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「あ~~~~~~ん」
快晴と呼ぶしかない、じつに澄みきった青空の下で、少女の泣き声が響き渡る。
「エ~~~~~~ン」
「ちゃんと考えずに、んな作戦を立てるから・・」
「そうそう、もう少し実行に支障はないかぐらいは判断して・・」
しのぶのリクエストで、とりあえず、最初にホラーハウスを巡ることになった。
異性に抱きつく口実を作り、かつ、か弱い自分もアピールできたりもする、ベタな作戦である。
ほかに決めてるアトラクションがあるわけでもないので、とりあえず園内にいくつかある中で、一番ポピュラーなここを選んだわけだが・・・
「エ~~~~~~ン」
その結果がこれである。
しのぶは、本気でしがみついたり、怖がったり泣き出したりしてしまったというわけだ。
恐怖度星一つ、一志にはリアルなモンスターの展示のようで、逆にワクワクしたが。
「それにしても、こういうの平気なんですね」
やけにあっけらかんとしている茉璃香を意外そうに、一志はそう訪ねてみた。
「だって、私の父が技術提供したのって、ここなんですもの。中のロボット達、外で一通り見たことあるから」
「ひきょうものー!」
「ここを選んだのは、お前だろうが」
これは・・しのぶの作戦は、概ね成功したと思っていいのだろうか?
「さて、じゃあ今度は、もっと大人しめのものにしましょ」
茉璃香が指差したのは、このテーマパークのどこからでも視認できる、目玉の一つ、大観覧車であった。
休むぐらいなら、ちょうどいいかもしれないと、一志もパンフで確認する。
「なになに・・完全防音、AVカラオケ機能完備。リモコンひとつで、全面の窓がモニターに早変わり。ドリンクサービス付き・・・って、いいのか?」
なんだか、観覧車本来の用途から、大きく外れているような・・・・・
「おうおう、可愛い娘、二人も連れてるね」
「うおぉ!」
パンフレットに見入っていた最中に、一志は上から声をかけられ、思わず退いてしまった。
ベタベタな登場をするヤンキーなどで、恐れおののく一志ではないが、これは仕方ない。
太陽を遮るように、ぬおっと現れたのは、黄土色のサボテンであった。
「いやいや、両手に花を絵に描いたようで、実にうらめしい」
今度はサボテンの後ろから、迷彩色のカニが現れた。
「・・・それほどでも・・・あるけど」
「フガーーーーッ!」
一志がたんたんと述べた事実がよほど気に障ったのか、サボテンが掴みかかってきた。
そんなもの、よけられない一志ではないが、先にカニの方が、後ろからサボテンを羽交い絞めにした。
そのまま、ズルズルと離れまで引きずっていく。
「なんなんだ?」
なにやら、そこでうずくまってコソコソとないしょ話を始めると、疑わしいことこの上ないが、大した用もないのなら、そのまま消えてほしいものだ。
「あっ、もどってきた」
そう言うしのぶを後ろにかばって、やり過ごそうとするが・・
「可愛い娘を独占している、悪魔のように君には、このブレスレットをプレゼントだ」
そう言って、サボテンの手(?)から、金属製の二つの輪っかが差し出された。
「ブレスレットねぇ~」
そう言うからには、これは両腕につける物なのだろうが、それが真ん中で繋がってるブレスレットなど聞いたことがない。
「あっ!」
「えっ!」
一志が、不意にあらぬ方向を指差す。
すると、つられてそちらを向いたサボテンのスキをついて奪い、その手(?)に手錠をかけてやった。
「あ?!あーーーー~~~!」
ガシャンと装着されると、中でモーターが発動して、不可視なワイヤーでも取り付けてあったのか、サボテンは飛ぶような勢いで、どちらかへと、地面を引きずられていった。
緑のカニが、それを追いかけていく。
「なんだったのかしら・・」
このテーマパークについて前知識のある茉璃香でも、ちょっと予想外の出現だったらしい。
さもあろう・・・
「さあ、なにかの特殊イベントか、アトラクションのお誘いだったんじゃないんですか?ちょっと見てきます」
「あ、お兄ちゃん」
その腕をほどいて、名残り惜しそうにするしのぶを停めて、一志は駆けていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あ~、えらい目にあった」
