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「招かれざる客か?ひさしぶりだな」

 そこは、屋敷中央の大広間。

 二階のテラスから、乙星王冶おとほしおうやが現れた。

「さて、娘が世話になったというべきか。こちらから、招待した覚えはないが」

 横柄な態度で、そう言う。

 最初に感じた、得体の知れなさが、納得いった。

 父親を名乗りながら、家庭を持つ者の温かみというものをまるで感じなかったからだ。

「あの子・・アイリに話があって来た。ちょっと連れてって、調べさせてもらう」

「なんのことだか。健康診断ぐらいは、主治医をつけてあるが・・」

「とぼけるのは無しだ!こっちは、それなりに、確証があってやって来たんだからな」

 一志の方こそ、少しはとぼけてほしいものだ。

 すでに、何事もなく帰ってくるという二人の願いから、大きく逸脱いつだつしつつあった。

「フンッ。小賢しくも、我が栄光を阻害するつもりか」

 王冶が、険のある顔つきのまま、笑みを浮かべると、一志は嫌悪感から、たじろぐ。

 こうして対峙しているだけでも、疑惑は、確信に変わっていくが、最後まで、非道な憶測を認めたくない、一縷の望みがあったのだ。

「あんな、誰もいらねーってもん、こっそり持ち出して!ろくでもなことやるって、言ってるようなものだ!それも、娘まで巻き込んで。一体、なにをたくらんでいる!」

「企むだと?そんなゴミのような世の中に這いずり回り、微々たる利益しかあされない輩と一緒にするな。世界が手に入るのだぞ!こいつを正しく使えばな」

 そう言って、王冶は壁側から、アイリを引っ張り出す。

 アイリの、うつむいてる、その面持ちは、他人の家である一志の家に居たときの方が、まだマシな表情かおをしていたように見える。

「十年前、荒れ果てた研究所内の惨状見た時、私には天啓てんけいが舞い降りたようだったよ。このマシンには、いかなるメカをも操る能力が、あるのだぞ。ならば、あらゆるコンピューターが回線で繋がってる現代において、世界を牛耳ることも、可能ではないか?!」

「そんなことが・・・」

 できない・・とは言い切れない。

 もし、創時郎の作品にそれほどの性能があると仮定するならば、大手企業か、あるいは一国の防衛システム、はてはそらから地球を見下ろす人工衛星・・

 いかなるコンピューターにも潜り込み、世界情勢は思いのままに。

 世界を支配するという、あくまで抽象的発言が、実現することになりはしないだろうか?

「それをアンタがやるってのか?娘を実験台にして」

「成長期の脳に、その可能性をかけただけだ。頭蓋骨も、加工しやすかったのでね」

 とうとう、全部、吐き出しやがった。

 王冶が、悪びれもせずアイリの後ろ髪をかき上げると、そこには、幼女の頭には大きすぎる、黒い塊が見て取れた。

 嫌悪、軽蔑、怒り、憎しみ、もはや、あらゆる負の感情が、一志の中から湧き上がってくる。

「できるわけねぇだろ!なんの実績もねぇ!アンタが、そんな力手に入れて!」

 王冶の眉が、誰の目にもわかるぐらいに釣り上がる。

「世界を手に入れるだと!笑わせんな!アンタにできるのは、せいぜい今の世の中をメチャメチャすることだけだ!」

「ならば、それで結構!そもそもこの世は、無駄な人間が多すぎるのだ。生きていたところで、何の役にも立たない無能者共が!そんなクズ共のせいで、世界に、どれほど不都合がまかり通っている。ならば私がやる。私が世界を変えるのだ!煽るる才を持ちながら、世界に理解されない者の虚しさが、お前にわかるか!」

───違う。

 誰でも、大小抱えている、世の中への不満。

 もし間違った方向にでも、世の中を変えられるとしたら・・その魅力に取り憑かれてしまったのか。

「・・・よくわかった。アンタ、ただの、アホだ。腐った性根に、なんか理由づけしてるだけだ」

 憂さ晴らしや、自己満足のために、罪のない人間を平気で、傷つける、正真正銘のクズ!

