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 ところ変わって、ここは地下室。

「いよいよ開園だ、プリティムーン」

「いえ、河合月登かわいつきとです。金田園長・・」

「ビーナスと呼ばんか」

「・・・・・・・」

 月登という青年は、この時、歳は倍、体格は三倍、役職は最上位あたる上司に、嫌悪感を覚えた。

「園長、よしましょう。ちゃんと社会的立場のある人間が、なんでそんなニックネームで呼び合う必要があるんです?」

 ちなみに月登の言う園長とは、金田権造かねだごんぞう

 深く窪んだ三白眼に、頬から下顎、耳まで脂肪でたるんだ顔面に、警備員用のスーツが弾けそうな巨漢の持ち主である。

「なにを言う!現代社会に疲れた人々に、癒しと愛を与えてやる、言わば我々は夢の住人。この小さく儚い世界と一つとなり、訪れるお客様に満足していただくためにも、この程度のことで恥ずかしがってどうする!」

・・・・・恥ずかしがらんで、どうする。

 ここは、薄暗い、地下のモニター室。

 お客様はおろか、他のスタッフだって、敬遠して、やって来ない。

 なにが悲しゅうて、こんな場所で、ブルドッグとセイウチを足して二倍したようなオッサンを女神さまと同じ呼称をつけねばならんのか・・

「あの~、金田園長」

「・・・・・・・・・・・・」

す」

「なにか引っかかったが、よしとしよう。なにかね?」

「・・我々の管轄は、この場で、このテーマパークの監視と管理ですよね、お客様に安心して楽しんでいただくためにも、あえて気を引き締めて、事故事件の発見、未然防止こそが、我々の指命ではないかと、私などは思いますが・・・」

 熱意なく、淡々とした口調で、月登はそう主張した。

「そんなことはわかってる!だが、社内投票の人事異動の結果で、こんなところに追いやられたのだから、仕方ないだろう」

「・・・・・」

 結局、アナタの趣味なんですね・・・そう言い返せない、下っ端社員の悲しいサガ

「私だって、本当は、ぬいぐるみとか被って、直接子供達の笑顔なんかに触れてみたかったんだ」

 ・・・子供が泣くというか、大人でも引きつけ起こしそうな巨体で、この上なにを被ろうというんだか。

 生まれ持った体型で、仕事を選べないというのは、なんとも悲惨な話だが、ここまで、自らに似つかわしくない希望を提示されると、同情もしにくい。

 そもそも、追いやられたというのであるならば、新人であるこの身も、同じ立場である。

 誰も来ないこんな場所で、本来なら、最上階でふんぞり返ってていいのに、現場にしゃしゃり出てきた上司のご機嫌取りまでやらされて・・

 なんだか月登は、魔物と一緒に、地下室にでも閉じ込められてる気分になってきた。

「行くぞーっ、モニター異常なし!全システム正常」

 巨大なイモムシのような指が、蝶のように軽やかに、キーボードの上を舞う。

 月登も、自分より遥か有能で、仕事熱心で、それでいて尊敬できない上司に続いた。

「よーし!我々はこの場より、みんなの笑顔を支えるのだ。プリティムーン!」

「う~~~ん、できればそのまま、下敷きで、埋もれててほしいですな」

 この時の会話は、二人の装着しているインカムによって、全スタッフの失笑を買うことになる。

 このように、娯楽施設というものは、なにより裏で苦労する人々によって支えられてるものなのだ。

 そういった人の努力は、時として、決して表に出してはいけないものある。


「とうちゃ~く」

 三人はゲートをくぐり抜けて広場に出ると、茉璃香は一人飛び出して、振り返える。

 周りにいる幻想種のロボットや、ホログラフと並んでも遜色されず、一緒になって、歓迎してくれてるみたいだった。

「よく、こんないいチケット取れましたね?」

「私のお父さんが、ここにいくつか技術提供してるそうなの、それで私もいただいた方だから、今日は遠慮なく楽しんでね。しのぶちゃんも、なんて顔してるの?ダメでしょ、もっとハッピーに・・」

「うるさーい!」

 なんだか、しのぶは今、泣きそうなのをこらえてるみたいだった。

 一志には、しのぶを打ちのめしたものがなにか、確信してしまった。

 さっき茉璃香の腕を掴まれたときに伝わった、茉璃香の女性としての部分。

 豊かで、それでいて無駄のない、異性である一志はもちろん、同性のしのぶすら、太刀打ちできない迫力みたいなものを感じ取ってしまったのだろう。

・・・・・こういうことは、半端になぐさめると、逆に傷を広げてしまう。

「・・・・・あ~、しのぶ、ほんっとに今日は、楽しくやろうぜ、余計なこと考えないで」

 照れながらも、一志はしのぶの手を取った。

「ほら」

 そして、反対の手で茉璃香の手を取る。

「こんな、三人でデートなんて変な状況を作ってしまったのは、俺のせいだよ。誰だって、泣かせるようなことをしたくなかっただけなんだけどな。だから、お前が怒るとしたら、俺に対してのはずだろ、今更だけど、電撃ぐらい、いくらでも受けてやるよ。茉璃香さんも、そういう刺激的というか、周りを挑発するような・・・自覚あるのかないのか知りませんが」

 そこまで言って、やっぱり恥ずかしのか、ちょっと考えてしまう。

「・・・二人とも、俺を必要してくれてるのは嬉しいけど、取り合いされるされるほど大した男じゃないぞ、俺は。とりあえず、今日はここを楽しむことにして、勝負なんてこだわらず、もっと俺のことを冷静に判断してほしいんだ。俺も二人の気持ちにちゃんと答えたいから」

「うん・・・」

「・・・・・」

 一志の本心をどれだけ理解してくれたかわからないが、とりあえずは、納得してくれたみたいだった。

 繋いだ手が両手になって、両腕になっても、お互いなにも言わなかった。

「じゃあ、わたし、最初にホラーハウスに行きたい」

「おまえは・・・」

「ダメよ、そういうのは、他のアトラクションを回って、元気で明るい女の子をアピールしたあとの方が、効果的なんだから」

 ようやく、三人は心を一つにすることができたのであろうか。

 そのまま歩き出した三人は、皆はにかむような笑みがあった。

 ただ、三人は知らなかった。

 それがつかの間の安息であることを

 それをぶち壊してやろうと暗躍する、謎の二人組がいたことを

 ・・・・・いや、謎と呼ぶほどのことではないが、あまりにも得体のしれない二人組なので、ここはあえて、こう記載することにしよう。


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