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うひょう!」
「ん!どうしたの?!まるで、背中に氷でも、入れられたみたいな声上げて」
突然、奇妙な悲鳴を上げた一志に驚いて、茉璃香が、尋ねてみた。
「いえ・・・・今。えもしれぬ寒気が・・」
美少女に、しがみつかれている状況で贅沢な失言である。
それが、悪い予感ではなく、確信だとしても、同情しにくい。
せめて、少年とは、そういう試練を乗り越えて、大人になっていくものだと、信じることにしよう。
「オーーーホッホッホッホッ!」
そんなとき、再び、そんな高笑いがきこえた。
確認してみたいような・・そうでもないような・・・
結局、確認してみることにした。
話に聞いた、エンゼルパーティーとやらは、この近くで、開催されてるようだった。
「庶民の集いに、この私、自ら、嗜みにきてあげたわよ!」
「いつもどうりね・・」
なんだか、ほっとしてしまう。
異性の前だけで、お淑やかになる環の姿など、想像できなかったからだ。
その会場は、広く窪地になっていて、日光を遮るために、アーケードが施されてるだけで、こちらから、小さく環の姿が見えた。
「ハハ!なに言ってんだか。本物のお嬢様が、こんなとこ、来るわけねぇだろ」
「おいっ!!よせって!」
長髪の、一見して軽薄そうな男が、眼鏡をかけた真面目そうな青年の制止を無視して、環に近づいた。
「ほっほ~~う、高値の花ですか。さぞ、お父さまは、りっぱな会社の社長をなさっているのでしょうな~。ちなみに、俺の父親は、外資系大会社の社長ですけど」
とても、感心しているとは思えない態度で、そう語りかけた。
「会社?財団かしら、代表取締役会長で、その社長をあごでこき使う立場ですけど」
「・・・・・ちょっと、聞き慣れない言葉ですな・・差し支えなければ、お父様の会長を務められている財団とやらの、名称を伺ってよろしいでしょうか・・?」
男の態度と口調と、あと、ついでに顔色まで、徐々に変わっていく。
「SSS。園寺、至上の、鉄鋼。私は、崇高なを入れたいんですけど。自慢じゃありませんけど、世界五十か国に、鉱山、支社を持つ、しがない鉄鋼業でしてよ!」
「・・・・・失礼しました」
顔が、完全に真っ青になると、踵を返して、シュタタタターと走り去ってしまった。
まるで、珍獣でもからかうみたいに言い寄ったら、それが、鬣をピンクに染めた、ライオンだったみたいな。
「うわ~~~~ん!なんで、こんなところに、そんな怖い人がくるんだーーー!」
ナンパ男には、荷が勝ちすぎたらしい。
「オーーーッホッホッホッ!!たわいないわね。ちょっと各国の警察機関に、顔が利くぐらいで」
「・・・全開だな」
眺めていた、一志が、熱のない口調でつぶやいた。
「でも・・本当なんですか?警察に、顔が利くって?」
「う~ん、現地の人の差別のない雇用とか、安全で有用な技術のおしみのない提供とか、勲章をいただいてる国もあったかな。あながち、大げさでもないかも」
「本当に偉いじゃん!威張るなんて、必要ないじゃん!なにやってんの!あの人!」
周りの人も、引ーちゃって・・・って、そうでもないか。
なんか、スカッとした表情している。
見た目通り、よほど印象の良くない男だったのか?
