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そして、一志が目を覚ましたのは、次の日の見知らぬ病室だった。
あらましは、茉璃香から聞くことになった。
ここは、茉璃香の行きつけの病院で、一志の体は治療済み、検査済みで、今日にでも退院できるそうだ。
容態としては、打ち身が数カ所と、刃物による、すでに縫い合わせた右腕の刺し傷、それと感電であるが、こちらも、受けた衝撃が間接的なものであったことと、着ていたジャンパーのおかげで、軽度ですんだ・・・・・と、茉璃香が申し訳なさそうに話してくれた。
まあ、茉璃香が一志を止めた行為としては、完全に正しいし、無茶無謀のあげく、さんざん心配かけたのだから、それぐらいは、罰として当然であろう。
泣いて抱きつくしのぶや、沙江子までが、表情を曇らせていたのを見ると、さすがにそう思った。
いっしょに担ぎ込まれた、他二名についてだが、一人は、再起不能だとわかればいいとして、問題はアイリの方である。
頭部の機械痕は、現代医学の名にかけて、何の痕跡も残さず治してみせるそうだが、あの子のこれからの人生、どうすればよいのだろうか?
とりあえず、引き取り手として、もとの教会に戻るしかなさそうだが、これは一志にとって、人ごとではない。
アイリは一体、これからなにを心の拠り所にして、生きていけばいいのか・・・事件のあと、しばらく一志は、そんなことばかり考えていた。
「な~に、またそんな顔して?あの時のこと、まだ頭から離れないの?」
沙江子が、一応、母親らしく心配したのだった。
「そんなに気になるなら、とにかく、あの子に会いに行けばいいじゃない」
「いえ、それはちょっと・・」
あの時は、無我夢中で飛び込んだが、あとで聞けば、王冶は結局、失敗する運命にあったそうではないか。
つまり、一志が乗り込まなければ、あんな騒動自体、起こらなかったのだ。
アイリに、合わせる顔がない。
それに、なんだろう・・沙江子にそんなこと言われたら、なにか裏があるような気がするのは・・・
「あ~あ、あの子には、逆に危険な目に遭わせただけになってしまったな」
「そんなことは、ないでしょう」
おそらく、今回の件を一番把握しているであろう茉璃香が、そう言った。
あれから、もう随分たつのに、怪我が心配だからと、朝から柚月家に通っている。
「なりゆきで助かったことと、一生懸命、自分を助けようとしてくれた人がいたことと、結果は同じでも、女の子にとっては、全く別物なんだから」
それは、経験者は語る、というやつだろうか?
「あの子だって、たとえ二度と会うことはなくても、一志君のしてくれたことは、ずっと覚えてる・・きっとそうだよ」
「・・ですからっ!こっちは、とっとと忘れて欲しいんですよ!」
そう言って、一志は、鞄をもって、逃げ出すみたいに玄関を開けた。
「柚月一志ーっ!!」
「えっ?!」
突然、正面から名前を呼ばれて、一志は驚く。
同時に、迫ってきた、丸いものをなんとか躱すことができた。
「なんだ!?なんなんだ?」
思わず、尻餅ついて、襲ってきたものはなんなのか、確認するが・・
「久しぶりだな、柚月一志!」
高い位置から、一志の名を呼ぶのは、今話題にしていた、金髪の少女だった。
「えーと・・・アイリちゃん・・だよね」
「お前なんかに、ちゃんづけされる覚えはない!」
「そうだったかな・・」
着ているのは、どこかの制服だろうか?
スカートで、なにかの競技用のロボットに、四つんばいではしたなく跨って、以前とは真逆の人格を持って現れたのは、外見だけなら、あのアイリであった。
「お前は、私が倒す!」
「って、なんでやねん?!」
ポポポンっと、ロボットに備え付けられてる筒から、ゴムボールが飛び出してきた。
「あのクソオヤジは、もう、すぐ私が殺る予定だったんだ!それを横取りした。だから、お前は責任とって、私に殺られなければならないんだ!」
「んなわけ、ねーだろ!」
めちゃくちゃな論理を一蹴して、一志は、ボールを軽くいなす。
十年も溜め込んだストレスが、とうとう、爆発したか。
ふさぎ込んでるよりは、いくらかマシか。
「逃がさん!」
アイリの操るロボットは、執拗に腕を振り回し、ときにはボールを飛ばして牽制し、一志を捉えようとするが、一志にしてみれば、この程度のじゃれあいは、日常茶飯事である。
そういえば、前に襲われた軍用ロボットも、機械にしては、やたらモーションが大きかった。
気づかぬうちに、アイリに助けられた部分もあったわけだ。
「あれっ!?」
そのうち、アイリの跨ってるロボットが、ガチョンと無茶な音を発した。
「やばっ!」
毎度、繰り返される、予感みたいなものだろう。
一志は、手を伸ばして、アイリの襟首掴むと、慌てて引きずり下ろす。
「キャッ!?」
「大人しくしろ!」
一志は、地面にアイリを押し倒し、覆いかぶさる。
ドガーーーーーーン!
その直後、ロボットが煙を出し、とたん爆発した。
「あつつ・・」
どうやら、所詮は競技用のロボットに、アイリの能力に耐えられなかったようだ。
これでアイリに、一志を攻撃する手段はなくなった。
「フッフッフッ、人の命取りにきたってんなら、返り討ちに、どんな目にあっても、文句はないよな」
一志がにやけながら、両手の指をワキワキと、いやらしく動かしてみせると、さっきまで気丈に振る舞っていた少女も、さすがにおびえた表情をする。
「ほ~ら、コチョコチョコチョコチョ」
「キャハハハハハハハハハハハハハハ!」
そのアイリをおもいきりくすぐってやったのだ。
「まだまだまだまだ!」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
未成熟の体は、刺激に、じつに愉快に反応する。
もうしばらく・・ぐったりするまでくすぐってやった。
「ふふふ、もう、これにこりて、ここには、遊びに来るだけにするんだぞ」
最後に、その綺麗な髪をかき回すみたいに、乱暴に頭をわしゃわしゃとなでてやる。
「ワケわからん!」
呼吸も絶え絶えに、乱れた制服も直そうとせず、立ち上がって、涙目で、アイリは一志を睨みつける。
「覚えてろ!お前は絶対!私が殺ってやるんだから」
「おうおう、いつでもやってきな」
走り去っていくアイリを一志は清々しい気分で、手を振って見送った。
元気でいてくれて、それだけで、なによりである。
心配も、吹き飛んだ。
もともと、決壊寸前だったアイリの心が、自分に向かうことで、親子で傷つけあう最悪の結果を回避することができたのであるならば、自分のやったことに、少しは意味を見出すことができた・・
それで、めでたしめでたし・・・・・・で、終わりたかったのだけど。
「イヤーーーッ!」
今度は、後ろから攻撃がきた。
それも、体に穴でも開きかねない威力で。
「わたしだって、同じことやったのに!」
この家の、どこに収納されていたのか、しのぶは、とうとう、ガトリングガンまで、持ち出してきたのだった。
「なんだそりゃ!お前のは、笑って済ませられねぇ!」
抗議むなしく、しのぶは容赦なく、泣きながら撃ちまくってくる。
「いつでも来いなんて、わたし、言われてなーい!」
「もう、一つ屋根の下だろ!」
沙江子も茉璃香も、思うところがあるのか、しのぶを止めようとはしなかった。
「ギャーーーーーーーーーーーーーッ!」
特殊プラスチック弾が、よそん家の塀もまとめて、一志の体を削る。
これが、実弾に変わる日も、そう遠くないのかもしれない。