 少なくとも、一志は、そう受け取った。

 熱弁を振るう王冶とは、対照的に、冷めた口調でそう教えてやるのだった。

「・・見解けんかい相違そういか。もともと、お前のような子供に、理解してもらおうとは思わんが」

「ああ、わかりたくもないな。自己の過大評価?・・そんな妄想に、しがみついてるだけヤツの気持ちなんて」

 王冶の顔の血管が、理性を保てる限界を示すかのように膨れあがる。

「だが、ここにある力の差は、どう埋める?!」

 目を血走らせた王冶が、白衣のポケットの中で、何らかの操作をすると、扉が閉まり、中央の床が割れて、そこから巨大な人影が現れた。

 ゴリラと戦車を足し合わせたみたいな風体のそれは、一般家庭で所持を認められている、作業用や、介護用ではありえない。

「バルカンにランチャー・・日本の規制は、いつからこんなに緩くなった?」

 あきらかに兵器という出で立ちに、現実味がないのか、一志は、なんだか呆れてるみたいに、そう言うのだった。

「中東の紛戦に実戦配備された、軍用ロボットだ。終戦後、原型がわからなくなるほどバラバラになったものを持ち込んで、私が復元した。さすがに実弾までは装填してないが、忍び込んできたネズミを始末するぐらいは、十分だ!」

 王冶は、粗雑にアイリを突き出す。

「やれっ!世界を掴むその力、その片鱗へんりんを見せてやれ!」

 アイリはうつむいたままで、唇の前で両手を組み、意識を集中させれば、黒い巨体がうねりを上げて振りかぶる。

 まるで、お伽話さながらの光景だ。

 一志には、アイリの姿が、何か高みの存在に祈り、救いを求めてるように見えた。

「ハハハハハッ!今時、いかなるロボットにも、条約によって人間を直接攻撃するには、プロテクトしてあるが、このマシン掛かればこの通りだ!」

 その巨体であれば、小手先の技術など必要ないとばかりに、突進してくる。

 予測された動きではあったが、そのスピードは、一志にとって、最大の反射神経を持って、すんでかわすにいたった。


ドオーーーーーーーン


 後ろの扉に激突すれば、屋敷中を打ち震えさせるほどの衝撃に、その威力は計り知れない。

「確かに・・一度、スクラップになったとは、思えないな・・・」

 自ら、新たに創造する独創性はなくとも、すでにあるものを組み立てるぐらいの技量はあったらしい。

「とっとと、そこらへんで、自分の才能に見切りをつけてくれれば、誰の迷惑にもならんものを・・」

 そんな悪態も、今は強がりでしかない。

 一志の戦意をくじきそうになるのは、あれほどの衝撃を受けても、わずかな凹みを見せて顕在けんざいする扉であった。

 表面を木目に加工した、特殊合金か!

 そうであろう・・・・この手の輩は、臆病とそしられるほど、自らを守ることに注意を払う。

 そうなると、窓の方も、似たような材質であろうか?

 もともと、逃げる気など無く乗り込んできた身ではあるのだが、現状、一番有効な手段を潰されたことになる。

 ならば、次の手は、なんであろう?

