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 郊外。

 そこは、街外れの、まるで住んでいる者を象徴しているかのような、鬱蒼うっそうとした洋館だった。

「こちらは、今着いたところです。そちらは、どうです?」

『こっちは、当時の資料を当たってるところ。やっぱり、あのヘルメット、その後のドサクサで、行方不明になってるみたい』

 屋敷を斜めから覗ける位置に、オートタクシーを止めて、一志は茉璃香と携帯で連絡を取り合う。

 ただし、その内容は、一志にとって、聞きたくないものであったが・・

『そうなると、そのマシンの行き先を探る方向で、その屋敷には踏み込めると思うの』

「もっと、簡単な方法がありますよ」

『ちょっと待って、ちょっと待って!』

 意を決したみたいな一志の口調に、携帯を切ろうとする気配でも察したのか、茉璃香は、慌てて一志をとめる。

『まさか、今すぐ一人で、乗り込む気なの?』

「知り合いの女の子をちょっと、遊びに連れ出すだけです」

 それは、とても安心できる返答ではなかった。

『とにかく待って!すぐに、事情徴収だけでもできるように、容疑を固めるから』

「大丈夫ですって。何かあったらあったで、堂々と踏み込む理由になるんですから」

 だから、かえって不安がらせてどうするんだか。

 しかし、そこまで言われたら、茉璃香には止めることができなかった。

 茉璃香は、本来、一志の前だけでイケイケなフリをしている、押しに弱い女性なのだ。

『わかったわ。でも、お願い。このまま、携帯を切らないままでいて・・』

 茉璃香の真摯な願いを半分ぐらいは受け取って、一志は了承りょうしょうした。

「じゃあ、しのぶ。そんなわけだから、お前は、ここで、待ってるように」

「ヤダ!」

 話が難しくなって、ずっとおとなしくなっていたしのぶが、強く、簡潔に、一志の指示を拒否した。

「ヤダって、話は聞いてただろう。すぐに戻ってくるんだから」

「嘘っ!お兄ちゃん、そんなこといって、ちゃんと約束、守ってくれたことないもん!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだったかな」

 ・・・そう言われると、しのぶとは、この手の約束をするたびに、なにかしらの邪魔や、急務が、割り込んできたような気がする。

 それが、一志の宿命なのか、しのぶのキャラなのか・・

「あ~~~、最初から、破るつもりで約束しているわけじゃないんだけどな~」

 一志は、突っ伏して、頭を抱える。

 思い起こせば、最初は十年前からである。

 何故こんなことになるのか、一志も、誰かに尋ねてみたい気持ちになった。

「わたしだって、お兄ちゃんのことが心配なの!またこれから、あぶないことするんでしょ。お兄ちゃん、人のために、無茶しちゃう人だから。お兄ちゃんの、そういうとこ、大好きだけど、それでもやっぱり、心配なものは、心配なの!」

 それは、家族をなくした記憶のある少女の、精一杯の叫びであった。

 思い返せば、普段わがままや、つまらない嫉妬からだと、何気なく聞き流していたこれまでにも、そういう気持ちが見え隠れしていたのではないか。

 愚かにも、こんなことになって、一志は、初めて気がついた。

「・・べつに、正義の味方、気取ってるわけじゃないんだけどな。ただ、あのジィさんが残した作品が、未だこの世で、人に迷惑をかけているなんてことが、我慢ならないだけで」

 一志は、優しく、しのぶの頭をなでてやる。

「お前を泣かせてすまないけど、それでもやっぱり俺は行く。この目で事実を確かめるために。お前だって、本当は、わかってるはずだぞ。のんびり手をこまねいていい事態じゃないってことぐらい」

「お兄ちゃん!」

 ひしと、しのぶは一志にしがみつく。

 だがそれは、もう引き止めるためではない。

 自分は、どんな人を好きになったのか、それを認めるためだ。

 そうだった、自身も、幾度も助けられたのではなかったか───

 あまりにも、大事なものを失い続けたこの人生に、そんな人がいてくれるだけでも、生きていく勇気に変わる。

 そばにいてくれる・・・それだけで、幸せ。

 それがわかって、同時に今は悲しい。

 あぶないことだと知ってて、送り出さねばならないこの時が。

 せめて、ちゃんと帰ってきてくれると願って、今だけはこうしていたい。

 二人きりの車内で、一志としのぶは、時が許すまで抱き合っていた。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・コホンッ』

「うわあっ!」

 慌てて、一志はしのぶを引き剥がす。

 他に、誰もいないはずの車内で、控えめな咳払いがした。

「あの・・・聞いてました?」

 そういえば、携帯は通話状態のままだった。

『ゴメンね。邪魔したくなかったんだけど、今は、ほかに気にかけて欲しいことがあるから』


「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

 茉璃香のいる、データ室が、ピンク色の沈黙につつまれていた。

 本当に、気にかけてほしいことは、茉璃香自身も、資料を漁りながら話していたため、電話をスピーカーモードしていて、

 こちらのスタッフの全員が、今の会話を聞いていたから・・・とは、絶対、言わない方がよさそうである。

『でもそう。泣いて止める女の子がいるんだから、そのままで待っていた方がいいと思うよ』

「そのままって、なんです!行きますよ!行って、すぐ戻ってきます!」

 余計なことを言いながら、一志は携帯を胸ポケットにしまった。

 もう、脇目わきめも振りたくなく、タクシーから飛び出したのだった。

 塀を擦り付くように門まで移動すると、とりあえず、呼び鈴を鳴らしてみた。

 十秒・・・三十秒・・・・・一分と、待っても返事はない。

 もう一度鳴らしてみるが、同様だった。

 覚悟を決める・・というより、当初の予定通りに、自身の倍ほどもある柵門を蹴り上がる。

 着地すると、庭を見渡して、一気に駆け抜けた。

 玄関にたどり着き、今度は目でなく耳で探る。

 何の物音もしないのが、逆に不気味であった。

 慎重に、ノブに手をかけて、指先だけで回してみるが、当然、開きはしない。

 そして、もう一度、辺りを見回た。

 建物自体は古い洋館で、カメラやセンサーの類は、後付けされてるかもしれないが、その気になれば、窓か扉をぶち破ってでも、侵入できそうだ・・・などと、自身の無事を祈る二人の乙女が聞いたら、卒倒しそうな粗暴なことを考えてだしていたら、

 カチリと、背中越しに、小さな振動を感じた。

 予感に釣られて、もう一度ノブを回してみる。

 今度は抵抗なく、扉が開いたのだった。

 不安より期待───一志にとって、望んだ通りの展開である。

 あまり意味はないが、ノックだけはして、虎穴に飛び込んだ。


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