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「どうかしたの?」

「いえ、なにも」

 ようやく、その日を解放された一志が、帰路につき、憤然ふんぜんとした面持ちでいるところを自宅の前で、茉璃香が出迎えてくれた。

 茉璃香が、何かと理由をつけて一志に会いに来るのは、いつものことなので、もう誰も咎めはしない。

 憤然と、されるべきは、そんな茉璃香の、恋慕する気持ちに気づかない、一志の方であろう。

「今日は、どんな用?!」

 しのぶも、咎めはしない───挑むだけだ。

 一志を後ろにして、立ちはだかる。

 ただ、しのぶの方が、茉璃香より頭一つ低いので、犬と子猫の対決みたいなものを連想してしまう。

「うん・・今日はね・・・って、その子?」

 茉璃香が口をどもらせたのは、二人の後ろに、完全に隠れそうなほど小さな人影を見つけたからだ。

「えっ!?」

 一志としのぶも振り向けば、金髪碧眼の謎の少女が・・

 茉璃香としのぶは、これで二度目、一志は三度目の対面になる、

 一度見れば、誰の記憶にも刷り込まれてしまう、容姿の美少女がそこにいたのだった。

 

「・・・それで、どういうことです?」

 とりあえず、やって来たアイリをリビングに上げて、三人は、キッチンで作戦会議である。

 ちなみに、こんな面白そうなことなのに、沙江子がこの場にいないのは、アイリに、ジュースとお菓子を持っていく、わずかな時間だけである。

「はい、今日までにわかったこと」

 茉璃香が差し出したのは、アイリの父親、乙星王冶の履歴調査書である。

 一志は、流し読みしてみる。

 乙星王冶、現在38歳で、所属している機関はなし。婚暦と、ほぼ同時期に、離婚歴がある。これまた同時期に、勤めていた一流企業を自主退職。

 娘のアイリは、11歳。

「うわっ!学歴だけは、呆れるほどありますね」

 そこに名を連ねている、義務教育以前から記載きさいされた、この国の最高学業機関。

 それも、輝かしく表記されてるは、首席の一文字。

 一志は、呆れるほどと表現したが、そのままのとおりであった。

「ただ、社会に出てからの、それにふさわしい功績は、まだ見つからないの。能力はあっても、活かせない。世の中に認められない。それで、一志君のお爺さんの、共感者だか、崇拝者だったりするのかな・・・」

 これまで、わかったことだけでも、疑惑は、深まる一方である。

「それがなんで、今ごろ、俺の前なんかに・・・」

「わかった!お兄ちゃんと、あの子、結婚させる気なんだ!」

「・・・お前、いい加減、そこから離れろよ」

「案外、当たってるかも」

 茉璃香がそう言うと、二人が、それぞれ違う、驚きの表情をする。

「まさか・・・」

「わからないわよ。例えば、一志君のお爺さんの遺品、研究結果が狙いとか。あとは、純粋に、尊敬する人と、縁を結びたいだけとか」

「えっ・・そうなの?ホントにそうなの」

 しのぶが、自分で言っといて、取り乱し始めた。

「確証もないことに、ワタワタするんじゃない!茉璃香さんも、そんな憶測・・・いったい何年先になると思ってるんです?」

「そんなこと、大した問題かしら?現に、自分じゃなくて、あの子だけ、ここに向かわせてるでしょ。それが娘の一番の幸せだと信じているなら、どれだけ未来になろうと、父親であれば、やるんじゃない?」

 茉璃香が、自身に重ねて、そんなことを言ったことに、一志は気づいていただろうか。

 いや、気づこうにも、それをじっくり噛みしめる余裕がなかった。

「そんなのいやーっ!」

「だから、落ち着けって」

 しのぶが、もう半狂乱なほどに騒ぎ出したからだ。

 強引でも、なんでも、ここは話題を変えたほうがよさそうである。

「そういえば気になってたんですけど、あの子の、髪と目は、父親からでないとしたら、どなたからの遺伝なんです?」

「・・今のところ、確認できていないわね。血縁者の身体的特徴までとなると、かなり、プライバシーまで、のめりこまないと・・」

「なるほど・・・」

 アイリ自身が、自分に碧い瞳や、金色の髪をくれた人を知らない可能性があるのである。

「やっぱり、気になるの?」

「ええ、まあ・・でも、気にしているのは、あの子の方みたいなんですけど・・・」

 一志は、一連のアイリの拒否反応を思い出す。

「なに言ってるの!今どき、瞳や肌の色なんかで人を差別してたら、逆に笑われるような時代じゃない!」

 また、聞き耳でも立てていたかのようなタイミングで、沙江子が会話に加わってきた。

「大体ねぇ、姿かたちぐらいで、人を差別するような人間は、知識も考えもないバカモノや、状況次第で、コロコロ態度を変えるような、恥知らずばっかりなんだから」

 たまに、まともなことも言えるんだよな、この母親は・・・・・

 ただ、いつもそれが唐突とうとつだから、こちらとしては、対応に困るというか・・・

「・・・なるほど、あの子も、学校で、からかわれたりしてるのかもしれませんね。そして、それを言い返せない。自分と同じ特徴を持つ人が周りに・・・家族にさえいない、そんな境遇にいるのだとしたら・・・」

 茉璃香が、つけ足すと、アイリがいる、孤独や寂しさを誰もが、想像してみる。

「そんなもん、愛情があれば、いくらでも乗り越えられるものでしょ!ということは、あの子は、親から十分な愛情を受けてないということね」

 沙江子の意見に、一志は眉間にしわをよせた。

 めんどくさがり屋のくせに、こういうことには、顔を挟みたくなる性分のようだ。

「よし!女の子が相手なら、ここは男の子の、一志くんの出番ね。父親の代わりに、ちゃんと愛情を与えてあげないと」

「・・・・・具体的には・・・」

 そこはかとなく、嫌な予感を感じながら、一志は沙江子に尋ねてみる。

「いっしょのフトンに寝てあげるとか、いっしょにおフロに入ってあげるとか・・」

「絶対!ダメッ!」

 まったく非のないはずの一志に、噛み付かんばかりの、しのぶだった。


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