6
駅からバスに乗り換えて、海岸沿いまで一時間。
そこから、ボートロボをレンタルして、地平線に、わずかに覗く島にやって来た。
島をぐるっと半周して、そこにある砂浜にボートを着けると、しのぶは一番に、元気よく、砂場に降り立った。
「わーーー、一年ぶりー」
そう、しのぶは一年前、この砂浜で、母親と、一志に、再会を果たしたのである。
「今日は、いろいろ見せてくれるんだよね、お兄ちゃんが暮らしたとこ」
そして、一志が、幼年期の九年を過ごした場所でもある。
・
・
・
・
・
・
そうなると、矛盾が出てくる。
母親に捨てられたのは一志の方で、必然、創時郎の親戚として、この地に訪れるのは、しのぶの方になるはずなのだ。
ならばなぜ、こんな辺鄙な孤島で、社会から離縁されてるような暮らしを強いられたのが、一志の方になってしまうのか。
事の始まりは、十年前の創時郎の勘違い。
しのぶという名前を聞いただけで、勝手に男児を連想してしまって、とっとと一志の方を連れ去ってしまったのだ。
一日遅れでやってきた、沙江子にしてみれば、後の祭り。
方々手を尽くしたそうだが、この島を見つけ出すことはできず、しかたなく、しのぶの方を預かることにしたそうだ。
子供を交換するなど、とんでもない話だが、一志の中では、悪いのは全部、創時郎のせいということになっていた。
とにかく、迎えにこられたのは、一志の方。
創時郎が倒れたとき、めったやたらにそこらへんの計器をいじって、外界との連絡がなんとかできて、それでやってきた救急隊員に事情徴収なんかされて、そして、こちらからは簡単に見つけることができた、一志には本当の帰るべき場所があって。
今、二人が一緒にいられるのも、そんなわけだ。
いきなり押しかけることになろうとも、実の我が子を受け入れないわけにもいかず、かといって、我が子の代わりに九年も面倒を見た女の子を追い出すわけにもいかない。
誰にとっての悲劇だか喜劇だか、判断しづらいこんな事情。
一志としては、もう一生、誰にも打ち明ける気はないのだった。
それこそ、誰にもである。
「わー、九年分のお兄ちゃんの匂いがする~」
だから、これ以上、余計なことは口走らんでくれと、一志は切に祈っていた。
「そんなことより、せっかく海に来たんだから、とりあえず水着に・・ヒブッ!」
カメラをすでに装備している清隆の顔面に、バックを叩きつけて、一志は歩き出す。
丘のむこうの、木々に見え隠れしているのが、創時郎が残した研究所である。
砂浜を抜けて、丸太を並べただけのぞんざいな階段を上ると、一年ぶりの帰郷となる、懐かしき空気は、なかなか感慨深いものがあった。
「前はあわてて、すぐ帰っちゃったんだよね」
「どういう知り合いだったんだ?」
「詮索すんな」
「なにを言う!しのぶちゃんの身内ということは、やがて、僕たちの身内にもなりうるということだぞ」
感傷に浸らせてはくれないけど・・・
階段を上りきり、見上げる研究所。
もともと外装など、手入れのされてない建物で、一年経とうとあまり見栄えに変化のない郷土の我が家は、本来なら胸を震わせるほどの感動に浸りたいところであった。
ただ、わずかばかり、中堅のお屋敷ほどもある敷地全体を狭く小さく感じた。
三人に押されるみたいなかたちになって、一志は、研究所の三分の二を占める、格納庫の扉を開ける。
中は、埃のかぶったガラクタばかりの、物置とゴミ置き場の間のようだが、それでも、やはり懐かしい。
「おい、電気ぐらいつかないのか?」
「ああ・・、そうだな」
功一に促されて、一志は記憶を頼ってスイッチを探した。
それを押せたのは、天窓から差す光に、目が慣れてからだった。
自家発電装置は健在で、倉庫内がこうこうと照らされると、一志の記憶が蘇る。
そう、一志は幼年時代の九年間をこの外界から遮断されてるような、この秘密基地で、老人と二人きりで過ごしたのだった。
巨大二足歩行ロボの実験に付き合わされて、下敷きになりかけたり。
携帯型飛行装置に跨っては、地面に叩きつけられたり。
水中活動メカに引きずられては、溺れ死しかかったり・・
回想して、むせび泣くような湧き上がる感情は、感動だろうか、感傷だろうか?