「おかしいな、なんで引っかからなかったんだろう?」
「やっぱり、お前らか!」
引きずられて、かぶり物の残骸を追って、たどり着いたダストシュートの前で見つけたのは、ズタボロになったサボテンからはみ出した功一と、カニのパーツを外した清隆だ。
「なんでわかった!?」
「こ~んな、あからさまに怪しい格好と行動が似合うのは、お前らぐらいだ!」
なんだか、一度にいろいろ非道いことを言っている。
「で、さっきから、なにやってるんだ?」
「それは、こっちのセリフだ!一志!まさか、オレ達とのあの約束、忘れたわけではないだろうな?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・忘れてた───とは素直に言えない空気。
そういえば、そんなものもあったかな、体育館裏で交わした、その場しのぎの口約束。
「今回は、俺も巻き込まれた方なんだけどな・・」
確か、一志の方から手を出さないであっただろうから、そんなに逸脱してはいない。
「へ~、どう巻き込まれたら、可愛い娘と美人さんにはさまれてデート❤、なんて事態におちいるのか、ぜひ伝授して欲しいものですな」
当然、そんなことで納得してくれるはずもない。
「・・・それで、ひがんで邪魔しに来たと・・」
「違う!お前が可愛い娘を独占しているのが許せないだけだ!」
「・・・・・・・・・・・」
なんで、人のいいところを一緒に喜べないような輩は、こう、要領が悪いんだか・・
んなことするヒマがあるなら、見習って、マネして、自分も同じものを手に入れて・・それで済むだろうに。
理屈から言えば、そのとおりだが、そんなに気持ちが切り替えられれば、誰も苦労しないか。
だいたい、他のことならともかく、一志の今の境遇は、努力云々で手に入る類のものではないのだから。
だからといって、無制限に許せる行為でもない。
「わかった。じゃあ、これから俺がなにをするか?よく見ていろ」
そう言って、一志は返答など待たずに踵を返した。
しのぶと茉璃香のもとに戻ろうとすれば、おいそれと顔を出さないのは計算のうちだ。
「あ、戻ってきた」
「いったい、なんだったの?」
「なんでもないです、気にしないでください」
説得力のないことを言いながら、一志は二人の前に立ち止まる。
そして。
「せーの、GOー!」
「わっ?!」
「キャッ?!」
止まった一瞬をフェイントにして、一志は二人の手を取り、駆け出した。
「逃げたー!」
「追えー!」
当然、功一と清隆が追いかけてくる。
あんなナリで、こちらにどう離されずに着いてきているのか、振り向きたい衝動に駆られた。
「よし、あれだ!」
一志が目指したのは、とある乗り物。
園内のほぼ中央の湖のすそにある、球体の絶叫マシンだ。
「乗ります乗ります」
「駆け込みは、禁止です!」
係員の当然の苦情を無視して、一志は乗り込む。
しのぶと茉璃香を押し込むようにシートに座らせると、ベルトを着けさせ、自らもベルトを着ける。
「怪しい奴らに追われてるんです!早く出してください!」
なにを言ってるんだかと、係員は怪訝な顔をするが、現に追って来ているヤツ等を見つけて、ギョッとする。
「捕まえろー、そいつは悪魔だー」
「そのとおり~、ほうっておくと、この世はとんでもないことになるぞ~」
なにしろ、お前らに言われたくないみたいな格好をしたものが、迫ってきているのだ。
「出します!」
これはもう、責任の云々より、逃避から、とっとと出してしまうしかないだろう。
係員が合図をすると、三人を乗せた球体が釣り上げられ、振り子運動を始めた。
「バカめ、袋のネズミだ。こんなところに逃げ込みやがって」
「そのとおり。この手のマシンは、スタートとゴールは同じなんだ」
確かにその通り。
そうでなければ、また乗り物をスタート位置に戻す手間が増えてしまう。
今、振り回されてる黒い玉が、やがて降りてくるのを待って捉えればいい。
「よーし、出口を包囲。停止と同時に突入する」
「ラジャー」
ノリは、テロリストでもせん滅しに来た特殊部隊か・・・格好は変態だけど。
そんな感じで、ランダムに揺れ動く玉が、止まってくれるのをひたすら待つ。
ときおり聞こえるしのぶの悲鳴は楽しそうであったが、二人を激情に駆らせるには十分であった。
「アンカー用意!」
