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「いつもすいません、私達まで」
「今さら、なに言ってるの。その分、ちゃんと、一志くんに、ご奉仕してくれるんでしょ」
ブーーーーーーーーッ!
アイリが、勢いよく、オレンジジュースを吹き出した。
「ごほうしって!わたしは、ぜんぜん、そんなつもりないんだからね!」
「お前に、当てにしてねえよ。てゆうか、なんで、お前が、一番、動揺するんだよ」
「キィーーーーーーー!なに?その、アッサリ感。死ぬほど、ムカツクー!」
「そんなの、今まで、わたしが、さんざんやったんだから、今さら、通用するはずないじゃない」
「お前も張り合うんじゃない」
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近ごろの、柚月家の朝は、こんな感じで、始まる。
毎朝毎朝、騒がしくて、めんどくさがりな一志も、すっかり、早起きの習慣がついてしまった。
「いや~、アイリちゃんも、変わったわね~」
「変わりすぎでしょ」
沙江子の、なにげない一言に、一志は、悪態まじりに、そう答えて、朝食後のコーヒーをガブ飲みした。
動くのに、邪魔になるのか、少し切ったが・・それでも、座れば、クッションまで届いてしまう、長く美しい髪と、青い瞳をもった、十一歳の女の子。
黙っていれば、『お人形さんみたい』と、ちやほやされていた時期もあったが・・
それが、どこまで、キレちゃったのか、
えらく物騒なことをわめきながら、柚月家に通う子になってしまった。
「まあまあ、元気なのが、一番じゃないですか。アイリちゃんも、ご奉仕の部分は、私にまかせて、遠慮なく、一志君に、甘えていいからね」
「・・・・・」
きっと、本心なのだろうけど・・茉璃香みたいな女性に、そんなこと言われても、違和感みたいなものがある。
内面の朗らかさを現したかのような、ふわっと豊かな髪・・・それと胸。
細くて、白くて、荒事など、とても務まりそうにない手足。
たとえるなら、可憐な花を一輪刺した、白磁といったところか。
それでも、さっきみたいに、体力では、絶対かなわないのに、二人がケンカしていたら、中に入って、止めようとして。
いくら、一志を誘惑するようなことを言っても、その正体は、気の良すぎるお姉さんである。
「ムキィーーーーーッ!なによなによ、みんなして!みんなして!お兄ちゃんは、もう、わたしと、恋人なんだから、お兄ちゃんと、ラブラブしていいのは、わたしだけなの!」
・・・・・間違ってはいないとは思うのだが、
なんだろう?
むきになるほど、説得力がなくなる、この、痛ましさは・・・
一応、一志に、想いを一番最初に伝えたのは、しのぶであり、
一志も、拒絶しなかった。
同時に、義妹という立場上、一つ屋根の下、いつでも、一日中でも、イチャイチャできる関係なのだ。
だから、もう少し、落ち着いて構えても、よさそうなものだが・・
学園一と名高い美少女も、これではまるで、重度のブラコンの、イタイ妹である。
こんな、浮世離れした、容姿をした娘が、次々現れては、無理からぬことなのだろうか?
「そういえば、一志くんと、私に、小包が届いてたのよね」
柚月家の、日常的会話をスルーして、沙江子が、テーブルの下から、小さな小包を取り出した。
一志の手に、すっぽり収まってしまうそれは、すでに開けた痕跡があったが・・
なんで、こんなタイミングで?
「わたしなら、時限爆弾だな」
「まさか・・びっくり箱ぐらいにしときましょうよ」
「アンタたちが、こっそり、お兄ちゃんにプレゼントなんて、許さないんだからね!」
こりゃ、今、開けるしか、なさそうである。
そういえば、他人から、小包をもらうなんて、一志にとって、初めてではなかったか?
「なんじゃこりゃ?」
入っていたのは、四つに折りたたまれた紙片と、同じく、四つにたたまれた、ビニール片であろうか・・・?
紙切れの方は、手紙であった。
『拝啓
酷暑の中。いかにお過ごしでしょうか、子供の成長を見届けた私は、庭の菜園を趣味に、日々を穏やかに、暮らしています。思えば、創時郎氏が亡くなって、もう一年がたつのですね。 遅ればせながら・・
長い長い-----
要約すると、創時郎の懇意にしてた人物らしいのだが・・
はるか昔。
自分と、その子供のためにと、プレゼントしてくれたものがあって、その子も、大きくなって、使わなくなったので、一志のことを知って、よかったら使ってほしいとのことだ。
「それが、この風船・・・かな?」
空気入れらしきとこを見つけると、そこに、フーーーッと、肺の限り、息を入れてみた。
「みゃーー!」
テーブルの上で、一気に大きくなった、それは、女性陣を驚かせてしまった。
たたまれたそれは、ドーナツ状に、膨らんだのだ。
「浮き輪か・・」
確かに、形状といい、材質といい、浮き輪そのもの。
それだけなら、なにも、特筆すべきことはないのだが・・・
「おおーーーっ、膨らむ、膨らむ」
つづけて、一志が、二度三度と空気を吹き入れると、最初は、腕輪ほどの輪っかだったものが、ゴムボートと見まちがうぐらいに、大きくなった。
そこで、ポンポンと叩いてみるのだが、一定の反発力をたもっている。
「サイズが自由な浮き輪か」
栓を抜くと、ふしゅるるる~と、たるむことなく、もとのペラペラに、もどってしまった。
「そうか・・もう、こんなので遊んでも、全然、おかしくない時期だな」
ふと、そうつぶやいた後で、一志は自分が、ものすごく、余計なことを言ってしまったことに気づいた。
「水中戦が、お望みか?!」
「私、今年の夏は、ちょっと冒険したいと、思ってたの!」
「この間、いろいろあって、まだ泳いでなーい!」
三人娘が、こぞって、テンションを上げる。
そこまで言ってない・・ていうか、すでに、決定事項!?
一志は、救いを求めるみたいに、視線を泳がせるのだが・・・
「私は、なにも言ってないよ~」
こっちだって、なにも言ってない。
目についたのは、ニンマリした、沙江子だけだった。
『ハメやがったな!』
母親でなければ、そう、いどみかかっていたかな?
これはもう、四面楚歌。
ただし、
流れているのは、ウエディングマーチ。
三人は、それぞれ、期待という、共通の感情に、ワクワク、胸をときめかせている。
創時郎の遺品は、今回も、もちろん、トラブルを呼び込むらしかった。