そういえば、一年たった今でも、あまり変わらないみたいな目にあってることも思い出して、余計に泣けてきた。
「おお~、なかなかのモンじゃないか。で、なんでこんな島に、こんな設備があるんだ?」
「さあな、俺も知らん」
これは、功一の質問をはぐらかしたわけでなく、本当に知らないのだ。
功一が感心したように、広さだけはある、このような趣味に没頭できる建造物をいかなる手段で所有していたのか、年金ぐらいでは説明がつかない・・・
今、思い出しても、得体の知れないジィさんだった。
「おお、アンテナだ」
功一が興味津々で、隅のパラボラアンテナを見つけた。
「ああ、万能受信機だな。衛星放送って、映像は豊富だけど、一つ一つチャンネルの契約とか、料金支払いとか面倒だって、どの電波でも受信解析できるチューナーを自作しやがったんだ」
「・・・違法じゃねーの・・」
守ろう、著作権。
「この四角いの、なに?」
しのぶが見つけたのは、黒くて重質感ある箱だ。
「果物電池・・ビタミンをベースにしたバッテリーだ。中のゼリーは食べられる。たとえば非常災害時なんかに、これ一つで、電気と食料が同時にまかなえる」
「へ~~~」
「ただ、バッテリーとしての寿命と、食料としての消費期限が一致しないけどな」
「・・・・・それって、感電するか、おなか壊すしかないってことじゃ・・」
みなさんは、実験に使ったレモンなんかは、金属が溶け出しているので、絶対、口に入れないようにしてください。
「この丸いの、なんだ?」
清隆が、転がってた円盤を指差した。
「人工太陽だ。反重力を駆使して飛行して、自動と手動、どちらでも対象を頭上から照らす。でも、現代の紫外線まで忠実に再現してあるから、実用には向かんが」
「・・・・・・・・・・・・」
この物語は、フィクションですが、現在より、少し未来を想定してます。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
長く重い沈黙の後、最初に口を開いたのは、しのぶだった。
「・・なんだか、ずいぶんアレな人だったみたいだね、ここにいた人」
(オメーの、血縁者だよ・・)
誰にも聞こえない声で、一志はそう呟く。
「いーや、しのぶちゃん。誰だって、やれることをやってみたい、可能性があればチャレンジしたい。そういう気持ちがあるものだよ」
「そう、だから僕たちは生きている。やりたいこともやれない人生、そんな、つまんないものを否定するために・・」
功一と清隆が、顔に手をそえる、どこかで見たことのあるポーズをきめたのだった。
「だぁ~~~~っ!メカは、人の役に立つっつう、大前提があるだろが!周りの迷惑考えずに、好き勝手やってたヤツに、共感なんぞすな!」
「なんだよ!人がせっかく、しのぶちゃんの前で、カッコつけてるだけなのに」
やっぱり、そういう魂胆か。
やりたいことをやりすぎてる犯罪者予備軍に、これ以上、調子にのられてたまるか。
「とにかく、俺は本館の方を覗いてくる。今夜寝る場所ぐらいは、確保しておかんとな。くれぐれもそこらへんのモン、いじくるんじゃないぞ」
「へ~~~い」
功一の気のない返事に、これは懇願ではなく警告だという一言を言い忘れた・・ことにした。
三人を残して、一志は本館へのドアをくぐると、さっそく、功一と清隆の悲鳴を聞いたような気がしたが、無視して扉を閉めた。
一年ぶりに訪れたその中は、やはり少し窮屈に感じた。
一歩一歩が、時の流れを実感してしまう。
とくに印象的だったのがベットで、今日使うための確認だと思わなければ、横になったまま、しばらく、起き上がれなかったのではないか。
次に、創時郎の部屋に訪れた。
といっても、あの老人は、一度思い立つと、創作意欲の赴くままに、生活の大半をあの倉庫で過ごしていて、この部屋も、とりあえずものでしかない。
その割には、散らかり放題で、生前は足の踏み場もないというたとえそのままに、飲食物のカラや、貴重だかそうでないのだかわからない書物の数々が、ごちゃまぜに散乱していたものだ。
今は、さすがにゴミぐらいは片付けてあるが、それでもよくわからない創時郎の作品が、所狭しと並んでいる。
そんな中で、一際、一志の興味を引くのは、やはり正面にドカっと鎮座する、大きな金庫だった。
今の一志でも、すっぽり入ってしまいそうな大きさで、創時郎の生前、中になにが入っているのか訪ねたことはあるが、「ナイショ」と、全く可愛くない答えが返ってきたので、それ以上訪ねる気を失念してしまったのだった。
