2
「オース」
「おはよう」
大仰な校門の前で、朝の挨拶が飛び交っている。
一志としのぶも、その中に加わった。
「どうしたの?元気ないよ。もっと背筋伸ばして」
「お前のせいだろうが!朝っぱらから、余計な体力使わせやがって」
もう、予鈴が近い。
遅刻はまぬがれたが、一志は、いつものように、げんなりしていた。
「よっ、お二人さん。相変わらず」
「しのぶちゃん、おはよう」
やっぱり、待ち伏せしているようなタイミングで、この二人が現れたからだ。
「また、お前らか・・・」
後ろからかけてきた男子生徒の声に、一志は、めんどくさそうに、首だけで振り向いた。
二人乗りしてきた通学用ロボットを降りながら、挨拶してきたのは、こぞって眼鏡をした、痩せ型と小太りな男子生徒。
一志としのぶのクラスメイトで、悪友の、功一と清隆である。
「功一くん、清貴くん、おはよう」
しのぶから、そう挨拶を返されると、二人は同時に、デレっと表情が崩れる。
見ての通り、この二人、こぞってしのぶに気があるようで、一志との付き合いは、その延長だろう。
「しのぶちゃん。今日も朝から可愛いね」
「今度の連休どこか行かない?」
「う~~~~ん、また今度ね」
そんな意味などわかってないみたいに、しのぶは、同じクラスの女子を見つけ、そちらの方に行ってしまった。
飛び跳ねるような足取りが、功一と清隆の視線を釘付けにする。
「はあ~~~、いいなぁ~、しのぶちゃん」
「う~ん、学校一だよ」
清隆が、常時装備しているデジカメで、先に行くしのぶの横顔を撮った。
「後で、データ回せよ」
そんなやり取りをする二人を横目で、一志は、ため息を吐く。
「恥ずかしい奴らだな・・・」
「なにを言う!漢として、当然の行為だ」
「そのとうり、いくら兄とはいえ、それがわからないとは、嘆かわしい」
そりゃこっちのセリフだ・・・と、言いかけて、一志はやめた。
言い合いになるのも、あまりにも虚しく思えて・・・
「この野郎。あんな可愛い娘、妹にしやがって」
「まったく、まったく。今度、代わってちょうだい」
「ぐげげげげげげ」
二人して、チョークスリパーと、ベアアッグかけてきた。
妹にしやがってか・・・・・
実際、そのとおりだと知ったら、この二人、どんな顔をするだろうか・・・
い~や、この二人どころか、学園中か、あるいは、世の男性全てが、黙っていないのではないか。
十年前、その片鱗はあったが、しのぶはすっかり、快活な魅力にあふれる美少女に成長していた。
再会した時、戸惑うほどに・・・
それがなぜ、今、同い年の男児と、同じ姓、家族として、すごすことになっているのかというと・・
じつは、しのぶの方の保護者であったはずの、国岸創時郎が亡くなったのだ。
それが、一年前。
死因は脳溢血で、高齢でもあったし、天寿を全うしたと言っていいだろう。
そこで、かつての縁を頼りに、他に身寄りのない子を預かることになったというわけである。
こうして、別々に引き取られていったはずの、二人が再会して、また兄妹となってる暮らしているという運命は、それなりに、感慨深いものがあるが・・・やはり、問題の方が大きい。
「ふざけんな!」
一志は、力まかせに、功一と清隆を振り払った。
「兄なら兄で、いろいろ苦労もあるんだよ。お前ら浮っついた奴らに、それがわかってたまるか!」
「浮っついただと!最近増えた、ミーハーな奴らと一緒にするな!」
「そのとおり!僕らは昔から、しのぶちゃんの可愛さに目をつけていたんだぞ!」
文句を言う論点が違う・・・そう、つっこむ意欲もわかない。
一志は本来、引き締まった口元と、太めの筆で引いたような眉が、意志の強そうな印象を与える相貌の持ち主なのだが、このところ、苦悩続きのせいで、そんな印象も、薄れつつあった。
「最近増えた・・・」
とりあえず、一志は、チラリとよぎった疑問をつぶやいてみた。
「そうだな、なんというか・・笑顔が増えた。いい表情をするようになったんだよ」
「おかげで、こんな画像で、お小遣い、稼げるようになってね・・」
「なんだとっ!?」
一志が、思わず清隆につかみかかってしまったが、間に、功一が割って、止めた。
「よせよ、別に、俺たちが売りつけてるわけじゃないぞ。内緒で欲しいって奴らが、けっこういるだけだ」
・・・それなら、いくらか納得かと、一志は、怒りの矛先を収めた。
いや、人の妹を勝手にダシにして、小銭を稼いでいることには、変わりないか。
「そうそう、僕たちに言わせれば、なんで、お金を出してまで欲しがるのか?可愛いものをいつも眺めていたい、映像に収めておきたい、そういう自分の願望に、素直になればいいのに」
それは、他の女生徒からの視線が、気になるからだよ・・・さすがに、
校内で、可愛い子だけ選んで、カシャカシャやってれば、女子は引く・・というか、最悪、性犯罪者的あつかいである。
小銭程度で、そういうこと引き受けてくれるのであるならば、考え方によっては、貴重な人材だったりするのだろうか?
「よーし、次のシャッターチャンスは、三時限目の合同体育のマラソンだぞ」
「僕としては、男女別々でも、器械体操が好みだけど」
・・・・・こいつ等の、人的評価は諦めるとして、一志が気になったのは、しのぶ好感度が、変わったということだ。
ここ最近とのことだが、この二人の感覚で、最近ということは、どれぐらいだろうか・・・
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
声かけづらい雰囲気の二人に、どう尋ねるか、考えあぐねていたら、鳴り出した予鈴が、一志の疑問を一時遮断させた。
そして、後にも、それを尋ねることはなかった。
ほかの生徒に混じって駆け出していく中で、確認したところで、それに、一体どんな意味があるのかという新たな疑問に、答えが出せなかったからだ。