はじまりはじまり
「わーーーーーーーーーーっ!」
奇声をあげながら、少年が激走する。
さもあろう。
熊ほどもある、鉄のかたまりに、追いかけられていては。
日も高くなる前の、まだ閑静な住宅街をけたたましく駆け抜けるそれは、丸っこいフォルムに、グリーンのラインがはいった、どことなく、カエルをイメージさせる、愛嬌のあるデザインだったが、今は、走る凶器でしかない。
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
ドガーーーーーーーーン
声の、終わりは、衝突音であった。
ともに、ブロック塀に体当たりして、あたりに、焦げ臭いホコリを充満させる。
「しのぶーーーーーーーーーっ!」
開口一番に、この事態の原因であろう、少女の名を叫んだ。
「まーた!通学用ロボットをいじったなーーーっ!」
時は近未来、ロボットと呼ばれる存在が、人々の身近になった社会。
本来、ロボットとは、人型か、それに近い形をした、稼動する機械のことだが、この時代では、AIを持った動く機械を広く、ロボットと総称している。
今、そこでひっくり返っている、タマゴ型のメカもそうだ。
内蔵されてるAIと、それによって、最優先されてるはずの、規制、安全装置によって、免許など必要なく、誰でも使用できる、危険のない乗り物・・・のハズなのだが・・
「あはははは、ちょっとAIとモーターをいじっただけなのに~」
玄関から、ひょこっと現れた、えらく可愛らしい顔が、悪びれもせずそう言った。
「これで何度目だ!もう許さーーーん!」
毎朝恒例の、追いかけっこが始まった。
「ただの、お兄ちゃんと、スキンシップとりたいだけの、妹のおちゃめなのに~」
「ふざけんなっ!掃除ロボットが暴走して、家具の下敷きになるわ!目覚ましが、突進して自爆するわ!空気洗浄機がオーバーヒートして、一酸化炭素中毒おこしかけるわ!お前のお茶目は、命にかかわるんじゃ!」
「キャーーーーーーーーー❤」
はしゃぐ美少女と、それを追いかけるシチエーション。
客観的に見て、かなり羨むべき光景であるはずだが、聞いての通り、少年の方に、そんな余裕はない。
お兄ちゃん、か・・・・・・そう呼ばれるようになって、もう一年になろうとしていた。
始まりは、十四年前。
物心つく前に、男の子は母親に捨てられ、女の子は、不慮の事故で家族を亡くして、とある施設へと引き取られたのだ。
それから二人は、たがいを兄妹のように思い、育つことになり・・・そして数年、二人は同時期に、施設を去ることになる。
一志という名をもらった男の子は、母親が、迎えに来た。
なんでも、別れた男との間に出来た子供で、妊娠に気づいたのは、その後、さらに、その当時は、まだ、二十歳前だったとか・・
罪の意識を残していたのか、数年後、子供一人ぐらいは、養えるだけの経済力を身につけて、迎えに来たとのことだ。
しのぶという名の女の子は、探していた親族が、やっと見つかった。
といっても、遠縁の遠縁で、そんな子供がいること自体、知らなかったそうだが・・・
それでも、血縁には違いなく、引き取ってもらえることになった。
それがなぜ?現在、再会して、柚月の姓で、一緒に暮らしているのかというと・・・
「なにやってるの?もう急がないと遅刻でしょ!?」
窓から顔を出した、若い女性が、そううながす。
二人の、家庭の事情から推測すると、その女性が、母親なのだろう。
柚月沙江子。
職業は、シナリオライター。
ラジオドラマなどの、脚本なんかが、主な内容で、あまり有名ではないにしろ、なんだか、意図して家庭の時間を取れる仕事を選んだふしがある。
十代で一志を生んだとあって、若く見られて当然なのか、
全身、ススだらけになっている我が子の姿など、まるで意に介した様子もないほど魅力的な笑顔で、そこにいる。
「ホントだ、もうこんな時間。走らないと間に合わないよ」
「誰のせいだと思っとるんだ!」
しかたなく、一志は、隅に落ちていた鞄をつかむと、走り出した。
仲良くとはいかないまでも、兄妹一緒に登校することはできた。