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「もてなすにしても、こんなものしかないけど・・・」
アイリのいるリビングに、ゲーム機やトランプ、ボードゲームなどを持って、一志達は現れた。
ノックをしたが、それでもアイリは、ビクッと怯えてるみたいだった。
とりあえず、一緒に遊んであげて、アイリの心をほぐしてあげようという作戦である。
一応、沙江子が言ったような方法も、間違いではないらしい。
子供には・・特に女の子には、ちゃんと甘えられた体験、記憶があった方がいいとかなんとか。
・・・そういうものを誤った方向に、求めないように。
でも、まず『自分にして!』という、しのぶの意見が出てきて、却下となった。
まあ、順番が、どうこうの問題ではないが・・・
「こういうときは、このツイスターが定番ね」
「それは、また今度・・」
「じゃあ、王様ゲーム」
「・・・・・・・・・・」
男一人に、女四人なら、王様ならぬハーレムゲームか!?
どうしても、我が子と女の子を絡めたいらしい、この母親は・・・
「・・トランプにしましょう。誰もが知ってて、ルールも簡単なやつ」
一志の提案・・・というか懇願で、トランプになった。
しのぶと茉璃香も加わって、リビング内が一気に華やかになって、アイリを歓迎する、ちょっとしたパーティーみたいになった。
「あがり!」
「私も」
それぞれが、カードを捨て合うゲーム。
年長者二人が、積極的に場を盛り上げることに勤めてるみたいで、一志も自分のペースで、それに倣おうとした。
「いや~~~~~~っ!また負けちゃったー!」
中には、空気も読まずに、本気で悔しがってる者もいたが・・
「読みやすいんだよ、お前の手は」
いや、この場合それでいいのか。
アイリも、先ほどから、クスクスと笑いをこらえられないみたいだ。
一志は、初めてアイリのまともな表情を見た。
「あとひと押しかな・・」
「えっ!?」
沙江子の、何気ないつぶやきを一志は聞き逃さなかった。
「あっ!なんでもない、なんでもないの」
慌てて否定するが、こういう態度が、怪しくないわけはない・・・
ではあるのだが、沙江子は一志にとって、一応母親。
時折、子供の成長を楽しむ気持ちが暴走して、口元が愉快になることがあるが、なにか企むようなことはしない・・・・・
と、この時までは思っていたのだ。
「そろそろ、ジュースがなくなるわね。一志くん、冷蔵庫からお願い」
「えっ!?あっ!はいはい」
不意をつかれたみたいに、一志は生返事してしまった。
一志の目には、もう少し残っているように見えたが・・・あとで思えば、この時もっと疑うべきであった。
普段、おちゃらけていても、こういうことは、率先して行う母親ではなかったか?
「えいっ!」
「えっ!?うわっ!」
立ち上がろうとした、一志の足元のクッションを勢いよく引っ張ったのだ。
不安定だった一志の体は、沙江子の思惑通りに倒れてしまう。
「キャッ!」
アイリに、覆いかぶさるみたいにである。
「ごめ~~~ン、手がすべったの」
「いーやっ!掛け声あった。掛け声あった!」
これは、笑って済ませられない。
下手したら、一志とアイリは、ごっつんこである。
あとで確認したら、そうならないよう、それぞれの座る位置と距離を計算して、クッションを置いたそうだが・・とりあえず、今はこっち。
「大丈夫・・・?」
一志は、自分の下で縮こまっている少女に語りかける。
「ヒッ・・イヤーーーーーッ!」
アイリが、思わず拒絶の悲鳴を上げる。
そこまでなら、年相応の反応であろうが、信じられないのは、その一志を吹っ飛ばした黒い塊である。
その場で起こった光景が現実であるならば、アイリは、思わず掴んだ50インチの大型テレビごと、一志を反対側の壁に叩きつけたことになるのだ。
ビターーーーーーン!
「・・・・・ほら見ろ。事故であれなんであれ、女の子を押し倒すようなヤツは、こういう目にあうんだ・・」
誰もが唖然としている中、何故か、一番冷静なのが、当の、壁に張り付いた一志であった。
・・・そういえば、一志にとって、女の子からこういう目に遭わされるのは、毎度のことであったかな?
「う~~~~~~ん」
でも、そこまでが限界だったらしく、パッタリと倒れてしまった。
「ちょっと、一志くん?!」
「お兄ちゃ~ん」
「いやーっ!お医者さん!」
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「ああ、まだ起き上がちゃダメ」
どれぐらいそうしていたのか、意識が戻ってくると、何か起き上がらなくてはいけない気がして、それが、すぐわかった。
茉璃香に、膝枕されていたのだ。
こういうシチュエーションに、浸かれないというのは、不幸体質というものだろうか?
「ええ、本当に、もう大丈夫ですから・・」
事実、意識もはっきりしているし、頭をぶつけたような痛みもない。
倒れたのは、立ちくらみみたいなものだったのだろう。
そんなことより、今は優先しなければならないことがある。
「・・・って、お前は、なにしとん?」
一志が、立ち上がろうとした時、今度はしのぶが、足元のクッションをつまんでいた。
「えっ!?だって、順番だって、こうなって、でも、倒れてくれるなら、誰かに引っ張ってもらわないといけないし・・どうしよう?」
「・・・・・・・・・・」
どうやら、一志が、気を失ってる間に、膝枕するか、次に押し倒されるかで、一悶着あったみたいだ。
こんなだから、おちおち寝ていられないのだ。
そんな広くないリビングの中で、それでも隠れてしまいそうな小さな女の子を一志は探した。
うずくまっているような、うつむいているような姿勢で、アイリはそこにいた。
近寄り、目の高さを合わせようとしゃがんだが、それでも足りずに、膝を下ろした。
「あのな、何が目的でここに来てるか知らないが、自分の意志じゃないと、こっちも歓迎できないぞ。・・・そりゃあ~、養われてる身の義理ってもんは、あるだろうけど、よそん家に遊びに来るぐらい、子供が気兼ねしてどうする!」
一志自身、偉そうに言えた立場ではないが、怒ってないとか、ある程度は自分の意思を尊重とか、そういうことを伝えたかったのだろう。
「お~~~~~」
後ろで、誰ともわからない感嘆の声と、浅い拍手がした・・・が、一志は無視することにした。
でも、なんだろう?
この、決してあなどってはいけない、怪しい気配は。
このところ、よく感じる・・・わかりやすく言えば、
殺気であった!
一志はアイリを抱えて、その場を飛び退いた。
「また、わたし以外の女の子に優しくしたーーーっ!」
今すぐまでいた空間をなにか硬くて巨大なものが通り過ぎた。
確認すれば、それは冷蔵庫であった。
重量のある家電品にある、移動の負担の軽減のための、反磁力による浮遊装置。
だが、人めがけて突進など、あきらかに範疇外である。
「あーーーっ!!」
原因であるはずの少女が、驚きの声を上げた。
咄嗟の行動とはいえ、一志は今、アイリを抱き込む体勢になっている。
「いやーーーーーーーーっ!」
冷蔵庫が、もはや変形合体でもしそうな勢いで暴れまわる。
しのぶだけ取り残された気分であろう・・・だが
「自分でやったことと、その結果の因果関係が理解できんのか、お前は!」
「エ~~~ン」
もう、問答無用である。
この、非社会的な才能と、人の迷惑に、まったく無自覚なところ。
一志は、ある人物と、血の繋がりを感じずにはおれなかった。




