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そんなこんなで、バレンタイン当日。
「私は、チョコクッキーにしてみたの」
「わ~~~、色とりどりで・・って!手のひら、真っ赤ですよ!どうしました!?火傷ですか?」
「聞かないで・・・」
そういわれても・・一流芸術家の石膏像のような茉璃香の体に、右手だけ、赤々と痛々しいのは、ものすごく気になるのだが・・・
「フンッ!ありがたく思えよ。アタシがこんなこと、めったにやらないんだからな!」
「星形に『KILL』って・・わけわからんのだけど・・・」
「きくんじゃない!」
アイリが、ここに至るまで、いろいろ葛藤みたいなものがあったのだろうと、勝手に解釈することにした。
「それで、肝心の、しのぶちゃんはどうなったの?」
「それが・・・」
「うわ~~~ん!まにあわない!!!」
「・・・・・・・」
さもあろう。
しのぶの悲痛な叫び声が、外まで響いてきた。
いや、しのぶの能力を持ってすれば、それほど困難ではないはずのだが、今回ばかりは、ライバルの存在が妥協を許さないのだろう。
「しのぶーー!もう、材料の板チョコのままでいいから、部屋から出てきなさい!」
「いーや!絶対!一番豪華で、おいしいの作るんだから!」
二階の窓越しに、そんな会話がなされた。
原因の二人も、呆れ顔で、一志も少々、引き気味だ。
「気持ちはわかるけど・・それと、一志君!今のは、ちょっと、デリカシーに欠けてるわよ」
「・・・・・」
言われてみれば・・・とも思ったが、チョコレート、ではなく、それを作るロボットをトンカン作ってるやつに、そんなもん必要なのかという気持ちに、すぐ塗りつぶされた。
「う~ん。しっかし、どうしましょう?やっぱ、このままは、まずいというか、面倒なんですけど」
「しってる!こういうの、たしか、扉の前でドンチャンさわいでたら、出てくるんだ!」
「ああ・・昔話であったな」
「それそれ。だから、こっちだけで、楽しくやってたらいいんだ!」
「それやると、しのぶちゃん、本気で泣いちゃわない?」
「「う~~~ん」」
なんだか、天照大神に引きこもられた、八百万の神より、難解な気持ちになった。
「あ~~~~~ん!あとちょっとで、手作りロボットが完成するのに!」
それは、手作りと呼べるのかどうか・・はなはだ、疑問だが。
「せっかく、一流パティシエの動画を、完コピしたのにーーー!」
本気でパティシエ目指してる人が聞いたら、泣いちゃいそうなぐらい気合い入れすぎるから、間に合わなくなるのだ。
「だってだって!テレビでやってた、あのお店の、一番人気チョコなら、絶対負けないとおもったもん!」
どちらかといえば・・そういうのは、高慢ちきな、イジワルお嬢様の役どころだと思うが。
「ヘクシュン!!」
「環さん!?どうしたんです?風邪ですか?まだ、肌寒いですから、気をつけて」
「なんでもありませんわ。きっと、こんな豪勢なチョコレートを用意できる私のことを妬んで、誰かが、悪い噂でもしているんですわ」
「・・そうなんですか」
「オーーーッホッホッホ。それでは、皆さん。とくと味わって、思い知るがいいですわ!材料も、パティシエも、本場フランスから取り寄せて作らせました、トリュフチョコレートですわよ」
「アハハハハ・・・、そこまでやらんでも・・」
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とにかく!この場合、ちょっとぐらい不出来なほうが、ポイント高いことのほうを教えてあげたい。
「どうしよどうしよ!そうだ!!あれがあったんだ!」
おっ!?なにか、閃いたようだ!
天は自ら助くる者を助くと言う。
ただ、愛しい人にチョコレートをあげたい乙女の気持ちが、天に通じたのか、この苦境を乗り越えるアイデアなり、救世主なりに、思い至ったらしい。
「春に、あの島に行ったときに、チョコレートを好きなところに落としてくれるメカがあったんだ!」
違った!
それは、最後にチョコっとだけ希望が出てくる、開けてはいけない箱の方だった。
「あ!?今度は、静かになった」
「しのぶちゃん!まだ、今日一日あるから。とりあえず出てきて、みんなで、チョコレート、食べましょーう!」
「これで、あきらめてくれる妹なら、ずいぶん楽なんだけどな・・」
三人とも、それなりに、しのぶのことを心配しているようだ。
・・最後の、消え入りそうな、一志の台詞だけは、その質が違うようだが。
だが、そこは、攻められないだろう。
毎度毎度のことだから、一志に、予感めいたものがそなわっていても、おかしくない。
「いや~~~~~~~~!」
「やっぱりな」
突如、響いた、妹の悲鳴に、一志はもう、諦めの極地みたいに、つぶやく。
それを心配していたことなど、遙か過去の物語であった。
「あれ!?なんだか、空が、明るい?」
そこで、アイリが妙なことを言った。
昼間なんだから、それでいいんだが、そこでアイリが指摘したのは、空からの光が、わずかに揺らめいて、なんだか燃えてるような明るさだったのだ。
「って!まんまかよ!」
「あっ!流れ星だよ」
見上げてみれば、燃えてる物が、上空にあったのだ。
隕石である!
「昼間から、はっきり見えて、珍しい~~・・って!なんだか、こっちに、向かってきてないか!!」
そのとおりで、柚月家中庭正面に、ぐんぐん迫ってきているように見える。
「アハハハハ・・・まさかな?ここに落ちてくるなんてことは、あるわけないよな」
「フフフ・・まさかそんな、隕石が、地上に被害を出すなんて、それこそ、万に一つもないよ」
「ハハ・・0ではないんだな・・それがまさか、ねらいすましたみたいに、ここに落ちてくるなんて・・」
「イヤーーーーーー!!!こないで!こないで!」
三人で空を見て、唖然としていると、しのぶが、後ろから飛び出してきた。
まるで、ここに落ちてくることを確信してるみたいな、口ぶりでである。
「まさかのまさかだけど、あれ!お前のせいだったりしないよな」
上空を指さしながら、しのぶをとがめる。
「だってだって!このメカなら、すぐに、このチョコレート、届けてくれるって、書いてあったもん!」
しのぶが、ノートパソコンで開示して見せたのは、クランチトッピングのトリュフチョコレートと、隕石であった。
うん、似て非なる物。
『めておすまっしゅ』・・・創時朗が、個人で打ち上げた人工衛星が、一日何千個と落ちてる流星の一つをバリアでコーティングして、入力地点に落としてくれる装置。
「アホかーーーーーーーーっ!!!」
そうこうしているうちに、隕石は、ぐんぐん迫ってきている。
恋は盲目とは言うが、チョコと隕石を取り違えるバカが、どこに・・・
「わーーーーはっはっはっ!とらえたぞ!」
「しのぶちゃんのチョコレート!到着地点を変更させてもらったーーーっ!!!」
「あ!?いた!」
ズッドーーーーーーン!!!!!
「「ほんぎゃわら~~~~~~・・」」
突如、横切った、二つの眼鏡の影を追うように、隕石は、二つ隣の空き地に落ちてくれたのだった。




