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そんなこんなで、二月である。
「バレンタイン~バレンタイン~」
「なあに?しのぶちゃん。そんなに、次のバレンタインデーが楽しみなの?」
「なんで!わかったの!?」
無意識に歌っていたのか・・しのぶは、茉璃香からの問いに、本気で驚いてるような声を上げる。
「なんでって・・」
「声に出てたぞ」
質問しておいて、逆に困惑している茉璃香にかわって、一志が答えてあげた。
「バレンタインデーなんて、くっだらなーい」
「じゃあ、アイリちゃんは、あげないんだね!」
「そんなこと、いってないだろ!」
「どっちなんだよ」
「そうね。まだ、ちょっと早いかもだけど・・一志くんは、どんな、チョコレートがほしいの?」
「いえ・・もう、お腹いっぱいです・・・」
もう、可愛い娘から、三個も貰えることが確定してるというのに、あまりな対応。
・・まあ、連日、こんなテンションにさらされては、無理もないかも。
「アナタたちが、お兄ちゃんにチョコあげるなんて、ゆるさないんだからね!」
「大丈夫。しのぶちゃんにも、上げるから」
「そういう問題じゃなーい!」
「いいじゃん。チョコぐらい、どーでも」
「じゃあ、アイリちゃんは、あげないんだね!!」
「そんなこと、いってないだろ!!!」
「・・・・」
女三人寄れば姦しいというが・・よくもまあ、意見は一致することはないのに、毎回毎回、会話が成立するものだと、一志はうなだれてしまう。
・・・誰のせいかは、棚に上げて。
「でもまあ、チョコを上げる日なんて、日本人だけの勘違いらしいし・・そんな、熱くなることもないのでは?」
とりあえず、それだけ、言ってみる。
「わかってないのね。大好きな男の子に、なにかプレゼントできる。そんなイベントだけでも、女の子を幸せにしてくれるんじゃない」
「・・・・・・・・・」
納得より、気恥ずかしさのほうが、先に出る。
茉璃香は、時々、大人っぽいフリをして、純情な内面を見せるのだ。
だから、フリがフリだとバレてしまう。
「そういえば、しのぶちゃんに、チョコ貰うのは、初めてじゃないんでしょ。去年はどうだったの?」
「去年は・・・」
「べつに、こんなの、ぜんぜん、とくべつじゃないんだからな!わたしが上げないと、もらえないのがかわいそうだから、上げるだけなんだからな!」
「そうそう。こんなこと、言ってたかな・・」
アイリのセリフに、一志は、遠い目をする。
「いってないもーーーん!」
「言っただろ。自分が上げないと、一個も貰えない俺が可哀想だから、しかたなくとか・・結構、酷いことを」
「いってないーーー!!!」
「・・・」
わ~~~、なんだろ?逆にイジリたくなる。
しのぶの本質も、気持ちも、十分理解しているつもりだが、それにもまして、足下で、子犬に吠えかけられてる気分になった。
「言ったんだよーっ!」
「ほら!これが、その時の一部始終ーっ!」
また、どこからともなく、二人組が現れた。
『かん違いしないでよね!こんなの、転入したばっかりで、仲よくなった女の子がいないお兄ちゃんが、かわいそうだから、しかたなくなんだからね!とくに、意味なんてないんだからね!』
清孝が、タブレットで開示したのは、まぎれもなく、一年前のその時のシーン。
今より、さらにあどけないしのぶが、顔を背けて、両手でチョコらしき、ラッピングされたものを差し出しているところだった。
「言ってることと、チョコのサイズがあっていないような・・それに、家でも何処でも渡せるはずなのに、わざわざ・・これ、学校まで持ってきて渡してる映像ですよね」
まったくの、そのとおりで。
みんな渡してるという雰囲気に、自分の本心を紛れ込ませたかったのだろう。
茉璃香などには、バレバレで、微笑ましく映るのだが・・
「でしょでしょ!それをこの男は、なんと言ったと思う!」
『そこまで言われて、欲しいもんじゃないけど・・』
手だけだが、そんなことを言いながら、受け取ってる一志がいた。
「こんな、わっかりやすいツンデレに、こんな、そっけないたいどとりやがって!」
「血の繋がりのない兄妹と知ってたら、通報してたところだったよ!」
「どこへだよ・・」
いや・・・この二人なら、同類で、社会に影響を持ってそうな、怪しい連中と繋がりぐらいありそうだ。
「いやーーー!やめてやめて!」
しのぶが、本気で恥ずかしいのだろう、タブレットを取り上げようとする。
だが、その手が、届くことはなかった。
グチャ!
横から飛んできた、道路標識の方が早かったからだ。
「ツンデレってなんだぁ!そんなことば知らない!初めて聞いたぁ!」
しのぶと同じくらい、顔を真っ赤にしたアイリが、投げつけたのだ。
「べつに!アンタのためにやるんじゃないんだからね!」
まさに、それだ言いたいが、黙っておこうか・・・
しのぶには黒歴史、アイリには現在進行形。
女の子の内にある、秘めたる思いを興味本位だけで、つっついたりするものじゃない・・
・・・ということをすでに物言わぬ肉塊から学んだ。
「なにやってるの。学校にも行かないで」
するとそこで、とがめるような口調で沙江子が現れた。
通学中に、家から、そんな離れてないところで騒いでいたら、心配して出てきて当然か。
と思ったら、全くよどみのない足取りで、一志を通り過ぎて、タブレットを拾い上げた。
「このメモリーは、保護者として、私が没収します」
「「やめてください!!」」
前言撤回。
心配して出てきたわけじゃなさそうだ。




