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「ふわ~~~~~ああ」
その日は、朝から辛かった。
休み明けだというのに、全く疲れが取れていない。
実際、前日に平日の数倍の体力を消失したのだから当然だろう。
例の儀式をすませ、大通りで登校する他の生徒に混じりながら、一志は盛大なあくびをした。
そして、こういう時に限って、会いたくない人物に、出くわすものなのだ。
「おはよーう」
「しのぶちゃん、おはよ~」
「功一・・清隆・・」
「二人とも、おはよう」
いつものやりとりである。
だが、一志は今日こそは、訪ねてみた。
「よく、社会復帰できたな・・」
「わてら、病気か?ムショ帰りか?」
自覚はないらしい。
「どうしたの?なにかあったの?」
昨日の、裏面の話など知らないしのぶが、不思議そうな顔をする。
「それが、聞いて聞いて、昨日、些細な誤解から、ひどい目にあってね」
「そうそう、理解のない大人たちのせいで・・」
「些細でも!誤解でもねぇだろっ!しのぶ、行くぞ!こんなヤツらと、かかわり合い持っちゃいかん!」
もはや二人に、人的価値など認めずに、スタスタとしのぶを引っ張って、立ち去ろうとした時、
どこかしらか、女生徒の黄色い悲鳴が上がった。
「キャ~~~~、見て見て。あの子、カワイイ❤」
誰もが釣られそうな、セリフである。
特に、この二人が、グルンと、そのまま一回転しそうなほどに、首を振り回した。
一志も、確認のためそちらを見ると、
子イヌとか、子ネコとか、そういうオチかと思いきや、意外にも、そこには本当に可愛い娘がいた。
それも、一志に見覚えある娘が。
昨日あった、金髪碧眼の、あの娘ではないか。
「キャ~~~、どこの子、どこの子」
「お名前は、言える?」
「だれかの妹?」
何故こんなとこにいるのか?
女子生徒の、注目の的だ。
昨日は、しのぶも白のワンピースだったが、今のアイリは、さらにシンプルな、太陽の光に透けてしまいそうなほど薄手の純白で、
セットの幅広い赤いリボンの麦わら帽子をはにかむみたいに、両手で深くかぶっていた。
一志も、初めて見た時に、まるで別世界の住人みたいな、感銘を受けたが、感受性の強い女子であれば、感動もひとしおであろう。
我先にと、アイリの周りに、わらわらと集まっていく。
わらわらと・・・・
「・・って、待てい!」
一志は、カメラを持って、その輪に加わろうとする、功一と清隆の、首根っこを掴んだ。
「なんで、お前らまで集まる?!」
「フッ、愚問だな一志。かわいい娘と聞けば、とりあえずファインダーに収めるは、我らが使命」
「然り。たとえそれが、一国のお姫様でも物怖じせず、そこいらのヤンキーなお姉さんでも、差別しない!」
「ただの、見境無しだろ!」
「ねぇ、なにかあったの?」
一志の後ろで、しのぶが、なんだろうかと覗こうとした。
ヤバイ!
なんだか、モーレツに、そんな予感がした。
自分に会いに来た・・などと考えるのは、自惚れであろうか?
だが、ここで二人を会わせては、とんでもない災難を招くような気がする。
ならば、どうすればいいのか?
