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「ごめんなさい、私、こんなことしかできなくて・・」
「いいえ、十分ですよ」
今、一志と茉璃香の二人は、例の浮き輪をボートほどの大きさにして、向かい合って、プカプカと浮かんでるだけだった。
茉璃香の体力を考えると、できるのは、これぐらいなのだろう。
そういえば、この状況の、発端となった、養父の形見であるはずの、この浮き輪の存在を薄情にも、一志は、茉璃香が持ち出すまで、すっかり忘れていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・あのっ!」」
二人は、同時に、沈黙を破ろうとして、失敗してしまう。
「どうしたんです?」
「いえ・・一志君の方から、どうぞ」
「いえいえ、茉璃香さんの方から、お先に・・」
「・・・・・・・・・・・・」
そして、しばらく、二人は沈黙する。
「あの・・この水着、どうかな?」
それしか、話の種となるものを思いつかなかったのだろう。
定番な話題を真っ赤な顔して、茉璃香から、切り出してみた。
「よく、お似合いですよ」
一志も、それだけ・・なんとか、社交辞令的な、返答をすることができた。
事実ではあるが・・
「ありがと・・でも、自分で選んだのに、自分で着ることができないのに、気づかなくて・・結局、沙江子さんに、後ろを結んでもらったんだよ」
謙遜のしかたを間違っている。
そんなものは、青少年にとって、その時のことを妄想させてしまうだけだ。
「ハハハ・・・」
もう、照れ笑いしかない。
白という、清潔さ、清純さをイメージさせる、他の誰よりも、茉璃香に似合った色。
胸の谷間なんて、初めて間近にした。
露出の多い、三角形の水着など、茉璃香本来の性格を知っていれば、ギャップ萌えも、はなはだしい。
それもこれも、一志の前だけで、勇気を振り絞ったというのに、当の一志は、目のやり場に困って・・・
お互いに、頬染めて、もう、たどたどしく、会話するのが精一杯。
これでは、まんま、初めてのデートに舞い上がってる、恋人同士ではないか。
「「いやーーーーーーっ!なんか、ムカツクーーーッ!」」
自分じゃ、ベタベタ、イチャイチャ、したがるくせに、手も付けられないぐらい、大事にされてるような女性をそれはそれで、羨ましがるんだよな。
「しのぶ!アイリ!なんだ!?今の、水鉄砲は!」
実際は、そんな、かわいいもんじゃ、なかったが。
一志と、茉璃香の、間を貫いた、水流を逆にたどると、散水ロボットと、ホースで構えた、アイリと、しのぶがいる。
「人のデートには、邪魔しないのが、ルールのはずだろ」
「キャーーーー!はっきり、デートって、いったーーー!」
「思い出したーーーっ!わたしは、お前を殺りに来たんだー!」
いさめかたを間違っただろうか・・・
つまり、一志も、茉璃香と二人っきりで、嬉しいと感じていたわけだ。
「てんちゅう~~~!」
今回、珍しく、怒りの矛先は、間違っていない。
しのぶの構えた、消火用ホースから、口を絞って、内圧を上げたのか、コンクリートでも両断しそうな勢いで、水が噴き出してきた。
「うわぁお!」
狙いは、自分なので、一志は、浮き輪から、逃げ出すことにした。
「その命、もらったーっ!」
飛び込んだ先に、今度は、アイリのロボットが待ち受ける。
散水と、洗浄を同時に行えるタイプで、しつこい壁のシミ対策の、熱湯を噴出してくる。
「何に、影響されたんだ!」
毎度の、展開になってきたわけだが、これ以上は、他のお客さまにも、迷惑がかかる。
早めに、止めないと・・
「うお~~~っ!水着で、戦う、美少女。萌える~~~~~!」
「ぼくは、このビジョンをディスクと、角膜と、両方に、焼き付ける!」
と、思ったら、そうでもなさそうだ。
よく聞いたら、どこかで聞いたことのある、声だった。
「まずは、得物が、凶悪な、しのぶの方か」
自らの武器で、視界を悪くしているしのぶをプールの端から、素早く、後ろに回り込んで、抱き上げた。
「キャッ!」
しのぶは、相手が一志だと知って、抵抗はしなかったが・・
「ほ~~~ら、頭を冷やせー!」
そのあとは、しのぶの望んでいたこととは、だいぶ違っていた。
ザップーーーーーーーン!
