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時は昔に逆上る。
里柾祈吉は、院生から助教授の地位を築き、そこで知り合った女学生と、数年の交際を得て、結婚を果たした。
それから娘も授かり、順風満帆な人生が約束されたような矢先、不慮の不幸が彼を襲う。
妻の体が、原因不明の病に蝕まれたのだ。
そして、看病の甲斐もなく、長い闘病の末、幼い娘を残して、帰らぬ人となった。
それから数年。
その悲しみの傷も、ようやく癒えてきた頃、悲劇がまた繰り返されようとしていた。
娘にも、妻と同じ病の兆候が見られたのだ。
恐怖に等しい喪失感の中で、祈吉は二つの希望に縋った。
一つはもちろん、病の解明。
これは専門に任せるとして、もう一つ。
それは、娘の代わりになるものを作り上げるというものだった。
狂気な発想だが、娘を失う父の深い悲しみを誰が攻めることができる。
まして、そこにたどり着く、一縷の可能性を見い出してしまったのだから。
国岸創時郎―――人外の天才である。
体にあたる部分は、自分の専門として、現在ある技術を極限まで、娘に近づければいい。
問題は頭脳、心にあたる部分である。
そこで創時朗に依頼したのは、機械の体に人間と同じ反応を示す、魔法のような人工頭脳。
「そして、やってきたのが、このr―10978というわけですか・・・」
「そう、それは受信装置。本体のt―10978は、現存する人間に装着させて、AIをおぎなうという、私の依頼したものとは、やや違う物だった・・・と思っていたのだが」
こうして、動いてる彼女を見ると、完成形と言っていいのだろう。
作った本人でも驚いているとなると、このr―10978には、装着した機体をブーストする、余計な機能でもついているのか?
「それじゃあ、彼女は・・・」
「恥ずかしながら、私が作った。機名は、そのまま茉璃香の名前を与えるつもりだった、おそらく、現在世界最高峰のロボットだよ」
「・・・・・・・・・・・」
事情はわかったし、彼女の正体も理解できた。
それでもいたたまれない気持ちが消えたわけではない。
「あの・・奥さんと娘さんの病気は、なんだったんです?やっぱり、今でも原因不明で?」
「ああ、それなら特定できた。ウイルス性の筋肉硬化症だ」
「ウイルス性筋肉硬化症?」
「そう、筋肉硬化症という病気は、外傷やストレスなどを要因に、文字通り全身の筋肉が固まっていき、症状が内蔵に届いたり、患者の神経衰弱により、じわじわと死に至らしめる悪魔のような病気だ。それが妻と茉璃香の場合、ある特定のウイルスに、拒絶反応的に、今回のような症状を引き起こしてしまったそうだ」
そういうことかと、一志もカプセルを覗いてみる。
このカプセルのことは、あるメディアで紹介されていて、一志の知識にあった。
冷凍睡眠。
現状、治療の見込みがない重症患者を遥かに未来かもしれない、医療の発展に希望を託し、仮死状態にして延命させる、最高医療技術の一つだ。
そして、寝ている彼女の頭部に装着されてる、黒い突起でデコボコのヘルメットが、茉璃香の心の対となる、t―10978なのだろう。
でも、凍結された脳から、なんらかの情報の伝達など、あるはずはないか・・・茉璃香が動いているのは、凍結される前の僅かな残思を拾ったか、あとは、内蔵されたAIのせいだろう。
「それを受け取ったのが二年前で・・用途と異なるし、病弱な娘にかぶせるのもためらわれたので、しかたなく封印していたのだが、それを二ヶ月前、茉璃香の凍結するついでというわけではないが、一緒にカプセルに入れることにしたのだが・・・」
「二ヶ月前・・・」
彼女の起動時期と重なる。
おそらく、ここではない、どこかの個人で使える秘密のラボで完成して、装置と本体がシンクロする間に、フラフラと夢遊病者のように、そこから逃げ出してしまったのか。
あるいは、茉璃香本人の、自由に飛び出したい気持ちが、乗り移ったのかもしれない。
茉璃香の処遇が最後まで心配だったが、一応、即解体などという危険はなさそうだ。
「でも・・こちらの茉璃香さんは、たとえ遠い未来で、蘇生できたとしても、世界も周りの人々も全て変わっている、孤独と戦わなければならないわけですか・・・」
