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「・・・・・・・・・・・」
男が去ったあと、目の前の事実を受け入れるのに、しばらく時間を要した。
機械の体を持つ女性・・とりあえず、そう理解したが、
一志の知識のどこを探っても、これほど精巧で、完璧に人間であるロボットなど、存在しない。
先程まで、ちゃんと自分と会話して、表情があって、人間そのもので・・・
まさに、時代の先を見た気分である。
・・・・・呆けてばかりもいられなかった。
助けると決めた以上、やるべきことはやらねば。
一応、幼年期の保護者の悪・影響で、それなりに、電子機器の知識はあった。
手持ちにあるのはノートパソコンのみだが、それをつないで、OSの互換性を確かめ、バッテリーを共有させて、クラッシュしたのであるならば、一度オフにして再起動すべきか・・・
その作業の過程で、とんでもないものを引っ張り出してしまった。
彼女の最初の記憶である。
噂に聞いた程度しか知らない、犯罪の記録。
まだまだ人生経験の足りないと言っていい一志には、本気で怖気を感じるのだった。
事をすべて終えて、目覚めた彼女に「このままでもよかった」そう言われて、自分が善行を行ったのか、本心で、かなり揺らいでいた。
せめて、泣き続けている彼女に、いつまでも背中を貸してあげる。
どれぐらいそうしていたのか、やっと泣き止んでくれた彼女を一志はベンチに座らせた。
その彼女が、最初にやったことは、受け取ったメモリーを取り出すと、大きく弧を描いて、噴水の泉に投げ捨てたことだった。
「あっ!」
「いいのよ。本当はこんなの口実で、あなた達をからかいに来ただけなんだから」
少し違う。
この体は、自身が望めば、各部のデータを角膜に投影してくれる。
そこで知ったのだ、自分の脳、心にあたる部分の名称、r―10978のことを。
データに残されてたサインから、創時郎の名前を知ったのだが、一年前に他界していると知って、正直、安堵した。
自らの存在意義を知るべき興味と、それを遥か上回る真実を知ることの恐怖。
その狭間で、糸の千切かけた操り人形みたいに、一志の前に訪れたのだ。
「心を与えられた理由ぐらいは、訪ねたかったんだけどね。それがうやむやになって、逆に安心して、それでも未練がましく、こんなとこまでやってきて・・・これで、私の旅も終わりね」
ふらふらと立ち上がる彼女。
それは、そのまま、彼女の姿なのだろう。
「今までごめんなさいね、妹さんの分も合わせて。約束通り、もうあなた達の前には現れないから。あと、私が言えたことじゃないけど、女の子を泣かすようなことしちゃダメだからね」
「まだ、終わりじゃない!」
ジャンパーを置いて立ち去ろうとする彼女を一志は呼び止めた。
「アンタ、本当に、あのジイさんに、心を作ってもらったと思っているのか?違うぞ。r―10978、コイツはただの受信装置だ。アンタの心は、今もどこかで、送信し続けている」
ドクンっと、一度収まった動悸が、再び高鳴り出す。
「それを確かめずに、終わりにしていいのか?」
「私の・・本当の心・・・」
「行こうぜ、これから。逆探すれば、場所の特定はできる。一緒に、あのジイさんとのケリをつけよう!」
力強く腕をとってくれた、その行動。
なぜだろう、ただそれだけのことで、あれほど恐れていた自分自身の正体を少し近づいてもいいかなという気持ちが湧いてくる。
「でもいいの?お家の人とか、心配しないの?とくに、あの妹さん」
「ああっ!!」
一志は、慌てて時間を確認して、携帯のパネルを操作しだした。
すでに、すぐに戻るという約束をかなりオーバーしていた。
ただ、常識的意見を述べただけなのに、こんなにわかりやすいリアクションをするなんて、
このときばかりは、彼女も、笑わずにはおれなかったのだった。




