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「ただいま~」
「あらー、ずいぶん早かったのね」
二人そろって帰宅すると、沙江子が出迎えてくれた。
本気で、今日は帰ってこないことを期待していたのであろうか?
「それで。どうだったの?デートの方は」
「まあ・・いろいろと・・・良かったり、悪かったりで・・」
一志は、生返事を返す。
というか、母親にデートの顛末など、話せるわけがない。
その横をしのぶが、プリプリしながら立ち去ると、それだけで、沙江子には、詳細がなんとなく推測できた。
それでも、まさか、三人目の女の子が現れたことまでは、予想してないであろうが・・
沙江子は、あんなことを言いながら、ちゃんと夕食の用意をしてくれて、それからすぐ、三人でいただくことになった。
腹もふくれて、いろいろ疲れて、もうのんびり横になろうかという時、リビングの電話が鳴りだした。
食器のかたずけを女性陣にまかせて、一志が電話を取った。
「はい、こちら柚月」
「あっ!一志君でしょ。私、茉璃香です」
思いがけない応対者に、一志の心拍が早くなる。
前回とは、事情は大きく異なって、高鳴る心臓は、緊張のせいか、それとも、それ以外の感情なのか、一志にも、よくわからなかった。
「どうしたんです、なにかあったんですか?」
動揺を隠して、それだけ声にした。
茉璃香の方はといえば、一志と電話できるだけで、うれしそうだ。
「うん、昼間会った人のことだけど、わかったことだけでも、教えてあげようと思って」
「ああ、そうでしたね。それで、誰だったんです?」
「やっぱり、私の記憶に間違いなかったみたい。乙星王冶、父の一時後輩・・・というか、同じ機関に所属していたの。機械工学を専攻していて、そこも、もう辞表を出したみたいでけど、同じ頃に結婚もしているわね。そうなると、あの子の歳は、十・・一二歳ってとこらかしら」
「その・・・能力というか、実績みたいなものは、どうだったんです?どんな研究をしていたとか、どんな成果を残したとか・・」
「そこまでは・・でも、際立った実績があれば、この時点で目につくはずだけど・・・ただ、それ以前の・・学歴だけは、ものすごいよ」
「・・・・・・」
受け取り方を間違えると、人的価値を軽視するように聞こえるが、それが事実なのか・・
あるいは、本当に創時郎と同じタイプの、人種なのだろうか?
「・・・なりそこないの、エリートですか・・」
一志は、そう、つぶやく。
まずは人物像。
どんな人間で、信用に足る人物であるかどうかを知りたかったのだけど・・・今聞いた話だけでも、その印象も、希薄そうだ。
「やっぱり、これ以上のことは、面識のある人に、直接、伺うのが、いいと思うけど・・・例えば、私のお父さんとか」
「そうですねぇ」
一志としては、正直、そこまで聞きたい話でもないのだが、ここまで気を回してくれた茉璃香に、なんだか恐縮してしまった。
「じゃあ、決まりね。何時がいいかしら?お父さんの方は、たいてい、時間が空くのは、夕方からになるけど」
「う~~~ん・・ん!?」
考えて、視線を泳がせていたら、ジトっとした、半目で睨む瞳にぶつかった。
「あ~~~・・」
「電話!誰っ!?」
自称恋人の妹である。
睨まれたところで、子ダヌキなんかに、威嚇されてる気分だが・・
「洗いモン、終わったか?」
「ごまかさないでっ!どうせあの人のところでしょ。今度は、家にまで連れて行って、向こうのお父さんに紹介されて、そのままおムコに行っちゃうんだ!」
「違うわっ!」
「おほほほほ、なんだか取り込み中みたいね。それじゃあ、積もる話は、また今度・・」
それだけ言って、茉璃香は、とっとと、電話を切ってしまった。
「ちょっと!茉璃香さん!もしもーし」
話しかけたところで、当然、返ってくるのは電子音のみ。
茉璃香が原因なのだから、その判断は正しいと言えなくもないのだが、残された一志にしてみれば、置き去り感を否めない。
「今日会った子なんて、もうお父さんに挨拶されてるから、婚姻届にハンコ押すだけなんだ!」
「違うっつーに!」
こうなると、会話が成り立たない。
手がつけられなくなるのは毎度のことだが、この娘は、ほっとくと、凶器に手が伸びる。
結局この日は、最初から最後まで、一志に頭を抱えさせることになった。