歩いてたどり着けるところに、そんなもの必要なのか・・もはや、まともな判断力もなくなった功一と清隆の目の前で、玉がゆっくりと、その動きを止めた。
「撃てーっ!」
「ファイヤー!」
清隆の、どこぞに携帯していたランチャーが火を吹く。
見事命中して、強力な電磁石とワイヤーで、二人の体を繋いだ。
「ああ・・最後のワンアクションが・・」
そこまできて、やっと係員が声をかけることができた。
ガコンと、なにかが外れる音がする。
「キャーーーー・・」
途端、誰ともわからない悲鳴が、空へとかすれていった。
通常、この手の乗り物は、スタートとゴールが同じものだが、これは例外。
最後には逆バンジーで、球体ごと中の人間を湖の向こうまで飛ばしてくれる。
その名も、『タイタニックハンマー』
ちょっと引っかかるが、その名の通り、巨人が振り回すハンマーのような体感をさせる、スリルと爽快感がウリの絶叫マシンである。
「キャーーーーーー❤」
そして、巨大なハンマーは反対側でドスンと受け止められ、ゴロンゴロンと転がって、無事に停止する。
パンフレット覗いた、とっさの閃きだけで、こんなとこに逃げ込んでしまったが、押し寄せるGは、かなりキツかった。
「こういうのは、平気なんだな・・」
終始、楽しそうで、ケロッとしているしのぶ見て、ついさっきまで泣き叫んでいた姿と照らし合わせて、一志は呆れてるようにそう言った。
「そういえば、最後のグチャって、なんだかカエルを潰したみたいな連想しちゃった、ヘンな感触。あれは、いらないと思うんだけど・・」
「さあな、本当に、カエルでも潰したんじゃねえの。本番までには、綺麗に片付けてあるから、大丈夫だろう」
世の中、どーでもいいことは、気にしないに限る。
「さてと・・・」
気をとりなおして立ち上がると、一志は隣にいる茉璃香に手をさしのべた。
なんだか、こういう行為に、少しずつ慣れてきたみたいだ。
立たせてあげようと、優しく、茉璃香の手を取った。
「えっ!?」
不意に、一志は驚く。
引き上げた茉璃香の体が、力なく、一志に倒れ込んできた。
「あ~ーーーーっ!」
もつれるみたいに出てきた二人の姿に、しのぶが大声を上げるが、それどころではない。
その拍子に、茉璃香の腰のポシェットの中身がバラバラに飛び出した。
それらは、錠剤や、美容ではなく薬用クリーム、緊急連絡用のコールスィッチといった・・・まるで、外出を許されたばかりの、重病患者の持ち物ではないか。
知っていたはずだ!茉璃香の境遇は、たった二ヶ月前まで、ベットから起き上がることもできない体であったことも。
人並みの体力など持ち合わせてるはずもないのに、やけに元気なふりをしていたことも。
そんな人を考えなしに、走り回して、こんな心臓に悪い乗り物に詰め込んで。
あまりの迂闊さに、自分自身をぶん殴りたくなる。
「はなれて~!」
しのぶが、二人の間に割り込んで、引き離そうとしていたが、この時ばかりは、そんなわがままを聞いてやるわけにはいかない。
「しのぶっ!」
「うっ・・うわ~~~~~ん」
しのぶは、泣きながら、駆け出してしまった。
一志に、本気で叱られたことなど、初めてだったのではないか。
怯えて、そして本当に悲しそうに逃げ出してしまったしのぶを見て、一志はまたしても後悔する。
「・・わたしは・・・へいき・・だから・・・・はやく・・しのぶちゃん・・・・おいかけて・・あげて・・」
そんな、今にも消え去りそうな声で、平気も何もないものだ。
「あの・・大丈夫ですか?」
幸か不幸か、こちら側の係員は女性だった。
「申し訳ありませんが、こちらもトラブルがあったようでして・・」
控えめに、手伝えないと要求してくる。
事情を知らない者には、少し気分が悪くなったぐらいに取られてしまうだろう。
しのぶだって、そうだったのだ。
それを勢いで、怒鳴りつけてしまって、ちゃんと謝らねばならないが、今はこっちだ。
「かまいません。どこか医務室か、近くで横になれるところはありませんか?」
「突き当り右すぐに、休憩所がありますが」
最後まで聞かずに、一志は茉璃香を抱えて駆け出して、そこでやって来た別の係員と入れ違いになる。
「なにかあったんですか?」
「それが、サボテンとカニが、玉に轢かれたとか・・わけがわからん」
少しでも早く、ここを立ち去ることにした。




