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なんだか、ふわふわと不思議な世界に、一志はいた。
歩いているわけではないのだが、景色の方が近づいてくるみたいな感覚で、やって来た建物に、一志は、見覚えがあった。
ああ~・・忘れようはずもない。
物心ついた時の、最初の記憶。
なにより、しのぶと出会った、この場所を
美坂鳥学園
一志としのぶが保護された、児童養護施設である。
「おにいちゃ~ん!」
懐かしさに、目頭が熱くなる。
駆けよってくるしのぶが、思い出に重なって、嬉しさのあまり、ここが不憫な子供達が集められた場所だということを忘れそうになる。
いや、一志は、自らの生まれ育ちを不遇に感じたことは、一度もない。
「ついたー!」
抱き着いてきたしのぶをその気持ちのまま、受け止めた。
子犬みたいに、はしゃいで、子猫みたいに、胸にすり寄って、やっぱり可愛いと、本当に思う。
あれ・・・・・・・・?
一志は、そこで、疑問に思う。
ここで、しのぶの頭を抱きしめるのは、おかしいような・・・
成長しているのだ、自分も、しのぶも。
ここにいることと、自分たちが、今の姿でいることが、なんだか変だ・・
ああ~・・そういうことかと、疑問は氷解した。
これは、夢の中なのだ。
明晰夢・・・稀に見れる、夢だと自覚している夢
一志も、以前、一度か二度、見たことがある。
その時は、思い切って、窓から飛び出して、空を飛んでみたりとか・・
・・・あと、しのぶの姿なんかを捜してみたものである。
興奮したせいか、すぐに、意識はベットの中に呼び戻されたが。
そう、夢の中なのだ・・・・・
ならばいいかと、一志は、いつも、せいぜい背中に回している手を腰の方まで伸ばしてみたりなんかして・・・
ちょっと大胆に、体を密着させてみた。
「わーーーっ!」
嫌がってるのか、喜んでるのか、関係なかった。
思わず、一志は、そのまましのぶを押し倒して、草原にゴロゴロ転がるのだった。
「キャーーーーッ!」
楽しい!
気持ちいい!
現実では、ありえない!
願望のまま、行動できて、なんてものすごいんだ。
『夢なら覚めないで!』という言葉を一志は、そのままに、体現していた。
「ん!?」
いつの間にか、胸の中のしのぶが小さくなっていき、消えてしまうと、寝ころんだままに、今度は、しのぶの方に、馬乗りにされていた。
「ほら!おにいちゃんの、かおをかいたんだよ!ほめてほめて!」
しのぶが、拙く、何かを描いたのであろう画用紙を満面の笑顔で、広げてみせた。
外見は今でも、中身は、あの時のままのようだ。
これはこれでよし!
一志は、手を伸ばして、頭をぐしゃぐしゃに、なでてあげる。
「かわいい!かわいい!!かわいい!!!」
なんだか、本当に、子犬の頭でも、なでてるみたいに。
「・・・・・」
そんな時、しのぶが、浮かない顔をした。
「・・・・おにいちゃん・・ごめんなさい・・いつもあまえてばっかりで。わたし、おにいちゃんに、なにもしてあげてない・・・」
まるで、しのぶの本心を投映してくれたかのように、誤ってくれた。
一志も、わかっているのだ。
しのぶの本質は、ヤキモチ焼きな甘えんぼで・・・ 暴力的になるのは、中に流れてる、血のせいで・・
目じりに涙をためたその表情に、たまらなくなって、もう一度、抱きしめようとする。
「甘えんぼなとこも、お前のかわいいとこだよ」
ぼんやりとしか、働いてない思考にしては、いいこと言えたと思う。
胸に収めようとした顔が、少し和らいだのを見逃さなかった。
「キャッ!」
「えっ!?」
その時、しのぶが、違う声で、悲鳴を上げた。
いや、それは、しのぶではなかった。
「茉璃香さん!!」
抱きしめてしまったのは、元気いっぱいの妹ではなく、可憐で手折れそうな佳人、茉璃香だった。




