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「おーい」

「・・・・・」

「いい加減、機嫌直せって」

「う~~~~~っ!」

 睨みつけるぐらいなら、並んで下校しなくてもいいだろうに。

 もう放課後、下校時間である。

 結局あれから口をきいてくれず、こちらから声をかけても、帰ってくるのは唸り声だけだ。

 重ねて言うが、だったら校門で待って、わざわざ一緒に帰らなくてもいいだろうに。

 威嚇されても、子犬に吠えられてるみたいで、体面上、妹であっても、可愛い子を連れてる、優越感を一志は逆に満喫していた。

「ただいまー」

 とうとう、しのぶと言葉を交わすことなく、帰り着いてしまった。

 一志がドアを開けると、割り込んで、しのぶが先に玄関をくぐってしまう。

 生意気にも、反抗か?

 でも、このぐらいなら、逆に愛らしいぐらいだ・・・と思ったら、そうではなかった。

 一志がドアを閉めた瞬間、しのぶが一志の胸に飛び込んできたのだ。

 なんだ、やっぱり甘えたいんじゃないか・・・と、朝とは違う余裕で、受け止めてあげようとした・・・・・

 いや、それも勘違いだった!

 抱きつくというより、離れないようしがみつくといった感じで、次に何が起こるか予想すれば、これがワナだと察した。

 そういうことか・・・嫌われることに怯えていた少し前より、ちょっとは成長したようだ。

 まさか、こんな形で報復してくるとは・・・・・・・

 などと、しみじみ感慨にふけってる場合じゃない。

 この状況はまずい!

「あら、おかえりなさい」

「うわぁっ!」

 夕食の準備のため、この時間は、必ずそこにいるのだ。

 キッチンから出てきた沙江子に驚いて、慌てて、一志はしのぶを引っペがした。

「はい!ただいま帰りました」

 平静を不自然によそおって、元気な返事をする。

 しのぶの方は、やるだけやって、とっとと自室にこもってしまった。

 その横顔の変化に、一志は気づいていない。

 一志の方も、着替えるぐらいはしなければならないので、二階の自室に戻ろうとした。

「ねぇ、一志くん」

 一志は、母親からこう呼ばれている。

 一志としては、実母からの呼称としては抵抗があったが、最初は「カズくん」と呼ばれるところをたがいの妥協でこうなった。

 逆に一志は、母親のことを「沙江子さん」と呼ぶ。

 これも単純にテレから、思春期にいきなり一緒に暮らすこととなった、そうは見えない女性を「お母さん」と呼ぶのを忌避きひしたからだ。

 実際、沙江子は、一志からは、母より姉と紹介された方が納得できる容姿の持ち主である。

「はい?」

 階段に足をかけようとしたところで、一志は返事をした。

「もうキスぐらいした?」


 ドガツンッ!!


 当事者ではない沙江子まで、顔をしかめてしまうぐらい鈍い音がした。

 階段を踏み外した拍子に、脛をしたたか打ち付けたのだ。

「なんおことでしょお!?」

 一志は、痛みに耐えながらとぼけてみせる。

「現行犯でとぼけないの。というか、あなた達二人が、旅行から帰ってきてから、とくにおかしいことぐらい、気づいてるわよ」

 見られていた!

 いや、まだ言い訳の余地はある。

「なんです!勝手に・・邪推ってやつですか?まるで、前々からいけないことして・・いえ、好き合ってたみたいに」

「女の子が、ぜんぜん好意のない男の子に、毎朝毎朝、理由を作って、かかわり合いを持ちたがると思ってるの?一志くんだって、毎回毎回、ちゃんと引っかかってあげて、まんざらでもなさそうだったじゃない」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 ぐうの音も出ない。

