ぷろろーぐ
木漏れ日の舞う、銀杏の木の下で、子供の泣き声が響いていた。
どうやら、声の主は女の子。
顔を全部くしゃくしゃにして泣きはらし、小さくうずくまるその姿は、まるで、あふれる涙と一緒に溶けて消えてしまいそうだった。
「泣くなよ。よかったじゃないか、おれたちこれからちゃんと家族とくらせるんだぜ」
「でも、もう会えないんだよ!わたしたちべつべつに、どこかとおくへいっちゃうんだよ!」
「なにいってんだ!会えるさ、またすぐ会えるに決まってるだろ!」
そう言う少年も、それが強がりであることをなんとなく、肌で感じていた。
いや、まだ少年と呼べる容姿でもない。
着ているのは園児服ではないか?
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会話から察するに、これから遠く別々の家庭へと引き取られていくようだが、こんな小さな子供たちにとって、見知らぬ土地など、まんま異世界だ。
まして、兄妹のように過ごした二人が、引き裂かれようとしているだ。
不安や、戸惑いどころではない。
「おれ、むこうについたら、手紙かくからな!そしたら絶対あいにくるからな!」
それでも強がって、男の子が勇気づけたい気持ちで、女の子に語りかける。
「ほんと?ほんとにほんと?」
「ああ、本当だ!やくそくだ」
手紙の出し方など、つい先日、習ったばかりであった。
子供心ながらに、持ってる知識を総動員して、目の前の女の子を安心させてあげたかったのだろう。
「ぜったい、ぜったい・・・」
穏やかな光の中で、互いの姿以外、なにも見えなくなるぐらいに見つめ合う。
風や陽の光でさえ、今は二人をいたわっているかのようだった。
遠い未来、二人が大人になって、過去を振り返るとき、このひと時は、きっと、かけがえのないものとして、深く心に、刻み込まれていることだろう。
それは二人にとって、絆という、何物にも変えがたい、暖かな繋がりを心に結んだ時であり、互いにとって、相手のことこそをどれだけ必要としていたか、それを胸に刻んだ時であった。
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「むぅ、こんなところにおったか。探したぞ」
雰囲気をぶち壊すように、鼻ひげが、やたら偉そうな、スーツ姿の老人が近づいてきた。
鞄と帽子を片手に、無遠慮に、二人に迫る様子は、なにか慌てているのか、もともと空気が読めないのか・・・
「予定より一日早く着いてしまったが、急いどるんじゃ。さあ行こう、わしの父方の祖母の妹のひい孫じゃったかの・・」
男の子の腕を掴むと、引っ張り上げて、小脇に挟む。
「なんだなんだ!?」
男の子は、わけがわからず手足をバタバタさせるが、いかんせん、体力が違いすぎる。
想像していたのと、だいぶ違うが、この老人こそが、迎えに来た者なのだろうか?
でも、こんな容赦のないお別れなど、この子たちには、悲惨すぎる。
「おにいちゃ~ん。まって~」
荷物のように、連れて行かれる男の子を女の子は、泣きながら追いかける。
どこかしらか、あの、市場に売られる子牛の歌が、聞こえてきたような気がした。