プールに、投げ込まれたのだ。
「よし、もう一人」
今度は、アイリだ。
所詮は、機械まかせ。
攻撃は、単調だし、いざとなれば、少しぐらいの、火傷を覚悟して、突っ込めばいい。
そこにあった、ビート板を盾にする。
「ひゃあ!」
捕まえて、続けて、優しく、お尻から、プールに投げ込んでやった。
「よそん家のもの、勝手に、持ち出しちゃ、ダメだろ!」
二人が、泣き言いう前に、一喝してやる。
そのとおりではあるが、そういう範疇でもないような気がする。
「だってだって・・」
邪険にされて、しのぶは、今にも、マジ泣きしそうだ。
「今のは、あんまりじゃ~~。ちょっと、やきもち焼かれただけなんだから・・」
危険から逃れて、いつの間にか、一志の隣にやってきた茉璃香が、そう弁護して。
「ヤキモチって、わたしは、ぜんぜん、そんなつもりないんだからね!」
アイリが、お決まりのセリフを吐く。
なんだか、柚月家にいるのと、変わらない会話と、雰囲気が展開されてきた・・・
ならば、これは、幸せな構図なのであろう。
四人には、もうしばらく、この幸福に、浸らせてあげたかったのだけど・・
「なにあれ!?」
言い争いのさなかに、一番冷静でいる茉璃香が、プールの中の異変に気づいた。
「なんだありゃ?」
一志も、プールに漂う、大きなものに、似たような反応をする。
・・・いや、一志の場合、それに、心当たりがあったのだけど・・いわゆる、現実逃避というやつである。
「わっ!?」
「キャッ!」
プールの中にいる、二人も、気づいた。
それは、もはや、プール全体を覆いかぶさろうとするほど、みるみる巨大化していく、ドーナツ状のもの。
柄から見て、さっきまで、一志たちが、腰かけていたものに、間違いなさそうだ。
「やっぱりそうだ!こいつ、膨らむためのエネルギーをどっか、よそから、持ってきてる!」
異才の自作の浮き輪。
最初から、吹き込んだ空気と、実際の膨張率が、まるで違っていた。
ならば、吹き込み口は、ただのセンサーか!
手にした者の意思だと認識すれば、際限なく膨張していく。
「それかっ!」
一志が、指さしたのは、アイリの意思を離れて、未だ、熱湯を噴き出している、清掃ロボット。
その高温のお湯が、かつて、浮き輪だったものに、降り注いでいる。
「アイリ!今すぐ、メカを止めろ!」
「そんなこといったって・・」
アイリ自身も、迫りくる、脅威から、逃げ出すのに、手一杯である。
もと、浮き輪とはいえ、こんなものに、のしかかられたら、呼吸が、確保できるだろうか?
メリッ・・パリッ・・・バリバリ・・・・・
さらに、不穏なことに、その膨らむ限界を示すかのように、不吉な音が、木霊しだした。
「冗談じゃない!こんなところで、こんなものが、破裂したら!」
ほとんど、ガラス張りの、密閉された空間である。
「水着で、逃げ惑う、美女たちの姿!」
「怪獣映画みたいで、これも、また、よし!」
事態を把握してないどころか、逆に、喜んどる、不謹慎な、輩もいた。
見てみたら、やっぱり、知ってる奴らだった。
「おい!アホ言ってないで!止めるぞ!こいつのどこかに、空気口があるんだ!お前らも、探してくれ!」
「無茶言うな。こんなバカでっかいモン」
「もう、針でもさして、パンって、やったほうが早い」
馬鹿な提案だが、なら、そのとおりに、してやろうか。
「そういえば、こいつに、最後に、口付けたのは、しのぶだったかな」
「なにーーーーーっ!なぜ、それを早く言わん!」
(たった今、思いついた、嘘だからだ)
「何か、計器を使うつもりなら、怪しまれないように、どこか、外でな」
一志は、適当に、外側であろう、窓を指さす。
「うん、了解。全体をスキャンして、小さな突起をしのぶちゃんの唇と思えば、三十秒で、見つけてみせる!」
二人は、一目散に、一志の示した窓へと向かう。
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自分でやっといて、なんだが・・一志は、うまくいきすぎて、自分がいないころ、しのぶの縦笛なんかは、無事だったかなと、心配になってきた。
しかし・・そんな懸念は、あとにして。
電子ロックが、かかってるはずの窓を二人は、容易に、解除して、ぶち割りかねん勢いで、飛び出したのだった。
「今だ!みんな伏せろーーーっ!」
あとは、運まかせだ。
一志の掛け声で、まばらにいた、他の客は、ガラス戸の向こうに、退避して、一志も、茉璃香を連れて、水に飛び込み、四人は、水中に、避難した。
ぼわんっ!!!!!
そして、とうとう、その時を迎えた。
許容量を超えた内圧が、一気に外部に放出したのだ。
水中で、その衝撃を確かに感じながら、被害が、最小限で済むように祈った。
しばらく、心境が整理されるまで、潜っていたかったが、周りにいる女性陣を差し置いて、そんなことはできまい。
一志は、一番に、顔を上げた。
「うわぁ・・」
辺りは、倒れたビーチチェアや、観葉植物が目についたが、片づければ済む程度のもの。
よかった。
他に、主だった被害は、見当たらない。
はやり、空気のみの爆発であって、逃げ道を作ってやれば、大したことにはならなかったようだ。
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「なんだぁ!?パンツ一丁で、人が飛んできたぞ!」
「大変だぁ!すぐに、救急車、呼ばないと!」
「ちょっと待て!腰に巻いてるのは、なんだ?!」
「変態だぁ!すぐに、警察、呼ばないと!」
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その後、記録された映像は、水着どまりだったので、厳重注意までで済んだが、データは、すべて、没収ということになった・・・