しのぶか、あの子か、どちらかをこの場から連れ出さねばならない。
もはや、目撃者過多な、この喧騒の中を・・
一志が、まごまごしている間に、アイリは、ますます囲まれだした。
その表情は、さすがに怯えているようで、女生徒の一人の手が、アイリの頭に伸ばした時だった。
「あたま、なでていい?」
「イヤーッ!」
アイリが、不意に嫌がった。
それは、嫌悪というより、恐怖しているようだった。
アイリが、小さい体をさらに小さくすくませる。
「キャッ?!」
今度は、別の女生徒の悲鳴が上がった。
そこにあった、自動販売機が、不意に爆発したのだ。
中の缶が幾つも飛び出し、白煙を上げて、前のめりに倒れた。
「キャーーーーーーッ!」
途端に、辺りが、悲鳴と混乱と蒸気に包まれる。
なんだかわからないが、一志はこれを好機と見た。
間髪入れずに駆け出すと、誰もが、目や口を押さえてる脇をすり抜けて、アイリを抱え上げて、角の脇道へと連れ込んだ。
「おっとっと・・」
そこで、重要なことに気づいた。
うまくいったものの、それから先のことをまるで考えてなかった。
どうしようかと途方に暮れて、とりあえず、アイリを地面に立たせて、目線の高さを合わせて、優しく話しかけてみる。
「え~~~・・、乙星アイリちゃんだったかな、どうして、こんなとこにいるのかな~」
なれないことをムリしてやってみる。
「・・、・・・・」
聞き取れないほど小さく呟くだけで、アイリは先ほどと同様、態度は変わらなかった。
ならば、一志は勝手に事情を推測してみるが・・
この子は、驚くべきことに、自分の養父の知り合いの娘である。
あの老人の知り合いというからには、世界を暗躍する謎の組織とか、はたまた、遠い宇宙からの異星人などがやって来ても、驚くには値しないのだが、
ここにいるのは、先ほど女子が『お人形さんみたい』と騒いでいたほどに、小さくて綺麗な女の子。
これは、意表を突かれたと見るべきであろう。
そんな子が、何故自分の目の前に二度も現れたかというと・・・・・・・・・・・・・さっぱり、わからなかった。
ある意味、予想通りの、得体の知れない連中がやってきてくれた方が、まだ気が楽である。
低迷した思考の中で、これはもう本能であろう。
無意識に一志はアイリの頭に手を置こうとした。
「イヤッ!」
アイリは身をよじって、その手から逃げ出した。
そこで一志は、アイリのことを気にかけるべきであろうに、その時、乱れた、壁の電光ポスターに、気を取られてしまった。
「あっ!」
アイリは、路地の逆側へと駆け出していた。
一志も続けて後を追うが、通りにたどり着いた時、アイリの姿は、見当たらなかった。
なんだったのか・・・
一志の疑問は、この場に現れたアイリのことより、頭に触られることを恐怖する、アイリの習性であった。
自らの、綺麗すぎる髪に、何らかのコンプレックスでもあるのだろうか?
周りと違うというだけで、孤独や、引け目を感じてしまう人間は、稀にいるが。
あの子の親のこともふくめて、もっとあの子のことを知るべきかもしれない・・
もとの通学路にもどりながら、一志は、そんなことを考えていた。
「ゆ~ず~づ~き、く~~~ん!」
もどってくると、たくさんの女生徒に、出迎えられたりした。
・・・半分、目が据わってるけど。
「なんで、あの子、逃しちゃったのかな~」
ぜんぜん、うまくいってなかった。
「あれは・・」
「どうも、危険から遠ざけたってようすじゃなかったわね~。どちらかというと、事故に乗じて、あの子を連れ去ったってカンジ~」
別の女生徒の意見。
一志にも、ちゃんと事情があっての行動で、そう思われるのは不本意だが、
そのとおりだから、しかたない。
おまけに、一志が使おうとした言い訳も、先に否定されてしまった。
「だから、それは・・」
「ああいう子、好みなんだ。さらって連れてっちゃうほど・・」
「そう扱われる、女の子の気持ちも考えないで」
自分たちこそ、さっきまで、アイリのことを迷い込んだ子ネコのように扱ってたくせに。
偏見を交えて、秒単位で、一志への不信感が募っていく。
「そうそう、こいつはこういう奴なんだよ」
「僕たちが知ってるだけでも、すでに二人の女の子が犠牲のなっている」
「テメーらまで、なに便乗してんだ!」
状況が状況でなければ、誰も信じないような、功一と清隆の告げ口。
結局、この二人が口にしている友情なんてこの程度。
あと、しのぶはといえば、遥か後ろで、事態がわからず、オロオロしているのが見えた。
これは、一応、僥倖なのか?
一つの女難を避けるために、新たな女難を呼び込んでしまった。
この日は一日、一志は、名前も知らないような女子達に、さんざん吊し上げを食らったのだった。