「うむ・・娘も本来なら、今年の春から、この大学に通っていたというのに・・・いや、違うぞ!病原は特定できたと言っただろう。治療法は確立されてて、ワクチンも完成しているのだ」
「えっ!?それじゃあ・・」
「茉璃香は助かる。この時代で解凍して、完治する、世界でも、希な例となるだろう」
「そういうことですか」
一志も、心から安堵した。
部外者の一志に、いろいろしゃべりすぎではないかと思ったが、問題が概ね解決しているからであったか。
一志が胸をなでおろす後ろで、扉が開いて、なにかが出て行く気配がした。
そこで、ハッとして振り向くが、そこには誰もいない。
「追わなくても、大丈夫だよ。あの状態では、遠くへは行けまい」
そのとおりではあるが、残酷な事実であった。
「あちらの茉璃香さんは、どうなります?」
「回収、処分ということになる。機能停止させて、外装をはずして、とりあえず保管する」
「そんな・・・・・」
「仕方あるまい・・茉璃香は、明日、いや今日にも目覚めさせる予定なのだ。ならば必然、この装置は外さねばならない。それにもう、活動限界だ・・」
「・・・・・・・・・・・」
一志もまた、なんとなく察してしまった。
この人もまた、自らの手で作り上げたものを破壊しなければならないという矛盾に苦しんでいると。
傑作であるかどうかではない。
娘と全く同じ形をしたものであるということだ。
寂しさに耐え兼ねて、こんなものを創作していたなど、誰にも・・たとえ茉璃香本人にさえ、打ち明けてはいまい。
それを衆目に晒すなど、娘達のためにも、できようはずがない。
「彼女と、茉璃香さんと話してきます」
一志も、茉璃香を追って病室を出た。
探すまでもなく、やって来た階段を駆け上がった、一つ目の窓のところに茉璃香はいた。
薄明るくなりだした空を眺めるその姿に、なにか言ってあげたかったのだが・・・
「なくなるはずだった娘さんの代わりか・・・・・思っていたより、まともな理由だったわね。その娘が助かって、私もまだ動いてるというのは、滑稽だけど」
そんなことはない!
そう、強く否定してあげたかった・・・
茉璃香にも、わかってはいるのだ。
自分が必要とされなければ、それでいい存在なのだと。
失われるはずだった、生命が助かり、作り物でない、本当の親子が幸せになれる。
でも・・・・・
「人は、生まれ変われることを神様に願えばいいけど、私は一体、誰に願えばいいのかしら・・・」
「神様が本当にいるなら、あなたの願いも、ちゃんと聞き入れてくれるさ」
一志が、茉璃香のそばに立つ。
やっと、かけられる言葉が見つかったようだ。
「あなたにも心があって、泣いたり笑ったりできるのなら、あなたも茉璃香さん本人だ。大体、魂って、どこから来てどこに行くのかなんて、作り話ばっかりなんだから」
「・・・私にも、魂があると?」
「そうじゃなきゃ、説明がつかないって・・あの博士だって、あなたがこうして動いているのを不思議がっていたじゃないですか。大丈夫ですよ、きっと。神様だって、間違って魂を入れてしまったのなら、ちゃんと連れ戻してくれますよ」
気休めに過ぎない少年の言葉が、なんて気持ちいいのだろう。
そして、この時ある気持ちこそ、決して失いたくないと、届かない存在に願わずにはおれなかった。
「・・・・・・・あの妹さんが、羨ましいな」
茉璃香は窓から手を離し、決意を込めて向きなおすと、再び階段を下りようとする。
あとを着いていこうとする一志をそこに止めた。
「見送りは、ここまででいいよ。そうだ、ひとつ約束してもいいかしら?もし、私が生まれ変わることができたら、真っ先に、あなたに会いに来るから」
「もちろん。そのときは、妹でも、恋人でも、なんにでもしてあげるよ」
わずかの間も置かず、そう、一志は即答したのだった。
「そんなこと言って、私、絶対忘れないから」
それが、茉璃香との最後の言葉となった。
人の勝手な事情で作られ、勝手な都合で処分される。
だが、それが最良だと受け入れた彼女の決意が、プログラムなんかであるものか。
朝日に消えていく茉璃香の背中を一志はずっと、忘れることはないだろう。