 こんなものを相手にしないで、コントロールしてるヤツを倒すのが利口な戦術ではあるのだが・・・

 それは、壇上で祈りをささげてるような、女の子のことかと、一志は、アイリを見上げるのだった。

「うおっ!」

 不意に振り回された黒い腕を一志は、なんとか躱すことができた。

 あれほどの衝突を何事もなかったかのように、機敏きびんに攻撃してくる。

 一志の身の丈の、三倍はあろうかという高さから弧を描いて襲いかかってくるパンチは、ハンマーそのもの。

 初撃と違い、予備動作が見えてきたが、当たれば即死レベル。

 躱し続けるだけでも、精神を削る。

 あっという間に、壁際まで追いやられ、そこにあった、石膏像の影に身を潜めようとしたが、何の意味もなかった。

 石膏像は、電球並みにもろく砕け散り、飛び散る破片が、視界はおろか、肉体まで攻める。

「!」

 間接的とはいえ、軍用ロボットの一撃を受けたのだ。

 一志は大きく姿勢を崩して、倒れ込みそうになる。

「チッ!」

 一志の舌打ちを聞き入れる間もなく、巨大な弾丸と化して、再び突進する。


ズドォーーーーーーーン


 その衝撃音・・いや、爆音が響き、ぶちまけられた破片と埃が充満すると、それが、晴れるまでのわずかな時間、王冶は、その余韻よいんに浸るのだった。

 上半身を壁にめり込ませたロボットが姿を現したころ、狂信的な高笑いをあげたのだった。

「そうだ!私は、これがやりたかったのだ!これこそが、私がやるべき社会改革。待っていろ!支配されるべき世界よ。この私が、思いのままに塗り替えてくれる」

「・・・・・・・・・・なんでえ、まんま、過ぎたオモチャを手にした子供だな」

 埃にまみれて、額から血を滴らせながら、階段を上ってくる一志の姿があった。

「・・・まるで、害獣だな。存外にしぶとい」

 衝突の瞬間、身を縮みこませただけであった。

 土台との間にできたわずかな隙間。

 粉々に砕ける寸前の御影石が、一志を守ってくれた。

 よろけるように立ち上がった先が、たまたま二階への階段だっただけなのだ。

「まったく・・娘ごしに、ロボット一つ動かして、なに、いい気になってんだか。なにが世界征服だ。笑わせんな」

 ののられ、生命の危機にさらされ、それでも、微塵も目の前の男に屈する気はなかった。

 能力も人格も、軽蔑こそすれ、驚異に値しない。

 なにより、描いてる社会改革も、絵空事だ。

 十歳ぐらいの女の子に出す命令など、行動限界は、あっという間であろう。

 言うほどに、世界をおおうほどの災禍さいかをあげられるわけがない。

「私の研究が、これで終わりだと、言った覚えはないが・・」

 王冶は、下からでは見えなかった位置に、小脇に黒い塊を抱えていた。

 それは、オープンフェイスの、シールド付きのヘルメットではあったが、今時、外部にアンテナだの、チューブだのが露出したデザインに、誰の作か、一志には、ものすごく心当たりがあるのだった。

「例の・・ジジィが作ったヘルメットだな。そんなガラクタ、今さら、どうしようってんだ!?」

「ならば、何故、アイリをお前の元に潜入させたと思う?まさか、アイリを差し出すためなどと考えてはいないだろうな」

「・・・・・」

 そんな憶測をした者もいたが・・・

 だが、本気で、心当たりがない。

 一志の家は、少し事情はあっても、普通の一般家庭だ・・・多分。

 異常者の興味を引くものなど、あろうはずもない。

「お前のパソコンに、侵入させてもらったよ。ご大層な、プロテクトが組まれてるかと思いきや、拍子抜けするほど、目的は簡単に奪取できた」

 なんと非道で、家族でもやらないことを・・

 いや、今は、深刻にならねばならないことが、他にある。

「まさか・・・」

「そう、このマシンの設計図。間接的に、お前のパソコンから、引き出させてもらった」

「直したってのか!そいつを」

 確かに、履歴から、あの島のコンピューターを探ることは可能である。

 アイリが、一志宅にやって来た、最初の一日目。

 一志のパソコンが起動していた形跡はあった、あの時か。

 リビングで、一人にしていたわずかなスキにでも、意識を飛ばして、外部に繋いだのか?