「まったく、二人とも可愛いわよね、互いの本当の関係なんて、知ってて当たり前なのに、気まずくなるのが嫌で、お互いに知らないふりをして・・」

 あまりに正鵠を射られて、取り乱すこともできない。

 そうなると、逆に落ち着けたせいなのか、一志の方にも言いたいことはあった。

「・・ほかの誰かにもいいましたけどねぇ、アイツが本気で俺のことを好きだと思っているんですか?あんな、昔とちっとも変わらない愛情表現で」

 なんだか、いじけて、少し悪態が混じってるみたいだったけど。

「そこがいいんじゃない。じゃあ、しのぶちゃんのことはおいといて、一志くん、あなたはどう思ってるの?そういう妹的な愛もふくめて、しのぶちゃんを愛してないの?」

「どおって・・・」

 そういう質問は、なんだか、卑怯のような気がする。

 なにしろ、アレは、無視できない愛らしさの持ち主だ。

 今、思うと、これまでの態度に、そういう不公平感みたいなものが、なかっただろうか・・

 じゃあ、しのぶから告白された今となっては、晴れて両思いとして、気持ちに素直になればいいかというと・・・・・なんだか、妹と恋人との、中間みたいになってしまった。

 正確には、やや妹よりで、そんな女の子に、どこまでの行為が、許されるのであろうか?

 愛情への渇望に、つけいることになりはしないか?

 誰かが言ってたとおり、成長して、正しい認識を身に付け、自らにふさわしい異性に、より好意を持つこともありえるのではないか?

 その時になって、後悔なんてさせたくない。

 だが、しのぶをその気にさせた責任は取りたい。

 この、複雑な心境をどう説明すればいいのか・・・

「だああっ!考えてみりゃ、なんでこんな恥ずかしいこと、真剣に答えなきゃいけねぇんだ!」

 確かに。

 母親と語らうには激昂したくなる話題である。

「あちゃ~、気づいちゃった。でも今だけ、私にだけぐらい、話してくれてもいいじゃない」

 だから、男の子にとって、母親ほど話しにくいものはない。

「なに無責任にあおるるようなこと言ってるんです!言うことが逆でしょ!そんなだから・・」

 そこまで言いかけて、口どもった。

 激情に任せて、自分は一体なにを言おうとしたのだろう。

 一志は、自己嫌悪で舌を引っこ抜きたくなった。

「・・・・・そんなだから、子供を捨てるようなことになるんだ・・・かしら?」

 一志が、口が裂けても言えない台詞を沙江子は素直に口にした。

 それまでと少し違う陰りは、一志は初めて見るはずなのに、面影のようなものを感じた。

「私だって、自分を責めてる部分はあるのよ。だから、あなたには、うんと甘やかしてあげるつもりだったのに・・」

 沙江子は、過去に思いをはせる

 若気の至りでできた子供。

 泣く泣く捨てた、未熟な自身。

 向かえに行けば、すでに連れ去られたあとだと聞く。

 探せど探せど、見つからぬのは、罰なのか。

 結局、一番愛情を注がねばならない時期を他人の手に委ねてしまった。

「もう、償えないのなら、せめて似たような機会に責任を果たしたいじゃない・・」

・・・・・・・・・・

 言いたいことはわかるし、それなりに、一志の胸を熱くするものはあるが、だからといって、子供に子供を作れというのはどうだろう?

 曲解であろうか?

 でも、似たような機会とは、そういうことなのだと解釈してしまうけど。

「そんなワケで、私も応援してるから、義理の妹でも、一つ屋根の下だろうと、愛し合ったって、問題ないない」

 もう、いつもの沙江子を取り戻している。

「いや、大ありだっつーの!」

「さーて、今夜は、お赤飯炊いておいたの」

「ちょっと待てーい!シャレにならんことすな!」

 ありがた迷惑も、はなはだしいぞ!

 そんな、胸中など、まるで意に介さず、キッチンに戻ろうとする沙江子に、一志は追いすがる。

 だが、一志が追いつく前に、リビングの電話が鳴りだした。

 しかたなく、一番そばにいた一志が電話を取った。

「はい、こちら柚月・・」

 一志の表情が、険しさを残したまま深刻になった。

 しばらくの間、電話からの一方的な声に、拒絶も承諾もせず、聞き流してはいたが・・

「今夜、外で、それと、これ以上は絶対かけてこないこと」

 どうやら、会話の内容は、拒否できないものだったらしい。

 受話器を置いて、一志は口元を噛み締める。

 何気ない予感が、現実となって押し寄せてきたみたいだ。


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