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それから、数日。
毎日・・というわけではないが、ほぼ、それぐらいのペースで、アイリは柚月家に通っている。
父親の命令なのか、一志としては釈然としないのだが、
沙江子などは、見目麗しい少女なので、大歓迎していて、それがまた一志を釈然とさせないでいた。
「いらっしゃ~い」
やってくるたびに、お菓子とゲームでもてなして、
両方共、飽きさせないようバリエーションをつけて、
なければ、新たに買いそろえるぐらいの徹底ぶりで。
なんだか本気で、家族に迎い入れそうな勢いである。
・・・まさか、本当の子供の立場からの嫉妬、などということはないだろうけど。
「さ~て、今日は、なんで遊ぼうかしら」
いいかげん、仕事はいいのか?ぐらいは、つっこみたい。
アイリの方はといえば、基本、無口で、家での事や、学校でのことなど、それとなく尋ねてみるが、何も答えてくれない。
「う~ん、食べ物に、好き嫌いは、今の所なし。オモチャに混ぜて出したキャラクターにも、それほど反応するものはないし・・こりゃ~、時間をかけるしかないのかしらね」
「・・・やけに熱心だと思ったら、そんなこと、やってたんですか?」
メモを片手にうなってる沙江子を呆れてるみたいに、一志は訪ねてみた。
「情報収集は、女の子と仲良くなるための基本でしょ。共通の趣味や話題を探って、なければ、でっち上げて、そこから一気に親密になる。一志くんも、ほかに気になる娘がいたら、試してみたら」
「やりませんよ!」
一体、この母親は、息子に何人女の子をはべらす気であろうか。
そんなやりとりがあったある日、再び茉璃香から連絡を受けることになった。
茉璃香の父、里柾祈吉が、都合のつく日時が決まったのだ。
といっても、ほとんど風化していたような約束で、今さら一志としては、さほど重要性を見いだせないでいたのだが・・
取り次いでくれた茉璃香に悪いので、平日の午後だが、会うことにした。
学校が終わって、当然、離れてくれないしのぶを連れて、あと、「結納ならまかせて!」という、沙江子のセリフは聞かなかったことにして。
「もう、お父さんたら。本当なら、こちらから、会いに行かなきゃいけないのに」
「ええっ!?そうなのか?」
娘の胸中など知らない祈吉が、講堂から引っ張り出されてきた。
「・・どうも、お久しぶりです」
一志は、申し訳なさそうに、一礼する。
あの日の夜以来の再会と、ここは、一志たちにとって、二段階上の学問所。
それに、今の、茉璃香の態度といい・・いろいろと、恐縮してしまう。
本日は話を伺いにやって来たのだが、やはり学生ほど暇ではないらしく、話は歩きながらということになった。
「乙星王冶か・・一時、同じラボにいたというだけで、それほど親しくしていたわけでは・・・かと言って、他に、親しくしていた人間がいたところも、見たこともないな」
どうやら、前フリからして、印象通りの人物らしい。
「能力は、あったかもしれないが、それを世の中で活かせるかどうかは、別問題であるし、あと、社会人としては、決定的に欠けてるものがあったかな」
「欠けてるもの・・・」
「人の都合や、気持ちを理解する能力」
ああ~~と、簡潔に述べられた王冶の本質に、みな納得してしまう。
「それで、うまくいく人間も、確かに存在するのだろうけど、そこには結果が・・・そのせいで、他のスタッフと衝突しているところを何度か見かけたな。科学者にあるまじき、理論ではなく、感情で。そして、そこを離れるのに、さほど時間はかからなかった」
祈吉の言葉に納得しつつ、そのあまり、一志は、大事なことを失念してしまうところだった。
「祖父と、知り合いみたいなこと言ってましたけど・・」
「そんな話は、聞いたことがないな・・・そういえば、彼が、我々と同じラボいた頃、創時郎氏の作品が、流れてきたことがあったかな・・」
「・・・」
自分で聞いといて、ものすごく不吉な言葉を耳にした気分であった。
「・・・・・どんな作品だったんです?」
当然の質問を一志は、耳を塞ぎたくなるような思いで、してみるのだった。
「う~む、当時、私は医療機器・・障害者の生活をサポートできるコンピューターの研究に携わっていて、そこに、どういう経緯だか知らないが、創時郎氏の作品が巡ってきてね。確か、それはヘルメットで、かぶるだけで、装着者の思考を読み取り、目を閉じたままでもパソコンを自在に操るというものだった」
!それはまさに、次世代型ソフトウェアではないか。
一志も、知識としてあった。
世の中には、キーボードはおろか、マウスのあつかいさえ難儀する人達がいるのだ。
そんな人々でも電子機器が使えるようにと、指先以外の器官でコンピューターを操作する、さまざまな装置が開発、実在することを。
その究極といっていい完成形が、創時郎の手により存在していたとは。