・・・だが、そうなると、アイリが、その後やって来たのは、自分の意志ということになる。

 こんなときに、少しだけ安心した。

「なるほど。だが、そいつは欠陥品だぞ。かぶったヤツの、意識が戻ってくる保証はない!」

「大丈夫さ、この十年かけて、さんざん研究を行なってきた実績が、私にはあるのだから。さて、実験体もいることだし、これから試してみるか?」

 他人の作品を研究として、自らの功績のように振舞う図々しさには、納得できないし、そんなことのために、娘に泥棒まがいのことをさせる父親にも、理解できない。

 当然、そんな外道に、実験体呼ばわりされて、甘んじる気などない!

「最後に、一つだけ聞かせろ。この実験とやらに成功したら、その子は、どうなる?」

 一歩一歩、踏み込みながら、一志は、本当に最後の質問をした。

「言われてみれば、もう、必要ないな。我が覇道の傍らで、飼ってやってもいいが」

「もういい!お前は喋るな!」

 一気に駆けだした。

 狙うは、その手にあるヘルメット。

 ところが、王冶は、自らの研究の成果だというヘルメットをあっさり放り出した。

 代わりに、白衣の下から取り出したのは、電磁警棒。

 虚をつかれた一志は、腕で防ぐことができただけだ。

「ハハハッ、体が無防備になるマシンをこの状況下じょうきょうかで使うわけないだろ。私、自ら改造した特殊警棒だ。まともに食らえば、心臓すら止める」

「・・・まともに、食らえばな」

「なにっ?!」

 ところが一志は、歯を食いしばって、顔をしかめただけで、攻撃に耐えてみせた。

 秘密は、一志が、今羽織(はお)ってる、グレイのジャンパーである。

 わずかな好奇心と、最近、過激化する、しのぶの愛情表現に対する、多大な危機感から購入した、耐電耐衝撃のケプラー繊維である。

 しのぶとのじゃれあいが、こんなかたちで役立つなど、思いもしなかった。

 それにもう一つ。

 一志の精神は、もう警棒ぐらいでは、おののかなくなっている!

 今度は、王冶が、虚を突かれる番であった。

 警棒を手首から蹴り飛ばし、その隙をついて、殴りかかる・・・と、思いきや、体勢を崩した王冶の横を突き抜けた。

 当初からの、狙いは、ここだった。

「キャーッ!」

 そこにいた、アイリを乱暴に抱き上げ、王冶と距離を取る。

 王冶が、手首を押さえてうずくまる、その刹那、一志は、この状況を打開すべく、ありったけの心を込めて、アイリに語りかけた。

「いいか!聞け!アイツは、お前の父親じゃない!十年前、奥さんに離婚届、つき出される寸前に、とある教会から引き取っただけの男だ!」

 事実であった。

 茉璃香から持ち込まれた履歴調査書に、きちんと記載されたが、訳ありの家庭にとっての絶対のタブーゆえに、口に出すことをはばかられただけで。

 なにか、計算があってのことではない。

 このまま、利用されるだけの、アイリの不憫さに我慢がならず、ぶちまけてしまった。

「それがどうした!そんなことは、とうに話した。世界を変える偉業を成すことに、なにを迷う必要がある!」

 もはや狂気の形相で、王冶が円筒形のナイフを取り出して、鞘を投げ捨てて、迫ってきた。

 アイリを斜め後方に突き飛ばし、迎え撃つ。

「ウガーッ!フゥー!」

 がむしゃらに振り回すだけだが、それだけに近寄れない。

 このまま、アイリと離れさせるべく、一志は後ずさるのだったが、違った。

 急に、王冶は、方向転換して、アイリの腕を掴み引き寄せる。

 そうだった。

 王冶の焦りは、このためだったのだ!

「イヤーーーッ!」

 乱暴に扱われ、当然、悲鳴を上げるアイリの後ろ頭に手をかける。

「ギャーーーーーーーーッ!」

 アイリの絶叫に、一志は自らの判断ミスを後悔する。

 そして、発狂寸前の王冶には、嫌がる仕草も、一志の言葉に耳を傾けたことも、自身への裏切りに見えたのであろう。

 そのまま、黒い塊を引き抜くと、なんの躊躇いもなく、柄から飛び出した刃が、その美しい金髪を赤く染め上げたのだった。


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