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「ねえ、お兄ちゃん。わたしも一緒に行っちゃダメ」
「ワケは話しただろ。なるべく早く戻ってくるから、おとなしくして待ってるんだ」
一日たって、約束の日である。
事情をすべて語って、ちゃんと納得してもらったはずではあるが、それでも、しのぶは不安なようだ。
もともと寂しがり屋の甘えん坊に、心配するなという方が無茶なのだ。
そんな心情をいくらか察したのか、一志は自分でも柄にもないと、優しくしのぶに語りかける。
「わかったよ。今度また、二人でどこか遊びに行くか?近場でいいなら」
「ええっ!?本当?」
しのぶの表情が、ぱあっと華やいだ。
「ああ。この間は結局ドタバタして、楽しめなかったからな。次は、もっとのんびりできるとこ探してな」
「そんなことないよ。わたし、嬉しかった。今までで、一番嬉しかった」
そうだったかな・・・・・と、島での出来事をいろいろ思い出してしまう。
あんなハチャメチャして、死にそうな目にもあって、それでも嬉しかったと。
潤んだ瞳を恥ずかしくて直視できなくて、そっぽを向いてしまうのだけど、そこにやっぱり、余計なものがある。
「だから、撮らないでくださいって!」
昨日と違って、今日は、ハンディカム構えて、堂々とそこにいたりする。
「今から二股かけて、女の子泣かしてるなんて、先が思いやられるわね」
「違うっつーに。なんでそんなに嬉しそうなんです?!」
「いいじゃない、そんな恥ずかしがらなくても。ラブコメを楽しんじゃえば」
「だから!恥ずかしいでしょ!ラブコメって、基本的に恥ずかしいことなのでは!」
ごもっとも。
付け加えるなら、そういうテレの一つぐらい見せてくれないと、覗いていて楽しいものではない。
本当は、沙江子は、そのあたりのところをよくわかっているのではないか・・・
「とにかく!行ってきます。すぐ戻ってくるつもりだけど、別に玄関で待ってたりしないように」
もう、とっとと全て済ませてしまおうと、ノートパソコンを持って、家を出る。
さて、これからは、気持ちを切り替えねばなるまい。
出かける前から、やたら疲れた気もするが・・・
持ってるパソコンには、昨日依頼された、回路r―10978についてのデータが、インプットされている。
あからさまに犯罪に用いられるようなものであれば、素直に渡す気などなかったが、とりあえず、その心配はなさそうだ。
すると逆に、こんなものをどうするのかという疑問があるが。
それは、ただの受信装置に過ぎなかったからだ。
先に着いて待ってるほど義理もないし、後から来て待たせていいというほど、親密でもない。
一志は意図して、昨日と同じ時間に公園にやって来ると、あの女性は、街灯の下で手を振っていた。
「いらっしゃい、待ってたよ」
「別にこっちは、待たずに帰ってくれても良かったけど」
早々に、一志はパソコンを開いて、データを確認させた。
「これが、アンタが欲しがってたr―10978だ。設計と書き込んだ日時、それ以外は自分の頭に詰め込んでたのか、無関心だったのか・・」
パソコンをたたんで、メモリーを外して、放り渡した。
「あとは、ご自由に」
メモリーが、女の手にちゃんと収まったことだけを確認して、一志は振り返る。
「・・ねぇ。お礼の方は、本当にいいの?」
「明らかに対価に伴わない礼に手を出すほど、バカじゃない」
「そうじゃなくて、もっとちゃんとした形で・・」
そこで、一志は足を止めた。
この女性に感じていた違和感が、なんだか少し解けた気がする。
何があったか知らないが、そういう女を演じてるみたいな。
考えてみれば、登場から、わざとらしすぎるようなところもあった。
今、詮索しても始まらないか・・・正直、その回路や、あの老人について、訪ねてみたい気持ちはあったが、家で待ってる、子犬のような少女との約束を優先することにした。
なんだかんだ言って、一志の方でも、しのぶのことを大事に思ってることは間違いないのだ。
「やっぱりいい、興味がないわけじゃないけど、この先、本気で知りたくなったら、自分で調べることにする。多分、ずいぶん先になるだろうけど、その時はまた会うこともあるかもしれないかな」
「そうね・・・・・ありがとう」
感謝の言葉。
うつむいて、動いた唇で、なんとか聞き取れた小さな声。
少しだけ満足して、帰路につくことにした。
でも、これで最後にするという、しのぶとの約束をちょっとだけ、破ってしまったことになるだろうか・・
その時、植え込みから、何かが飛び出した。
出口に足を向けた、一志の反対側の出来事で、反応が遅れた。
「男を舐めるなーーーっ!」
飛び出してきたのは、昨晩会った不健康そうな眼鏡の男だった。
振り向いた一志の目に映ったのは、ナイフを女の腹に突き立てた、男の姿だ。
「・・・・・・・・・・・」
声にならない悲鳴を上げて、女はダラリと両腕を下ろす。
「この野郎!」
持ってたパソコンを男の後頭部目がけて投げつけた。
「ギャッ!」
ヒットすると、男はつんのめり、倒れ込んだ際に、女の衣服を大きく引き裂いた。
一志は駆け寄ろうとするが、それよりは早く、男は何かに驚き、恐怖して、這うように逃げ出してしまった。
「ヒーーーッ」
「待ちやがれ!」
追いつき、叩きのめすこともできたが、こっちが先だと、女の安否の確認を優先した。
「しっかりしろ!」
だが、傷の具合を見れば、一志もあの男と同じ反応をしてしまいそうだった。
「なんだこれは?!」
あの男も、これに驚いたのか・・・
引き裂かれた服と皮膚の下から現れたのは、血で染まった肉の切れ目などでなく、複雑な電子機械だった。
「ロボットなのか・・」
自分自身でも信じられない思いで、その言葉を口にした