「失礼しました」
先ほど、男を止めようとした青年が、謝罪してきた。
こちらは、まともそうだ。
「おや、あなたは・・」
環も、青年に見覚えがあったようだ。
「ホワイトデー以来ですか・・そんなに立っていませんね」
自己紹介は必要ないだろうと名乗らなかったが、環の方は、名前を思い出すのにしばらくかかりそうだった。
お返しのホワイトチョコレートに、さんざん悩ませたというのに、薄情なことだ。
「こんな所に、パートナー探し?」
「いえ、さっきの男の付き添いです」
簡潔に述べると、あの絵に描いたようなボンボンの引き立て役に、誘われたというわけだ。
結果、上には上には上がいるという、ありがたい教訓を晒すことになった。
「一個、多いか」
「なに、どうかしたの?」
一志のつぶやきに、茉莉香が、キョトンと尋ねてみる。
「なんでもありません。さ~て、あとは若い者に任せて、我々は退散しますか」
もうパートナーがいる者の余裕とも、受け取られそうだが・・
「しのぶ!そろそろ、腕、緩めてくれないか。歩きにくいぞ」
見たいものが見れたみたいな気分で、一志は振り向いた。
そして舞台は、環の方に戻る。
「それにしても、意外ですね。園寺さんが、こんなとこにやって来るなんて」
さっきの悪友を懲らしめるために、颯爽と現れてくれたのだとしたら嬉しいけど、絶対、違うだろう。
「祖父と父にね。なによ、私が、総会議に出席したその日に、株価が下がったからって・・ただの偶然に決まってるじゃない!」
「ああ・・・」
すべて悟ったみたいな嘆息をする。
事実は、娘のことを早急に片づける危険性を察した父、祖父と、それを娘のいく末を心配した親心だと誤解した、園長の権限が行使された結果である。
それがわかれば、疑問の気持ちは、瞬く間に反転するであろう。
「皆さま、お楽しみでしょうか?これからシンキングタイムになります」
そこで、ホバーカートでドリンクを運びながら、古代の神様の格好をしたスタッフが、妖精達を引き連れて、現れた。
小さく飛び回る妖精達は、ホログラフだ。
「うわぁ!カワイイ!」
ピコピコと羽をばたつかせる、手の平より小さいぐらいの妖精に、誰かが、感嘆の声を上げた。
「はーい!キューピット達も、皆さんを祝福しています。さあ!皆さんも、愛をはぐくんでください」
キューピット・・・と言うからには、ハートの矢を手にした、裸んぼの赤ちゃんのイメージがあるが、飛んでいるのは、透き通った蝶のような羽をパタパタさせてる女の子だった。
「うわぁ!待って待ってー!」
会場内の女性来園者の一人が、キューピットをすくうように捕まえようとする。
こちらの方に、夢中になられたら、本末転倒になってしまうが・・
「確かに、可愛いですね。まるでいきなり、ファンタジーの世界に、迷い込んだみたいだ」
「お尋ねします。この娘達、もっと、大きくすることはできますか?」
光景に、見入っていたら、さっきの長髪の男がまだいて、へんな注文をしてきた。
「できますと思いますけど・・」
戸惑いながら、スタッフは、なにかパネルを操作した。
「このぐらいですか・・?」
「もっと大きく!」
最初はジュース缶ほどだったキューピットが、ペットボトルほどになり、さらにおおきくなっていく。
「もっと!もっと!」
やがて、人間と変わらない採寸となった。
「ああ~・・、理想の女の子は、こんなとこにいたんだ」
確かに、そこに出現したのは、幻想的な美少女だが・・
頬を染めて、瞳を潤ませて・・・その表情に、本気で生涯の伴侶を探しに来た者ばかりのこの場においては、ドン引きされていた。
「うん・・まぁ・・本来の目的は果たせたみたいでいいのかな?」
青年は、いきなり自分のアイデンティティが崩壊したみたいな知り合いに、それだけしか言えなかった
「絵に描いた餅でしょ!モニュモニュできないものに、なんの価値があるって言うの!」
カチンッ!
その時、また、そんな金属音が、どこかしらか聞こえたような気がした。
でも、青年の気持ちは、その時の、環の手つきが・・・
「どちらかと言えば、それは、男性の方の意見なのでは・・」
なにか、ものすごく大きなものをタプタプしているような手つきの方が、ものすごく気になった。




