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いつまで、こうしていただろうか・・・
海の向こうの空が、明るくなりだした。
荒れ場から場所を変えて、ここは砂浜だが、まだ一志は、しのぶを胸に抱えたままだ。
というより、しのぶの方が、離してくれない。
「おーい、いい加減に・・」
「やだ」
一志の諌める声をしのぶは簡潔に拒絶した。
・・・・・そう言われても、これ以上どうしろというのだ・・いや、なにもしてはいけないから、困っているのだ。
でも、女の子を抱きしめたまま、いつまでも平静でいられるほど、一志は大人ではない。
「もらわれてきた子犬だって、もう少しなぁ・・・」
「もらわれっ子だもん」
「・・・・・」
しのぶの、その言葉は、一志の心臓に深く突き刺さる。
いくら精神の均衡を欠く状態とはいえ、一志はこの時、自分の不用意な発言を一生分は悔いたのだった。
「知っていたのか・・・・」
十分、ありえる可能性。
誰でも、どれだけ時が経っても、幼い頃の記憶の一つや二つぐらい残っているものだ。
ましてしのぶそれは、家族との別れと出会いに涙した鮮烈なもの。
その時の記憶だけ喪失してくれてるような、都合いい展開をただ期待していただけの一志は、自分が馬鹿に思えた。
「わたし、お兄ちゃんの代わりだったんだよね」
「・・・・・・・・・・・」
なんて、悲しい言葉だろう。
しのぶが、沙江子と一緒に暮らす事となった、詳しい経緯を一志は知らないし、沙江子が、養う見返りなど要求したとも思えないが、
それでも、他の誰かの代わりに、見ず知らずの他人と、いきなり一緒に暮らすような境遇を気にするなという方が無茶なのだろう。
本人に何の責任もないことで、本当に気にすることではないはずだが・・家庭、家族、そして、その絆。
本来、誰もがあたりまえにあるものが、そうではない者の心境など、当人しか、わからない。
愛されているかどうかの不安・・・この十年、しのぶの居場所は、思い出の中の一志だけだったのだ。
そして、今、その十年分の渇望した心、その思いを絞り出した。
「わたし、ずっとお兄ちゃんが好き。だから、ずっとお兄ちゃんといっしょにいたいの」
それは、ささやかな願いである。
もはや、血縁のいない少女が望む、ただそれだけの未来。
その想いを十年越しに、涙とともに打ち明けた。
「面と向かって、そういうこと言うんじゃない。俺たちが普通の兄妹じゃないなら、違った意味だってあるだろう」
「ちがってないもん!わたし、お兄ちゃんが本当に大好き」
一志は、先ほどにも増して赤面してしまう。
この瞬間、一志はあの老人に感謝すべきなのだろうか?
これまでの過程はどうあれ、それを補って余りあるものが、今、腕の中にあるのだから。
「わかったよ。ずっとそばにいろ。俺もお前が・・・・」
そこまで言って、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、なんで黙っちゃうの?ねぇ、ちゃんといってよ。おれもおまえが・・なに?」
まったくだ、いくら周りに誰もいない・・それこそ無人島で二人っきりみたいなシチュエーションだが、
一体なんと言おうとしたのだろう。
きっと、もう思い出せないくらい、恥ずかしいことに決まっている。
「ねぇ、ちゃんといってよ」
「あーーーっ、うるせえ!」
抱きついたまま、楽しそうに迫ってくるしのぶと、抱きしめたまま、それを逸らそうとする一志。
これでは、バランスが取れるはずもなく、二人は砂場に倒れこんだ。
それでも逸らそうとする一志の視線の先に、恨みがましく自分を見つめる、一組を見つけた。
「功一、清隆・・・」
忘れてた。
悪気なく、本当に二人は、この世にいないものだと思っていたから。
「生きてたか・・」
「生きてちゃ都合が悪そうだな、お兄様よぉ」
「そうだったのか、おかしいとは思っていたんだ!」
ズタボロの二人の姿は、輝ける朝日を背にしても、おどろおどろしいぐらいの迫力があった。
「テメーッ!同い年で妹で血の繋がりがないだとー!何様のつもりだ!」
「こうなりゃ、ネットで、このこと言いふらしてやるー!」
「やめんか!」
功一は掴みかかり、清隆はなにやら烈火の勢いでキーボードを操作していて、しのぶは嬉しさが止まらず、ニコニコバタバタしているけど・・・
ハッピーエンドは、まだまだ先になりそうだ。




