『ハイ。ゲンザイ、8ジ30プン。チョウショクノジカンヲスギテイマス』
「そうじゃねぇだろ!!ジジィが、倒れてるんだ!なんとかしろ!」
『コウドウフカ。ケンゲンハンイガイデス』
「権限がどうとかじゃねぇだろ!もういい!!」
一志のことは、ロボットに任せて、自分のことは、まるで無精してたからな・・
あるいは本当に、風邪の一つも引いたことがなかったのか。
「なにかーっ!なにかないか!」
混乱気味に、一志は叫びながら、敷地内を駆け回る。
手当たり次第、ロボットに命令して、ネットをいじって、計器を叩いて。
ただ、ひたすらに、がむしゃらに・・
もう、ここには、一人しかいない・・・・・
その現実を認めたくなかったのだ・・
「そこらの物には、決して触るなとの通達だ」
「そこら中に、物が溢れてますが・・これでは、調査ができません」
「バカ!どこに、人類を混乱に陥れるスイッチがあるか、わからんのだぞ!!!」
やっとやって来た救急隊員らしき人物が、もう亡くなってると告げてくれた。
ただし、死因はともかく、一通り調査、事件性の有無を調べようとしても、その権限がないらしい。
「・・・・・・・・・・・・・」
一志は、なにも言えず、うなだれていた。
たとえ、ふれあいより、衝突の方が多くとも、家族だったのだろう。
それが、突如としていなくなってしまった喪失感。
もう会えないという絶望に、一志は、苛まれていた。
「国岸一志君だね。残念ながら、お爺さんは、亡くなってしまったようだ。それで、他のご家族のかたとか、連絡の取れる、親しい知り合い人とかは・・?」
「・・・・・っ・・」
隊員の一人の質問に、一志はうつむいたまま、声にならない返事をする。
「それじゃあ、我々で、君の家族になる人を探してあげよう。大丈夫、きっと、見つかるよ」
「・・・・・・・」
そんなことは、どうでもいいことのように聞き流していた。
今、一志の心は、過去となってしまった光景が、浮かんでは消えて、消えては浮かび上がり、錯綜していた。
孤独に蝕まれ、未来を見据えることができなくても、命という、決して元に戻らぬものの価値から、目を背けていたかった。
「一志君!君の家族が見つかったよ!!」
「え・・!?」
いきなりで、次の日のことである。
「君には、お母さんと、妹さんがいたんだよ!ぜひ、君を引き取りたいと、もう、こちらに向かってきてるそうだ!」
「え~~~~~・・えっ?」
いやいや、妹はともかく、一志だって、木の股から生まれてきたわけじゃないのだから、母親ぐらいあっても当然なのだが、悲しいかな、あまりに聞き慣れない言葉なので、理解が追いつかなかった。
「もうすぐ会えるよ!君は、一人ぼっちじゃないんだ!!」
「いやいやいやいや」
昨日と同じ隊員が、喜色満面で、教えてくれるが・・正直、大きなお世話っぽい。
気持ちの整理もつかないうちに、心の準備が必要のものを連れてきて・・
もう、この島で、ずっと一人で生きていく覚悟を決めかねてたときに、そんな・・どう接していいかわからないものを・・
はっきり言って、赤の他人の方が、まだましである。
「カズくん!!」
「えっ!?」
それで、その日の午後。
場所は、浜辺。
「カズくん!!!」
黒く長い髪の女性に、もう一度、そう呼ばれた。
それが、自分の母親が、長年、心で暖め続けた、自分への愛称だと知るのは、しばらく後になってのことである。
「さあ、しのぶちゃんも。隠れてないで、お兄ちゃんに、挨拶して!」
というか、このテンション上がってる女性が、自らの母親どころか、子供を産んだ経験のあるようにも見えないんだが。
こちらの困惑など、お構いなしに、その人は、後ろに隠れている、ちいさな生きものを紹介した。
「・・お兄ちゃん・・・・」
その生きものは、怯えてるように、体を半分だけ出して、大きな瞳を潤ませて、自分のことをそう呼んでくれた。
「・・・・、・・・・・・・・、・・」
なんだか、一志は、これからの人生、そんな悪くない可能性が、大いにしてきた。
現金すぎる・・・