それでも、金庫自体の興味がなくなったわけではなく、創時郎の目を盗んでは、幾度となく眺めたり、いじったり、押したり引いたり、叩いたり撃ち込んだりしてみたのだが、なんでできているのか、傷一つ付かなかった。
やることやり尽くして、しかたなく諦めていたが、時が経って、こうして改めて眺めていると、やはりなにをしても中を見てみたいという気持ちが、ふつふつと湧き上がってくる。
鍵穴はなく、今時のダイヤル式で、一枚扉。
ここは、あの老人に関連のある数字を片っ端から回してみるのが、一番現実的だろうか・・
「うおっと!」
前ばかり気を取られて、一志は、足元のコードにつまずいた。
散らかった部屋ではよくあることだが、電化製品ばかりのこの部屋では命取りになる。
「あーーーーっ!」
倒れた拍子に、タコ足になってたコンセントの、よりにもよって、大元から引き抜いてしまったのだ。
それは、コンピューターにとっての、最大のタブー。
待機状態であったデーターを失うどころか、システムを構成するプログラムそのものを破壊しかねない。
精密機械ほど、こういう粗雑な行為が、取り返しのつかない故障を招くのだ。
本来の機能を失った、パカ~~~と開き出す、この金庫のように・・・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
あれほど、なにをしても開かなかった大金庫が、今、一志の目の前で、磁力をなくした冷蔵庫のように開張した。
過去の無駄な努力に思いをはせて、一志は動けない。
「・・電子ロックてか・・・・・・・・」
よく見れば・・確かに、金庫の裏から、どこにも繋いでなさそうなコードが一本生えている。
だからといって、どういう金庫だ。
あの老人の自作に違いない。
しばらく起き上がれずにいたが、もうどうでもいいみたいいな心境で、やっと立ち上がったのだった。
中のシロモノも、あの老人らしい。
ビニールの人形や怪獣、ブリキのロボットなどの、随分古いオモチャと、それらが活躍していたであろう映像を収めた、フイルムなどだった。
本来なら、呆れつつも故人の人格を微笑ましく懐かしむところであろうが、今の一志には、そんな気力も無かった。
ところが、あさっていた中で、一つだけ、気になるものを見つけた。
白くて細長い箱で、引っかかったのは、そこに書かれた文字だった。
『一志へ』・・意味深かに、そう確かに記載されている。
ひょっとして、あの老人、なんとなく死期でも悟って、自分に遺産でも、残してくれたのであろうか・・・いや、倒れる直前まで、若者も舌を巻くような体力で、工具だの鉄パイプだのを平気で担いでいた・・・・・
しかし、こういうものは、外面だけでは判断できない場合もある・・・それに、世の中には、シャレでこういうものを残す人もいる・・・・・
冗談で用意したものが、たまたま必要な事態に陥ったとか、それなら納得できる・・・・・などと考えあぐねてないで、とっとと中を確認すればいいのだが、いざとなるとためらってしまうのは、感傷からだと信じたかった。
それでも、おそるおそると、開けてみる。
いきなり爆発するなどということは、ないだろうし・・・多分。
「なんじゃこりゃ」
一志が、そんな声を上げるのも無理はない。
箱の中から出てきたのは、ベルト・・・なのだろうか、えらく、ゴテゴテとしたデザインで、バックルの部分が、腹が全部隠れてしまうほど大きくて、一志がそれをベルトと認識できたのは、創時郎との付き合いで見た、大昔の特撮ヒーローが装着していたものと、シンクロするものがあったからだ。
名前が書いてあるということは、これを着けてみろ!という意味になるのだが、遠慮したい気持ちが、山盛り溢れてくる。
・
・
・
・
・
葛藤につぐ葛藤の末、それでも、付けてみようかという気になったのは、一応、この珍妙な代物は、遺品ということになり、九年と・・結構、長い間食わせてもらった義理もあるわけで、それに、一志の記憶にある創時郎は、暴走気味なところはあったが、悪意を持って人に迷惑をかけるような人間ではなかったはずだ。
きっとこれは、亡き創時郎の意思を汲み取る最後の機会であろう。
それを無視できるほど、一志は薄情ではない。
意を決して、ベルトを腰に当てる。
ガシャンと・・・?
