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「ああ・・それで、遅くなりそうなんだ。いや、今夜は帰れないかもしれない。ゴメン、今度どこかに行くっていう、約束は守るから・・いや、そんなんじゃないって。心配するな。じゃあ、切るぞ。違う違う、だから泣くな」
家に電話をかけたはいいが、最初のコール音が鳴り止まぬうちに電話を取ったしのぶが、なかなか離してくれない。
歩きながら説き伏せて、やっと電話を切ることができた時には、公園から、駅までたどり着いてた。
そんな様子を隣で観察していて彼女は、「やっと納得してくれたと」電話を切った一志を「全然納得してないでしょ」と、からかった。
誰にでも、優しくするからだ・・とまでは言ってあげなかったが。
移動の電車の中で、いくつかの会話も交わした。
まず、先ほどの男。
このまま放っておくことになった。
こちらにも、非がないわけではないし、なにより、もう関わり合いを持ちたくない。
なんでも、どこかの予備校生で、自分でもこれでいいのかという態度で、二言三言言葉を交わしたら、あとは一方的にまくし立てられ、夢中になったとのことだ。
理想を投影して、都合の悪いことは、相手のせいにしてしまうタイプか。
それにふさわしい結末を迎えたのだ、同じ罪をまた起こす、度胸も行動力もないだろう。
あとは、お互いのことをチラチラ話すことになったが、彼女の方から話せることはほとんどなく、一志の方から、話せる範囲で生い立ちなどを打ち明けることになった。
彼女は簡易な調査で、一志が創時郎の血縁者だと思っていたらしいが、そうではないらしい。
孤児院に捨てられて、間違われて連れて行かれた、悲惨な過去の持ち主で、それでも、困っている人には手を差し伸べてしまう。
そんな彼の気概に、感銘を受けた。
・・・本人は、それでも、得られるものも多く、気にしない人生を送っていて、照れくさいだけだろうが。
それはともかく。
今気にかけるべきは、彼女の処遇である。
もう二度と現れない・・・そう言って、立ち去る後ろ姿は、本当に消えてしまいそうで、引き止められずにおれなかったのだけど。
これが、よい結果を生む保証など、どこにもないのだ。
彼女は、いかなる目的で存在しているのか?
人と同じく、ロボットが社会に進出できる───それは夢のような話だが、今の彼女を見ていると、人と同じ心を持ち、所詮、道具として扱われるその身が、あまりにも可哀想でならない。
作った者の気持ち次第では、それこそが存在意義などということもありえるのではないか?
・・・・いや、もう少し、制作者の意志を信じよう。
自身の嗜好に、現代科学を凌駕するような・・・そんな、あのジジィみたいな科学者が、他にもいるのかみたいな恐ろしい考えをして、慌ててかぶりを振った。
とにかく、どのような結末でも、心の準備だけはしておかねば。
一志は、儚げに流れる夜の街を眺めながら、決意を固めたのだった。
「ここなの?」
「そう、間違いない・・・」
列車を乗り継ぎ、可動部が損傷したのか、ふらつく彼女を支えながら、日付も変わろうとする時刻にたどり着いたのは、町を二つ超えた、とある大学病院だった。
「なんだか、大規模な工学施設とか、怪しい企業の研究所とかを連想してたんだけど・・」
「悲観しすぎだって、ちょうどいいから、その傷を治してもらおうか」
労い、冗談めかして、一志がそう言うと、彼女も笑ってくれた。
そして、その心中は、その笑顔がいつまでも続いてくれることを願わずにはおれなかった。
思い悩んでもしかたない。
もう覚悟は決めたはずだ。
「さて、問題はどうやって中に入るか・・」
当然、外来の時間など、とっくに過ぎて、門も閉ざされている。
電波の発信源は、間違いなく、この院内。
さらに特定するためには、かなり広い敷地内に潜り込まなければなるまい。
見つかって、捕まって、即、解体などということはないだろうが、それでも、無断で医療施設に潜入しようとしているのだから、いくつものセキュリティシステムに対峙しなければならないだろう。
ならばここは、急病人のフリをしてでも・・・・・
「中に、私のこと知ってる人に、開けてもらえないかしら?」
