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「ヒック、ヒック、エ~~~ン」

 自ら招いた惨状に、しのぶは泣いていた。

「エ~~~ン、ゴメンナサイ~」

 直撃は免れたとはいえ、その被害は、甚大だ。

 自分達だけではない。

 ご近所中に、爆音と爆風で、洗濯物は全滅、窓ガラスが割れるぐらいの迷惑をかけただろう・・・

「なんだぁ!!!隕石か?隕石か?」

「ニュースになる!テレビ局が来る!おめかししなきゃ!」

「ほんとに隕石か!?拾ったら、自分のモンだよな!」

「採らなきゃ、売らなきゃ、オークションだ!」


「・・・・・」

 あんまり、気にすることもなさそうである。

「エ~~~~~~~~~~~~~~~~~ン」

 それでも、しのぶは、うずくまって、泣くのを止めてくれない。

 その心を一番、痛めているのは、芝生に散乱している、二人のチョコレートだろう。

 割れて、埃まみれで、だいなしだ。

 だが、一志は、その一つをつまみ上げ、埃を一息で払って口に入れた。

「あっ!」

「まだ食えるよ」

 ポリポリと・・その音が少し濁ってはいたが、一志は、かまわず飲み込んだ。

「なあ、しのぶ。俺も、最初、バレンタインデーって聞いたとき、なんだそりゃって思ったけど・・なんでも、海の向こうの、よくわからない記念日を日本のお菓子メーカーが、都合で持ち込んだとかなんとか・・・」

 しのぶの肩に、優しく手を置いて、語りかける。

「お兄ちゃん・・怒ってないの?」

「怒ってないよ。怒るより、大事な気持ちがあるからな」

 まあ、それ以上のアホが、吹っ飛ぶシーンに、スカッとした部分もあるが。

「ちゃんと聞いてみたら、恋人達を幸せにしてやることに殉教してしまった司祭様の命日なんだってさ」

「うん」

「こんな大きなイベントになって、誰でも誰かにチョコ渡せるもんだから、この日を理由に告白したりとか、それで、うまくいったりとかしてたら、その司祭様は、未だにたくさんの恋人達を幸せにしてるってことになるよなぁ」

 しのぶは、涙目で聞き入っている。

「たとえ、脅されたって、殺されたって、やりたいいことを止めてない。永遠に生きてるのと変わらない。そんな偉大な人間もいるんだ。だったら、そんな日に、怒りとか、憎しみとか、抱え込むのは、いけないんじゃないかな?」

「お兄ちゃーーん!」

 叱られるより、胸に刻み込まれる言葉であったらしい。

 しのぶは、ありったけの心をこめて抱きついた。

「ゴメンナサイ、ほんとうに、ごめんなさい」

「うん。しのぶちゃんを差し置いて、チョコを渡してしまったのは、事実だし」

「ひょっとしたら、アタシが、こんなチョコ作ったから、神さまが、聞いてくれたのかもな」

 二人とも、暗に、しのぶのことを許してくれるみたいだ。

 一志の言葉は、しのぶのためだけのものではなかったようだ。

「さ~て、お話もすんだところで、お茶にしましょうか。私からは、チョコレートケーキよ」

 いいタイミングで、沙江子がホールケーキを持って現れた。

 手作り故に、パウダーや、デコレートが豪華すぎて、今の沙江子の感情、そのままみたいだ。

「わ~~~、みんなで食えるかな?」

「チョコが見えない・・」

「でも、仲なおりパーティには、ちょうどいいですね」

「べつに、ケンカなんかしてないぞ」

「そうだったね。ただの、いつもどおりいつもどおり」

「じゃあ、いっしょに、紅茶も入れるから、手を洗ってきてね」

「「「「はーい」」」」


 バレンタインデー

 それは、時の皇帝に逆らってまで、恋人達に神の祝福を与えた聖者の命日である。

 その語り継がれた偉業は、時代を超えて、数え切れない人々を幸せにして、そして今、柚月家を壊滅に危機から救ってくれた。

 例え、自らに何の益も無きことでも、人のためなった行いは、尊く、その人生に、大きな意味をもたらしてくれるものだろう。


「・・・・・う~~・・ん・・しのぶちゃんのチョコって、衝撃的・・」

「・・・・・・・・まさに、天にも昇るおいしさ・・・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん。

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