いや、当てただけである。
勝手に巻き付いて、ロックされた。
「ぐわーーっ、しまった!ワナか?!」
いや、一応、創時郎が何らかの意図を持って、一志に残したプレゼントのはず。
だが、そんな認識も、この一瞬で吹っ飛んでしまった。
「冗談じゃねぇぞ、コノ野郎!」
押しても引いても、ビクともしない。
過去の記憶と重なって、ゾッとする。
もし、家庭用の電圧や電池による微弱な電気でさえ、強固なバリヤーに変える発明が施されていたら・・
「ふざけんな!クソジジイ!」
先ほどの評価は、間違いだった。
今はっきりと思い出した!
あのジジイは、たとえ悪気が、あろうとなかろうと、人に迷惑をかけまくる人物だった。
腰に手を当ててジタバタする、奇妙なダンスをしている最中、格納庫の方から悲鳴が届いた。
今度は、絹を裂くような悲鳴、となれば、対象は一人だ。
一志は、一目散に駆け出した。
蹴破るように扉を開けて、辺りで騒いでいるものには目もくれず、悲鳴を聞いた奥へと駆け抜ける。
「しのぶ!」
見つけた。
倉庫の奥の更に奥、力をなくした人形のように、尻餅を付いているしのぶがいた。
「お兄ちゃん・・」
しのぶの方も、一志に気づいて、立ち上がろうとするが、それより早く、一志の方がたどり着いた。
「どうした?!なにがあった?」
「ううん、なんでもないの。いきなり壁が開いて、このロボットが動き出したから・・」
そう聞いて、一志は、しのぶの正面に目をやる。
「なんじゃあこりゃあ~~~」
そう驚くのであるならば、一志も、見るのは初めてなるのだろう。
それは、見上げるほど大きな、倉庫の天井に頭がつきそうなほど巨大なロボットだった。
ただ、そのデザインは、えらく不格好で角張ってて・・そう、あの金庫の中のブリキの玩具をそのまま大きくしたみたいな、本当に、今時のデザインである。
可動するロボットとしては、この方が現実的なのかもしれないが、
そんな、若い子は誰も知らないみたいな異様なものが、一歩踏み出した片足を宙に止めた状態で停止していて・・踏み潰されるような距離ではないが、それでも、悲鳴の一つも上げたくなるだろう。
それにしても、この大きさ・・ビルで、三階分と言ったところか。
こんなものが、本当に起動するのであるならば、こんな時代でも、かなり驚異だ。
生前に、一志も気づかぬうちに、こんなものをこしらえて。
一志は改めて、あの老人の才覚に驚愕するのだった。
・・・感心はしないが。
「・・・・・・・・・・うおっ!」
心配して駆けつけたのだから、そうなるのは自然のことで、今の寄り添うような姿勢に、自分で驚いて、一志は、慌てて立ち上がってしまった。
「とにかくっ!こんなところをうろついてるからだ。とっとと、移動するぞ」
手を差し伸べるようなことはしなかったが、そのまましのぶを置き去りにして、立ち去るようなこともしなかった。
「ぎゃーーーーーっ!」
心の整理もつかないうちに、今度は、あまり聞きたくない、男の悲鳴がした。
そこで、初めて、倉庫内を激走する功一と清隆に気づいた。
タコだの、クモだの、ムカデだの、はたまた、この世のものとは思えないほど、奇怪な動きをするロボットに追いかけられているという、珍妙な姿で。
「わーーーーっ!なにやってんだ。こっち来んな!」
「無茶!この状況見てよ」
「さっきから、散々無視しやがって。こうなりゃ、テメーも道連れだ!」
さすがに、この時ばかりは、一志も、しのぶを置いて駆け出した。
しのぶは、ロボットの猛進から逃げ回る男どもをただ傍観する。
そして、この奇行は、三人仲良く壁に激突するまで続き、しばらくして三人が復活して、ゴタゴタを片付けていると、夜もどっぷり深けていた。