「・・・・・・・・・・」
考えてるポーズのまま、一志は固まってしまった。
「それが、現実的か・・」
とりあえず、インターフォンでも見つけることにする。
「茉璃香!」
その時、誰かの名前を呼ぶ声がした。
どこか、病院内からだったと思われたが。
「茉璃香!」
もう一度呼ぶ声がした。
今度は、はっきりと、方向も、場所も特定できた。
通常の玄関からでなく、どこかしらの裏口からであろうか。
そこから、年配の白衣の男性が駆けてきた。
門を開くのもまどろっこしそうに、体をぶつけながら表に出てきた。
「茉璃香なのか!?いや、違う。ありえん!これは、どういうことだ」
「あなた、私を知ってるんですか?」
彼女の方も、動揺していたのだろう。
うっかり、ジャンパーがはだけて、傷である機械部分が露出してしまった。
「教えてください!私は一体なんなんです」
「信じられん、なんと自然な。起動していたとは・・確かに、外部からの侵入の形跡がない以上、内から外に出ていったと考えるしかないが・・・」
彼女が機械の体であることより、こうして動いていることに驚愕している。
ということは、この件のかなりの中心人物か。
「あなた誰です?さっき、彼女を名前で呼んでいましたけど、それが彼女の名前なんですね。我々も、詳しく知りたくてここまで来たんです」
どうやら、どちらも事情を聞きたい、知りたい───そんな事態のようだ。
「う~~ん、どこから話したらいいか・・ここでは、なんだな」
そう言って、病院の中に案内されることになった。
通されたのは、院内関係者用の裏口からで、、静まり返った簡素な建物内を歩くことは、かなり緊張と、警戒があった。
まず、男性の方は、里柾祈吉と名乗った。
白衣を着ているが、この病院の医師というわけでなく、同じ関連大学の工学科の教授らしい。
医療機器の開発、製造にかかわることもあるが、今ここにいるのは別件だそうだ。
そして、一志は自分が、あの国岸創時郎の身内だと紹介して、少なからず、驚かせた。
「ほ~お、あの人の、お孫さんかね」
「いえ、違いますが・・あのジジィ、いえ、祖父のことをご存知なんですね」
自分で言ってて、違和感があるが、そこらへんの事情を話すのが、めんどくさいし、話したくもないので、省くことにした。
「どんな人物だったんですか?」
「どんなって、話してもいいのかな・・」
そう押し黙れると、それだけで、具体的に打ち明けてるようなものだが。
「かまいませんよ。祖父がどんな人物だったかは、概ね知ってるんですから。ただ、島の外で、どんな活躍をしていたか、ちょっと興味があるだけですから」
「う~~~ん、なんでも才能あふるる人ではあったそうだよ。常人にない発想と理論を導き出し、なおかつそれを実現してしまう・・ただ、コストやリスクに実用性が伴わないものばかりで、その時の気分で、本来に用途に外れるほどに改造をなしたり。使い方次第で、世界を大混乱に陥れるものもあったとか、なかったとか・・そこで一部の良識ある人達が、優遇してでも、内密に隔離していたのではないかと・・・これは、噂ではあるが」
「もういいです」
予想通りの答えだけに、それを覆したかったのだけど、
そういえば沙江子も、連れ去られた一志を見つけ出すため、方々手を尽くしたそうだが、
・・・もしかして、それのせいなのか。
どうやら一志は、創時郎を見直す機会を永久に失ってしまったらしい。
となりで茉璃香が、クスクスとこらえられない笑いをしている。
もう、名前で呼んであげてもいいだろう。
そのほうが、茉璃香も喜んでくれるだろうし。
「さて、着いた」
案内されて、たどり着いたのは。病院内の奥の奥。
集中治療室のプレートがかけられた、地下の病室だった。
祈吉は、カードキーと掌紋を照合して、扉をスライドさせた。
物々しさに、一志には、なんだか気後れしてしまう。
「とりあえず、これを見てくれないか」
祈吉が示したのは、室内に唯一ある、大型のカプセルだった。
その窓を優しく拭く。
中に人がいることは予測できたが、中の人物には、驚愕せざるを得なかった。
「私・・・」
「私の娘の、茉璃香だよ」
そこで、安らかに眠っているのは、まるで彼女自身だった。




