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四人が、最後の砦に選んだのは、もはや研究所からは島の反対側、草木が乱雑する森の中であった。
ここを抜けられたら、あとは、わずかな砂場を残すのみ。
爆発の威力を期待するなら、砂場より、硬い地面を選んだ。
とはいえ、この辺は、一志も入り込んだことのない、未踏地帯である。
手ぶらなしのぶや、ノートパソコンのみの清隆はともかく、爆薬を抱えた一志と功一は、いくつも擦り傷を作った。
「よし、ここ、この位置に、仕掛けよう」
清隆は、木々の影で、真っ暗な地面を指差しはしたが・・
「あと一分二十三秒後、あの巨大ロボットは、ここに左足を置く」
・・もはや、清隆のデータを疑う余裕すらなさそうである。
一志と功一は、持っていた危険物をそうだと忘れてるみたいに、ドサドサと肩から下ろした。
「よーーーし、では、撤収。斜め後方。木陰で待機」
相変わらず、軍隊のノリで仕切ろうとする功一を尻目に、とっとと隠れ待った。
「おーーーい・・」
べつに、ボッチしたわけでなく、もう足が地に着かないほど、地響きを上げて、その足音が迫ってきているのだ。
四人は、それぞれ盾にした木々の後ろで、なりを潜める。
なんだか、おとぎ話の、巨人に遭遇して、ハラハラしながら通り過ぎるのを隠れ待つ、小人にでもなった気分だ。
そして、それはやって来た。
瓦礫を撒き散らし、騒音だけで、こちらを吹き飛ばしてしまいそうな勢いで。
ここが、かなり密集した森の中でなければ、身を防ぐなどできなかったであろう。
ズシンズシンと、過ぎ去るまでのわずかな間、もはや心境は、災害避難民。
「よし行った・・・今だ!」
功一の合図で四人は飛び出した。
「清隆!カウント」
「ラジャー」
目視とデータと、両方で爆破のタイミングを図る。
「5・・4・・3・・2・・1・・」
「今だーーーっ!」
声高々に、清隆がノートパソコンのenterキーを押した。
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
とたん、ロボットの左足で、その足音を上回る爆音、大爆発が起こる!
耳を塞ぎ、身をかがめ、薄目を開けて確認した先には、確かに、その巨体を大きく傾けたロボットがあった。
・・・・・・・・・・いや、一志の目には、その傾きが大きすぎるように見えるのだが・・
「おい。ちゃんと計算して、爆弾の量を決めたんだよな・・」
「ああ、そんなもん、計算できるわけないだろ。ヤツの総重量もわからんのに」
「ノリと勢いで、ありったけの爆薬なんぞ使うな!」
一志の質問も今更だし、功一は功一で、最初からあてにしていい人間ではなかったのだが、ならばどちらへ向かうかは、もう運任せ。
グラングランと、倒れそうで倒れてくれないこの光景は、最悪のルーレットではないか。
重力という、常に存在し続けるエネルギーが相手である以上、巨体であればこそ贖えないのが道理。
ひとしきり、惰性に振り回される浮遊感を楽しんだあと、巨大ロボットは、やっと、自らが立つべき地を決めたみたいだった。
ズッシーーーーーーン
「はら?」
あまりの出来事に、時間が止まったような錯覚をした。
ロボットは、一志達に向かって、正面。
クルリと、回れ左をしたのだった。
「・・・・・・・・・・・・逃げろーーーーっ!」
一志の絶叫。
いち早く我を取り戻したのが、一志だったわけだが、それは、相手が踏み出す最初の一歩分だけ、危機を先送りしただけに過ぎなかった。
再び、猛進を開始した巨大ロボットの姿に、誰かまわず逃げ出した。
「ぎゃーーーっ!」
「キャーーーーッ!」
もはや、どれが誰の悲鳴だかわからない。
周りを木々に阻まれた、荒れに荒れたこの一本道。
踏み潰されたくなければと、四人とも、己の限界まで筋肉を振り絞るのだが、 いかんせん、ロボットにしてみれば、一度自らが踏み固めた通路。
その差は、みるみると縮まっていくのだった。
メートル・・・・・・・センチ・・・ミリ・と、
その足音でさえ、衝撃となって直接背中を叩きつけられてるみたいな、そんな距離で、功一と清隆は、過ぎ去ろうとする瞬きほどの刹那に、人一人やっと通れそうな、わずかな木々の隙間をみつけた。
「「ここだあ~!」」
これぞ活路!
と、二人は同時に、その蜘蛛の糸のような隙間に飛び込んだ。
・・・・・人一人やっと通れそうな隙間に、二人同時にである。
結果、二人は空中で激突して、それぞれ両側の木にぶつかり、バカバカしいほど悲惨な事に、跳ね返ったところをさらに巨大な足に蹴り飛ばされるという、惨めな最後を送った。
「ほんギャわらーーー~~」
・・・・・まさに、蜘蛛の糸であった。
音階もわからない叫び声が、空のかなたに遠ざかっていくと、一志は二人は星になってしまったと、痛感するのだった・・
だが、流す涙などない。
こちらも似たような状況だからだ・・・たぶん。
「キャッ!」
短い悲鳴は、しのぶのものだった。
「しのぶ!」
一志は反射で、その方向へ手を差し伸べていた。
瓦礫に足を取られ、倒れそうになるしのぶの腕を掴んで、一志はなんとか引き寄せることができた。
だが、それだけだ。
見上げたそこには、すでに、無機質な足の裏があったのだった。
「ちっくしょうーーーっ!」
それは、何に向けての怒りであったのか。
こうなっては、二人で体勢を立て直して、再び逃げ出すなど無理だ。
いや、もう、一人でも間に合わない。
最初から、一人で逃げ出すという選択はなかったにしろ、せめて、逆の最後を遂げたかった。
一志は、しのぶの体を抱きしめ、共に倒れこむ。
この身一つでは、盾になるなど、できようはずもないのに、
それでも、今、胸の中にいる女の子だけでも守りたい気持ちが、そうさせたのだろう。
鉄塊が下るわずかな間、力いっぱいしのぶを抱きしめたのだった。
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・・・・・・・・・・予想された惨劇は、いつまでたってもやってこなかった。
ひょっとして、この魂は、自覚もないまま、肉体から飛び出してしまったのだろうか。
だが、胸に抱えた少女の頭の感触はそのままだ。
苦痛もなく、大切な感覚だけ残して、天国に迎え入れてくれたのだとしたら、神様も、イキな計らいをするものだが、
面と向かってお礼を言うなんてことは、まだまだ、先のことにしたい。
一志は、おそるおそる目を開けてみた。
すると、そこは真っ暗で・・・・・
いや、ロボットの足の裏が、目前にあったのだ。
なにが起きたか理解する前に、一志の腰のベルトから、短く電子音が鳴ると、パカッと、ロボットの胴体が両側に開いた。
そこから一斉に、七色のリボン、金と銀の紙吹雪、ロボット鳩と垂れ幕が、音楽とともに飛び出したのだった。
そして、垂れ幕には、こう書かれていた。
『Happy Birthday』と。
流れてる音楽は、まさしくバースディソングではないか。
そうだった、日付の変わったこの日は、一志の誕生日。
つまりこれは、一志に向けての、タイマー仕込みのサプライズ。
ベルトとセットのオルゴールだったのだ!
「ハハハハハ・・って、アホかーーーーーっ!」
すでに死んでる老人に、殺意を覚えた。




