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「そちらに、娘のアイリが、お邪魔しているはずですが・・」
「ハイ!アイリちゃんですね」
その後、乱痴気騒ぎは、すっかり日が傾くまで続いた。
親御さんの心配も当然みたいに、かかってきた電話のベルが、なんだか試合終了のゴングみたいになってしまった。
「フーーーーッ」
「ぜいっ、ぜいっ」
息を荒げて対峙する様は、とても恋人同士には見えない。
「アイリちゃん。お父さんが、近くまで迎えに来てるんだって」
室内の有様も気にせず、沙江子がそう告げると、しのぶは、なんとか矛先を収めてくれた。
「ふ~~~んだ!」
アイリがいなくなってくれるなら、しのぶのやきもきは、一応、半分になるわけだ。
「それじゃあ、みんなで、お出迎えしなくちゃ」
「えっ!?沙江子さんも、出てくるんですか?」
「そりゃ~、ひょっとしたら、将来、ご親戚になるかもしれないんだから、挨拶ぐらいは・・」
「ないない」
またこの人は、沈静化した火種に、ニトロを注ぐようなことを
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「どうも、お邪魔させました」
そうして、ずいぶんあっさりとアイリを連れて、乙星王冶は去っていった。
「・・・なにあれ?」
えらく淡白な王冶の態度に、沙江子も呆気にとられてるみたいだ。
一志としても、茉璃香の憶測や、しのぶの妄想を鵜呑みにしたわけではないが、なんだか拍子抜けした気分だった。
「不合格ですか・・?」
「えっ?!いえ、人を一見して判断してはいけないんだったんだよね」
ワタワタと、母親らしからぬ素振りで否定するが、簡潔すぎて失礼ではないか。
こちらに、笑顔で見送るスキも与えず、アイリを連れ去るみたいに、車を出してしまった王冶に、引いてしまうものはあったみたいだ。
「さて、それでは私も、そろそろおいとましませんと・・」
今度は茉璃香が、そう切り出す。
確かに、もうそんな時間だ。
「そうね。じゃあ、一志くん、そこまで送ってあげて」
「ヤダ!」
そう拒否したのは、一志ではなく、その腕にくっついてるモノだ。
「別に、お前には、ついて来いなんて言ってないだろ」
「やっぱり、行っちゃう気なんだ!」
「ちょっと行って、すぐ戻って来るって」
「それでもイヤっ!」
しのぶは意固地になるが、これまでを思えば、それも、無理ないか。
「私は、平気です。すぐそこまで、迎えに来てくれてますから」
「迎えって?」
沙江子の、当然の質問に、茉璃香は仕方ないといったふうに、ポケットからパネルを取り出すと、
ワンタッチで、道路の向こう側から豪奢な無人カーがやって来た。
「ワアォ、ステキな車じゃない」
目の前に停止した、有名メイカーの最新モデルに、沙江子が感嘆の声を上げた。
これなら、男児一人より、防犯設備はバッチリである。
「ええ、私は、いいって言ったんですけど、父が強引に・・」
茉璃香は、申し訳なさそうに、そう言うが・・
この場合は、可憐で病弱な娘を持つ父親の心境に、誰だって共感してしまうのではないだろうか?
「それでは、また明日」
茉璃香は、ここにいる四人全員で乗り込んでも、ゆったりとくつろげそうな車内で、居心地悪そうにしながら、別れの挨拶をした。
「もう来なくてもいいの!」
しのぶの威嚇は、いつもながら逆効果で、これを見るためにも、またやってきてもいいかな、みたいな笑顔を残して、茉璃香は去っていった。
「う~~~ん」
しのぶの腕をやんわりと振りほどくと、いろいろと肩の荷が降りた気分で、一志は背伸びをした。
「さ~て、フロはいって、メシだな」
着替えを取りに行こうと、自室に戻る。
「じゃあ、私は、夕飯の準備を」
「わたしも手伝う!」
母娘は共に、キッチンに向かう。
といっても、しのぶにできるのは、台拭きと、食器並べぐらいだが・・
「あれ!?」
戻ってきた室内で、一志は、ある異変に気づいた。
今日は、いろいろあって、触った覚えのないパソコンが、立ち上がっていたのだ。
うっかり、切り忘れ・・
スリープ状態のままにしていた本機が、なんらかの拍子に起動したのか・・
「ねえ、俺のパソコン、誰かさわった?」
二階から、この家に住むものに訪ねてみた。
「なに言ってるの。男の子のパソコンなんて、プライバシーの宝庫じゃない。そんなの、こっそり覗き見するほど、理解のない母親じゃないわよ、私は」
こっそり盗撮したりするのは、アリなのか・・
「わたしだって、お兄ちゃんがいてくれないなら、お兄ちゃんの部屋に、用なんてないもん」
確かに一志がいれば、寝込みだろうと、なんだろうと、おかまいなしだ。
「・・・・・」
それぞれ勝手なことを言いながら、信用してしまうのは、愛情のせいだ・・・ということにしておこう。
パソコンに、そんな重要なデータを保存していた覚えなどないし。
その時、一志の興味は、もう夕飯のメニューに移っていた。




