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「ただいま」

「おかえりなさーい」

 玄関を開けると、しのぶが元気良く出迎えてくれた。

 すぐに戻るという連絡を信じて、わざわざ、ここで待っててくれたらしい。

「ねぇ、おみやげは?」

「そんなモンない」

 なんだか、子犬のような喜びように、頭に手が伸びかけた。

 ちょっと前までは、そういうことを逆に、素直にやっても良かったのだけど、

 その一年を血の繋がりのない兄妹という微妙な関係で意識しあって、無駄にしたあげく、

 一足飛びに、抱きしめてチュウぐらいしてもよい仲になってしまった。

 さて、一志が手を止めたのは、どんな、遠慮からのことだろう・・・

 浮かれてばかりもいられない。

 これから、あの女に依頼された、創時郎の作であるr―10978、これの解析に当たらねばならない。

 じつは先日、あの島に行ったとき、創時郎のパソコンを立ち上げて、回線を繋いできたのだ。

 この場でもパソコンさえあれば、創時郎の残したデータを覗き見ることができる。

 正直、亡き養父の思い出というよりは、好奇心や懐を暖かくするものがあればという、欲求からであるが。

 で、帰ってから覗いてみたのだけど、飛行型テレビとか、オートバイ型自転車とか、わけのわからん作品の数々に、二度と開くまいと、誓ったものだ。

 r―10978というのが、正式な作品ナンバーだとすれば、検索は簡単。

 一応、渡す前に、危険でないものかどうかぐらいは、確認しなければなるまい。

「ねえ、お兄ちゃん。誰と会ってきたの?」

 しのぶの沈んだ声に、一志は足を止めた。

 今回は脛をぶつけるようなことはなかったが、意表を突かれたことは否めない。

「なんのことだ。俺はただ公園に散歩に・・」

「ウソ!だって、お兄ちゃんから、あの女の人と同じ匂いがしたもん」

 言い切ったあと、しのぶはボロボロと泣き出した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そういわれれば、先ほどあの女に抱きつかれていたのだった。

 今まで、香水の香りなど、気にしたことはなかったせいだが、

 それでも、一志が迂闊うかつであろう。

「しのぶ。ちゃんと話を聞け」

「イヤァ」

 肩に伸ばした一志の両手をしのぶは拒絶した。

 一志が、女性に会ってきたこと。

 それを黙っていたこと。

 しのぶに嘘をついたこと。

 この、僅かな時間で起こった真実が、しのぶの心を蝕む。

 朝会ったばかりの、それも、世界中でただ一人男子を愛している自分とは全く逆に、異性に淫らに魅力を振りまいてるような女性であった。

 一志を信じたい気持ちはあっても、それが今、大きく揺らいでいる。

 漠然とした不安が、恐怖となる。

 ただでさえ、しのぶは愛する者に疎い人生を送ってきたのだった。

 名前も知らぬ女と、ちょっと会ってきただけのことが、どれほどしのぶを傷つけたか、さすがに、一志でも気づいた。

 今度は逃げられないよう、優しく肩に手を置く。

「黙っていたのは悪かったよ。ただそれは、俺自身、本当に話すようなことじゃないと思っただけで・・」

 本当にのところに、一志は強くアクセントをおいた。

「明日、同じ時間に会う約束をしているけど、それで最後にする。約束する。本当に、お前が心配するようなことは、何一つなかったんだからな」

 実際には、不順な異性関係なんかに、巻き込まれたりもしたのだが・・・

「なんだ?本当に、俺がお前を置いて、どこか行っちまうと思ったのか?そんなことあるはずないだろ、俺の帰る場所は何があってもここに決まってるんだから」

「本当・・?」

「ああ、本当だ。だから泣くな、お前に泣かれると、俺も辛いんだ」

「うん!」

 しのぶは頷くと、一志に体を預けてきた。

 両肩に手を置いたままだったので、なんだか、一志の方からも抱きしめるみたいになってしまった。

 これで幾度目かになるが、まだまだ慣れない、というか、新鮮である。

 お風呂をすませた後のようで、ホコホコで、シャンプーの香りまで加わって。

 高鳴る心臓と気持ちをごまかしたくて、なんとなく視線が泳いでしまう。

 壁や天井と見入っていたら、そこに奇妙ものを見つけた。

 窓に映った、黒くて丸くて光るモノ。

 つまり、一志の斜め後方。

 一志は手を伸ばして、リビングへの扉を勢いよく開けた。


ドタッ


 そこから前のめりになって、沙江子が現れたのだった。

「あたたたた・・」

「何してるんです?」

 一志は冷ややかに、肘をさすっている沙江子に言葉をぶつける。

「成長したわね、女の子を嬉し泣きさせるなんて。そう、女の子が好きな男の子から欲しい一番のモノは、どんなプレゼントでもない、嘘偽りのない優しい言葉。自分が愛されてる実感なのよ」

 そう沙江子は、目尻を拭うのだった。

「ごまかさないでください!なんです、その携帯は!まさか、最初から覗いてたんですか!?」

 一志が見つけたのは、携帯のレンズだ。

「う~~~ん。ここは保護者らしく、気にしないフリをして、遠くから見守ろうかと・・」

「いいえっ!フリでも遠くもありません!今撮った映像、一体なにに使うつもりですか!?」

 しかも、パネルは、送信モード。

 回線を通じて、この家のプレイヤーかパソコンに即時録画されてたようだ。

「私も作家として一皮むけようと、血の繋がらない兄妹の青春と恋愛をモチーフにした、エッセイなんかを・・・」

「絶対に!やめてください!」

 これは一応、沙江子の冗談であろう・・・たぶん。

「しのぶちゃんはいいもんねー、みんなに自慢したいぐらい、幸せだもんねーー」

「ねーーー❤」

 その手の話題って、柚月家を崩壊させるタブーとして、封印してきたのだけど・・もしかして、そう思っていたのは、一志だけなのか?

 一年間も、いらん気を使い続けてきたのか?

 和気あいあいとはしゃぐ女性陣に挟まれて、ものすごい疎外感。

 なんなんだ。

 この幸せにも不幸にも浸れない、異様な状況は。

 おかげで危うく忘れそうになるが、問題はもう一つ残っている。

 女に依頼された、例の回路である。

 考えてみれば、経緯的に、ろくでもないモノである可能性が高い。

 それを絶対渡すみたいな約束をしてしまって・・

 せめて、これ以上、事態がややこしくならないでほしいと、切に願っていた。


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