そんなものがあれば、誰でも変わらず、コンピューターを・・それどころか、健常者さえ、そんな便利なものを欲しくなるだろう。
「装着者の意識が、戻らなくなったが」
「・・・・・」
毎度のことなれど、あの老人の作品には、配慮というものが、まったく欠けている。
「ありえないことだが、肉体から精神が飛び出して、電脳世界で迷子になってたそうだ。あの時は大変だった。研究所内のあらゆるメカが、めったやたらに暴れだして、スタッフ総出で、外部とのリンクを遮断して、元のパソコンまで誘導して・・・」
やたら遠い目をする祈吉に、なんだか、我がことのように、一志は聞き入ってしまうのだった。
「なんとか、被験者の意識を元に戻すことはできたのだけど、その時の拍子に、その機械は、壊れてしまって・・」
「壊れたんですか?!こわれたんですね!」
一志の問題が、なんだか、すり替わってしまったようだ。
「う~ん。振り落としたさいに、頭頂部の本体と、パルスを送信するヘルメットが破壊、分離してしまって・・なおそうにも、自信と責任をもって、それを申し出る者がいなくて、そのあと、どこへやったかな・・・」
賢明な判断だと思います。
「まあ、気にするほどのことでも、ないではないかな、十年も経てば、家庭を持って、なにかしらの、心境の変化があったかもしれないし、あのマシンをきっかけに、我々の知らぬどこかしらで、二人が対面していた可能性もあるわけだし」
そこで、次の仕事場の、校舎に着いてしまった。
「どうも、ありがとうございました」
礼を言って、祈吉と別れた。
「さて、もう、お話しは済んだわね。近くに、ナポリがおススメのお店があるんだけど」
まるで、こちらが本命みたいに、茉璃香が明るく、切り出した。
「あ~~~~っ!やっぱり、えと・・・口実、作って、お兄ちゃんをつれてっちゃうつもりだ。お兄ちゃんと二人っきりなんて、させないんだから!」
「じゃあ、アイリちゃんも誘って、みんなで」
「もっとダメ!あんな凶暴な子」
「お前が言うなよ・・」
そこだけ、会話に加わることができたが、一志の気持ちは、アイリの事から、離れることができなかった。
祈吉は、気にすることもないと言っていたが、やはり、それは無理なのだろう。
なにしろ、昔の自分の境遇と、重なる部分が多いのだから。
島での生活は、ほかに比較するものもなく、老人の趣味の怪しげな実験に、大した疑問も持たずに、つき合ったものだが、
男の子だったから、失敗の数だけケンカもできたし、そこらにあるものを使って、血沸き踊る激戦も、繰り広げたものだ。
じゃあ、あの娘はどうだろう?
せめて、愛情だけでも十分に受けているのだろうか。
あの娘の様子を見ていると、そのことだけが心配になってくる。
父親に唯々諾々と従って、なにを目的に我が家にやってきているのか?
いざとなれば、一志達ほどとはいかないまでも、自身の意思を尊重して、反抗の一つ二つやるべきだ。
なにせ、人をテレビごと投げ飛ばすぐらいの力はあるんだから・・・・・
「わたしたちは、まだ子供なんだから、食べ物に釣られて、誰かに、ついてっちゃったりしちゃ、いけないの!」
「でも、お母さんに事前に確認とったら、三人まとめて、可愛がってあげてって、了承してくれたよ」
「さっきの話・・・」
二人が、心温まる会話をしているさなかに、一志が、ポツリとつぶやいた。
「さっきの話に出てきた、あらゆるメカを暴走させたっていうマシン・・こっそり持ち出して、娘に取り付けたなんて可能性は・・・」
「えっ・・・・・?」
一志の中で、アイリと出会ってからの、ここ数日の不可解な出来事が錯綜し、そして、とんでもない答えにたどり着いた。
耳にした、茉璃香もしのぶも、信じられない・・というより、理解できないといったふうだ。
「そんな・・ありえないよ。壊れて、誰にも直せないんでしょ。」
それは二人にも、思い当たることがないわけではない。
「あとは、外科手術でもして、脳に直接繋ぐとか・・・」
茉璃香は否定し、そして自らの推測にゾッとする。
「私、もう一度、お父さんに話聞いてくる!」
茉璃香は、慌てて踵を返し、一志も、すぐさま携帯を取り出す。
「沙江子さん!?あの子来てます?来てない!?いえ、今日は遅くなるかもしれませんけど、心配いりませんから!」
かえって、心配させるようなことを言いながら、一志は電話を切るのだが、沙江子なら、これで承諾してくれるであろう・・・
「次、会う時なんて、悠長なことを言ってられないな。これから行くぞっ!しのぶ、住所の検索を頼む」
「ハッ?!ハイッ!」
しのぶは、いまいち、事情が飲み込めてないみたいだが、一志がそう言えば従う。
そして、一志は足になるものを探す。
逸る胸中で、このところ、起こって欲しくない方向にばかり、事態が進むが、今回だけは、この予感が外れていて欲しいと、切に願っていた。




