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 そして、今は昼休みになる。

 午前中の授業は、一志が拍子抜けするほどあっさり終わった。

 あのあと、なんとか泣き止んだしのぶを連れて、ギリギリ遅刻をまぬがれはしたが。

 その時、「右の頬も空いてるぞ」みたいな、かるい冗談でも言えれば、のちのち引きずることもなかったのではないだろうか?

 しのぶにしても、泣き出したのは、先を越されたみたいな、歯がゆさ、あと大人の情事、雰囲気に飲まれて、驚いただけとか、そんなところであろうし。

 恋人になりたての二人には、ちょっとハードルが高いか。

 そして、学校に着いたら着いたで、また別の問題を思い出した。

 これからの二人の関係、

 学校中に言いふらされていれば、ジロジロと生暖かい視線にさらされたり、どれほどからかわれたりするかと思いきや、何も変わらず、平穏に過ごせた。

 ならば安心して良いのかというと、逆に不気味で仕方のないというが心境で、

 一志は今、食堂で豆乳をすすっている。

「よう、おにいさま」

 向かいの席に、誰かが腰を下ろした。

 一志を兄と呼ぶのは、この世でただ一人のはずだが、このどすの利いた声は、しのぶでない。

 なにより、今のしのぶであれば、一志の隣に腰をおくかな・・

「・・お前か」

 一志は目線だけを動かして、それを確認すると、名前を呼ぶのも面倒みたいに、それだけ言って、目線を戻す。

「なんか用か!」

 質問ではなく、拒絶をぶつけて、なんとなく、あたりに気を払う。

 そこにいたのは、功一一人であった。

「な~に、あれから、しのぶちゃんは、変わりないかと思ってね」

 皮肉たっぷりに功一はそう言うが、まだ真意が読めない。

「ふん。あんなものが、本当に恋愛になる思っているのか!あいつはなぁ、ただ甘えたがってるだけなんだよ。父親の代わりを求めるというか、そういうの。もし、俺が本気になって、その・・・・迫るようなことしたら、嫌がると思うぞ」

 最初の告白からの熱も少しは冷めてきて、落ち着いてきた頃、思い出したのだ。

 今のしのぶは、十年前の、あの施設にいた頃となにも変わらないと。

 家族と呼べるものがなく、一志の姿を見つけただけで、嬉しそうに駆け寄ってきたあの頃だ。

 そんな純粋な気持ちが、突如、引き裂かれてしまうような悲劇に見舞われたら、十年たとうと、風化せず、心に育み続けることもあるのではないか。

 しのぶのことをおもんぱかるあまりの思い違いかもしれないが、とにかく、一志は今のところは、本気でイチャラブなこと、する気はなかった。

「わかってはいるようだな、恋に恋するというか、そういう、あどけないところもいいんだけどな。無防備で・・」

 何を想像しているのか、グシャグシャに崩れた功一の顔を見ていると、たとえ事実でも、共感する気になれない。

「まあ、そんなわけで、しのぶちゃんの愛の欲求が満たされ、正しい男性観を身につけたとき、俺達がつけいるスキが生まれるというわけだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 なんのことはない。

 現時点でしのぶに嫌われるようなことをするのは、得策ではないと判断しただけか。

 これで、納得できて、心の負担が減ったような気がするなだから、タチが悪い。

「ただいま戻りましたー!」

 と、そこに、デジカメを構えた清隆がやってきた。

「おお、待っていたぞ。それで首尾は!?」

「はい、しのぶちゃんのスパッツ姿を確かに、このファインダーの中に!」

 もう一人の姿が見えないと思っていたら、四時限目の男女分かれての体育、着替えより先に、女子の体操着姿を覗きに行ってたのか。

 しのぶも、着替えが終わったら、ここにやってくるのだろうか・・・朝の機嫌が治っていればだけど。

「こちらも話はついたぞ。しのぶちゃんとは一線引くことで、俺達は秘密を共有する同士となった」

 同士という言葉に、これほど嫌悪感を覚えたことは、初めてだった。

「お前らの思惑なんて関係ねえよ、俺がそうしたいからそうするだけだ。大体、今まで秘密にできたのがおかしいぐらいなんだからな、しのぶと俺は、本当の兄妹じゃないってことは・・・というか、なんで誰も突っ込まないんだ?」

 そう、おかしいのだ。

 双子でもないのに、同じクラスにいる兄妹。

 誰も疑問を持つ者はいなかったのだろうか?

「あ~~~、アレだな。お前が来る少し前のことだが、そこらへんのことしつこく聞いて、しのぶちゃんを泣かせた、クズヤローがいたんだよ」

「孤児院にいたんだって?それ以上のことをからかうみたいに聞いてさ、たまらずしのぶちゃん大泣きして、んで、そいつは学校中から悪者のレッテルを貼られて、今じゃ、どうしてることか・・・」

 清隆がそう言う端で、功一の口元が歪むと、一志には、事の顛末が詳細に思い浮かんだ。

 どこのクラスにも一人ぐらいいるのかな、な~にも自慢するものがない人間ほど、弱いものいじめしてでも威張りたがるとゆーか、気を引きたがるとゆーか・・そんなアホが。

 ただ、人には触れちゃいかん痛みがある。

 自身に跳ね返ってくることで、本気で人を傷つける行為だと理解したことだろう・・・こいつらのせいで。

「それで、さっきの話に戻るが、しのぶちゃんと真に付き合う男は、未来にいるという設定で、俺達と、お前の友情は成り立つものとしよう。本来なら、美少女と一つ屋根の下など、邪魔されて当然、ぐらいの境遇なのだからな」

「そりゃ、どうも」

 おもいっきり、交換条件だなと、一志は、興味もなさそうに豆乳をすすった。

「まあ、パターンとしては、このあと積極的なライバルが現れて、当人をやきもきさせるんだよねぇ」


ブーーーーーーーーーーーッ!


 功一に続けた清隆のなにげない一言に、一志は飲んでた豆乳を二人に派手にぶちまけた。

「な~に、動揺しまくってんだよ!はっ!まさか、自分のライバルとなる男の出現を懸念しているのではあるまいな!」

「ゲホッ、エホッ、そっちかよ、そんなことねえよ」

 豆乳を滴らせた二人は、しのぶの方こそ、一志に惹かれているとは思ってないらしい。

 一志の頭をよぎったのは、今朝方、突如の災難のごとく現れ去っていった、スーツ姿の女性のことだ。

 でも、そんなことはありえないだろう。

 積極性はともかく・・容姿でも、張り合えるとしても、なんだか、それを鼻にかけて、人をおちょくってるような。

 ようするに、自意識過剰な女性は、一志としては、遠慮したいタイプだった。

 さらに言えば、あの女に抱きつかれた時も、頬に口づけされた時も、なんの興奮も得られなかった。

 あとになって、自分はこれほど淡白だったかなと、不思議がったほど。

 現れたタイミングがいろいろ悪くて、過剰に反応してしまったが、何者であったのか。

 また会いに来るみたいなことを言っていたが、一志としては、これ以上ややこしい事態は、ごめんこうむりたかった。


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