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「おまたせー」
豊かな髪をなびかせて、その女はやってきた。
こちらが来るのを見張っていたかのようなタイミングの良さは、一志を警戒させるだけだった。
「待った?」
「いえ、今来たところで」
事実とはいえ、一志は芸のない返答をする。
ここは一志の家から、さほど遠くない、緑豊かな公園である。
時は夜で、街路から離れた公園の奥となると、まず人目につかない。
そういう場所こそ、待ち合わせに選んだのだったが、そうなると、若い女性と密会など、別の危険があることに、今更になって気づいた。
「それで用件は?手短に」
対するのは、朝訪れた、スーツ姿の女性である。
電話で会いたいなどと呼ばれても、やってくる義理などないのだが、家まで押しかけられてはたまったものではいので、しぶしぶ承諾したわけだ。
「あ~ら、つれないのねぇ。せっかくお邪魔の入らない森の奥だっていうのに。やっぱり、あの可愛い妹さんの方がいいのかしら?」
「用がないなら、今すぐ帰らせてもらう!それと、家には二度と近寄らないこと」
年長者でも、敬語を使うに値しない人間にかかわり合いを持つことは、遠慮したいし、弱みを握られることは、なお避けたい。
強迫観念に駆られてこの場にやって来たが、時間の無駄だったようだと、一志は踵を返した。
「国岸創時郎・・あなたのお爺さんだったらしいわね。正確には違うけど」
返した足を止める。
一志は何故か、その名を聞いただけで、しらんふりできない気持ちになる。
「ジイさんの知り合いか?そんな風には見えないが、ジイさんの話が聞きたいって言うなら、無駄だそ。俺から見ても、謎ばっかりなジジイだった」
「そんなことじゃないわよ。そこまで言われると逆に聞きたくなるけど・・とりあえず、今はr―10978、この回路についての情報がほしいだけで」
「r―10・・・」
なんのことだかわからないが、そう言うのであれば、創時郎の作品なのだろう。
だが、状況からも、製作者からも、ろくでもないものだと、一志は、確信してしまうのだった。
「見つけたぞ!」
突然、茂みから、第三者の声がした。
回り込むほどの植木ではないように一志には見えたが、ご丁寧に、そいつは大回りしてきた。
「どうして、僕の前からいなくなった!?」
現れたのは、洒落っ気のない眼鏡と、肉付きの悪い体格のせいで、年齢を判断しづらい男性だった。
なんだか、その一言だけで、一志には二人の関係が詳細に分かってしまった。
「あら、あなたは隣の町の・・別にあなたものになったつもりなんてなくてよ」
「僕が、君に為に何をどれだけ犠牲にしたと思ってるんだ!?奪うだけ奪って、逃げ出すのか!」
「私、過去には一切、価値を見出さない主義ですの」
そう言って、今度は一志の腕に、自らの両腕を絡めてきた。
それを見て、男は顔を青くする。
「ちくしょおーーーーっ!」
いきなり現れて、喚くだけ喚いて、去ってしまった。
なんなんだ・・・
一志の心を乾いた風が吹き抜ける。
「・・アンタが、手玉にとった男の一人か・・・」
「そうね、あまり気にしないで」
気にするどころか、記憶から排除したい。
あまり、異性に縁がないタイプに見えたな。
盲信的で、盲進的で・・まともな女性でさえ、逃げ出したくなるような。
大体、こんな見え透いた女に引っかかること事態どうかしていると、一志は組まれたままで、なんの感慨もわかない両腕を意識しながら、そう思った。
あまりに無機質にそこにあるものだから、振り払うのが遅れてしまった。
「それで、さっきの話に戻るんだけど、r―10978。この装置の正体を知りたいのよ。もちろんタダとは言わないから」
そこで、スーツの胸元を僅かに開き、腰をクネらした扇情的なポーズをとるが、わざとらしさに、逆に引いてしまった。
「わかった、知りうる限りは教えてやる。ただし、二度と俺達に近づかないこと。その情報が、不確かでも、不利益でもだ!明日、同じ時間、これで最後だ!」
言い捨てて、返答も待たずに、早足で歩き出した。
一志の足が、公園の出口に達したところで、携帯が鳴り出した。
しのぶが、理由も定かにせず、夜に家を出た一志を心配してかけてきたのだ。
用も済んだので、これからすぐ戻るとだけ伝えて、電話を切った。
なんだか、少し救われた気がした。




