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「おや!?」
「アラ?!」
参拝を済ませて、行列を外れたところで、思いがけないい人物と出くわして、互いに、奇妙な声を上げた。
「あ・・環さん」
先に、茉璃香の方が、その人物を紹介してくれた。
その人物は、豪奢な晴れ着で着飾った、園寺環だった。
「ま~~~た、起業家の御曹司とか、将来有望な若手研究者とか、目白押しの新年パーティーほっぽいて、子供達に、付き合って・・」
開口一番に、憮然とした面持ちで、環は、そう言うのだった。
「・・そういう環さんは、そういった会には、出席しないんですか?」
「オーーーッ!ホッホ!私は、そんなことするまでもなく、大!起業家の、お嬢さまですもの!」
「・・・・・・」
いろいろ、台無しである。
「まあ・・事実はおいといて、ここの神社のお布施と改装工事に、我が家が携わっているんですのよ。だから、今日は、父の名代で、挨拶回り兼ねての参拝ですのよ」
新年早々、お嬢さまならではの、そういう付き合い、面倒もあるのかと慮ると、派手な、赤い薔薇と蝶の晴れ着も、少しは、つつましく見える。
「オーーーッ!ホッホッホ!ですから。並ぶ必要なんて、なくてよ。社務所の方で、ぬくぬくして、空いて来たら、教えてもらえばいいんですから!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
だから、いろいろ台無しだ。
本来ならば、奥歯をかみしめるほど悔しがるところだが、この一行にかけて、それはない。
なぜならば・・・
「あっ!負けたお姉さん・・」
「あーーーっ!」
あわてて、沙江子が、アイリの口をふさぐ。
それこそが、ここにいる五人の、環に関する、共通の認識だったからだ。
「・・・環さん。あの・・小さな子の言うことですから・・」
寝ぼけ眼のアイリを後ろに、かばう様にして、茉璃香は、環をなだめようとする。
「ホホ・・オホホホホホホホ!見くびらないで!子供の言うことに、いちいち目くじら立てるほど、大人げなくなくてよ!」
今まさに、目くじら立ててるまんまの表情だが、もう、なにも言うまい。
「それでは、私たちはこれで。もう、アイリちゃんを寝かしつけないといけませんので・・」
「お待ちなさい!」
そそくさと、みんなで、立ち去ろうとしたところで、けたたましく、環に、止められた。
「子供の言うことなんて、全然!気にしてないんだけど!誤解を誤解のままにしとくというのも、お互いに、釈然としないでしょ!」
いや。
もう、とっとと逃げ出したい気持ちで、いっぱいだが・・
「ここは、勝負・・というわけではなくて、おみくじでも、引いてみませんこと!」
「えっ!?」
とっさに、勝ち負けがつくものを思いつかなかったのか。
環が、そんな提案をしてきた。
おみくじで勝負なんて、女の子っぽくていいと思いたいが・・
「よっぽど、自分の幸運に、自信があるのかな・・」
沙江子が後ろで、ぼそりとそんなことをつぶやいて、一志も、そうだろうなと、同意する。
「ええ・・そうですね。これから、みんなで、引くつもりでしたし・・」
環の心境を理解してでのことなのだろう・・・茉璃香は、その条件をのむことにした。
茉璃香にしてみれば、負けたところで、大したこと・・というか、いっそ、おみくじぐらい、負けてあげたいぐらいなのだろう。
未だに、人並みの幸福さえ、躊躇しているような、こんな不憫なお姉さんに、幸運比べなど、イジメのように見える・・
「どれにしましょうか~・・開運おみくじ、天然石おみくじ、子どもおみくじ・・恋おみくじ・・・は、私には、ちょっと贅沢かな」
「選ぶ時点で、遠慮して、どうするんです・・」
その背中を痛ましく思いながら、その元凶が言った。
「あっ!中吉」
茉璃香の控えめな胸の内が、そのまま書かれてるみたいな、運勢。
一応、上から、二番目か、三番目だが、神様も、ここは大吉と、大盤振る舞いしてほしかった。
「今まで、努力した分が、収穫できます。あなたを支持してくれる人が、現れます。こういうときは、その人たちとのつながりを大事にしましょうだって!」
その内容を要約して、嬉しそうに話してくれた。
茉璃香にとっては、運勢より、書いてあることの方が、大事なのだろう。
元より、おみくじとは、そういうもの。
・・・・・しかし、勝負として受けた以上、言い出した方にも、耳を傾けねばなるまいて。
「て・・・?」
見て見ると、その環が、自ら引いたおみくじ手に、固まっている。
・・・いや、心なしか、その手が、震えているような?
「なんて出たの?」
「ヒッ!」
沙江子は、脅かすつもりはなかったのだろうけど、環は、脅えたみたいに、おみくじを後ろに隠してしまった。
「小吉・・・勝負事・・挑まない方がいいでしょう」
「・・・・・」
ちょうど、目の前の高さにきたアイリが、それを読み上げてしまった。
憐れみからか、誰も声をかけられないでいた。
「なぜなぜなぜなぜ?!いつも通り、お金持ちで、エレガントな女性でいられますようにってお願いしたのに!」
「・・・・・・・・・・」
世の中には、それであたりまえみたいな人種も、確かに存在するのだろう。
「それと、ちょっとだけ・・この女を出し抜けますようにって」
「それだな・・」
神様の願い事は、自分も頑張ることを前提にするものだ。
茫然自失としている環をよそに、みんなも、おみくじを引いていく。
得るものは、自らの力で、手に入れなくてはならないのだ。
末吉・・・多難のこともありますが、その先に、報われることがあると信じましょう。
恋愛・・誠意をもって、あたりましょう。
「・・・・・・・・・・・」
誰のおみくじか、本人の名誉のために、黙っておくことにしとこうか・・・




